「魔法使い同士として私といいんちょが話すのは、思えばこれが初めてだねえ。いいんちょがIMPOだろうってことは、初めて見たときから予想していたよ。ひとりだけ私の魔法にかかっていなかったからモロバレだし、何より君の漂わせる雰囲気は、在野の魔法使いじゃなくてプロの戦士のものだ」
「……ええ、あなたが私の正体に気づいていることに、私も気づいていたわ」
崇城が膝の上でグッと拳を固めるのが見えた。
「それで、学校に潜り込んだ理由は何かな。まあおおかた、私の監視役として派遣されたんでしょ? 学校にいる間、常に君の視線はあったけど、襲いかかってくる気配はなかったしね。……委員長を買って出たのも、できるだけ監視の機会を増やすためだろ?」
「そのとおりよ。メルティ・メイシャ・メンデルが無法を働かないかを見張り、事が起こったならすぐさま上に連絡するのが私の役目」
「別に悪いことをするつもりはないよ? だいたいさ、私がこれまで犯罪らしい犯罪をしていないこと、IMPOの記録にもしっかり載っているはずでしょ」
「では、教師と偽ってあの学校に溶け込んでいる理由は何なの?」
「ただの娯楽。それ以上のものはないさ」
敵意の視線を注ぐ崇城と、それを軽くあしらうメルティ。
「ただ一般人を誘惑して悦に入りたいだけなら、教師である必要はない。いいかい? 人生には刺激がなくちゃいけないんだ。食べて寝るだけのニートみたいな生活はまっぴらなんだよ。だから今回はあの学校に潜り込んで教師をやってみることにしたんだ。長く熟成されてきたこの脳味噌には、人に教えられるだけの知識が充分に詰まっているからね。ちなみに国語担任なのは、趣味が高じてのことだよ。各国の言葉や文学を学ぶのは、大変に面白い」
今回は……ということは、他の国でもいろいろとやってきたのだろう。
「やってみたら、なんとまあ面白いことか! 教師っていいもんだよ。未来豊かな若者の姿を見るのに、これほど適した職業もないんじゃないかな」
「戯言を!」
崇城は形のいい眉をひそめっぱなしだった。彼女のいろいろな表情を見たいと思っていた零次だったが、少し複雑な気持ちになる。
……胸に手を当てて深呼吸する。
頭を現状に追いつかせるので精いっぱいだが、何よりも聞きたいことをまだ聞いていない。
「さっき襲ってきた奴らは……なんなんですか? 秘密ゆえに狙われているって……」
「まあ、私はこんな特殊な体だからさ。不老長寿の秘密を知りたがり、できるなら自分たちのものにしたいって勢力は、少なくないわけ。あとは……私を倒して名を上げようって奴ら。さっきの連中がどっちかはわからないけど、敵ってことに間違いはないよ」
「……メルティが多くの魔法使いの好奇心の対象となっていることは、IMPOも把握しているわ」
静かな語り口から一転、崇城はダンとテーブルを叩いた。
「なら、こうなるかもしれないってことはわかっていたはず! あんな風に酔っぱらった挙げ句、深見くんにおぶってもらって夜道を歩かせて……。あなたの動向を窺っていた連中は、まさに攻めるチャンスだと思ったのに違いないわ。奴らはきっと、深見くんもろとも殺すつもりだった。撃退できたからいいようなものの……!」
どうやら崇城は、自分を心配しているらしい。零次は嬉しいと思うより、意外だった。魔法使いなどという常識外の存在だが、今の発言は常識的で、正義感にあふれていた。
対するメルティは、赤ら顔で不敵に笑うだけ。
だから何が面白いのだろう? 零次は彼女に抱いていた親しみが薄れ、少し怖くなるのを感じた……。
「いやあ、歓迎会があまりに楽しかったものだから、私が狙われる立場であることを忘れてしまったんだ。でも、私は機敏に動いて反撃したろ? 結局、酔って体調が落ちた程度じゃ、私を倒すことはできないと証明できたわけだね。……ところで深見」
「な、なんですか」
「私の戦いぶりを見て、どう思った?」
「ど、どうって……」
「カッコよかっただろ? ねえ? 襲い来る敵をバシーンと一撃でのしたあの姿!」
目を爛々と輝かせ、身を乗り出してくる。
「え、ちょ、ちょっと……」
「少し予定が早まったけれど、いずれ君には私の魔法バトルを見てもらうつもりだったんだ。私を狙う魔法使いはたくさんいるから、機会はいくらでもあると思ってね。私のロリでキュートでビューティフルで圧倒的で最強な戦いを見せることで私にぞっこんになってもらうっていうのが、深見零次ロリコン化計画の最終段階なんだよ」
「へ……?」
その瞬間、すっくと立ち上がる崇城。二の腕を掴んで零次を起き上がらせる。細身なのに、とても逆らえない強い力だった。
「帰りましょう、深見くん! これ以上話を聞く必要はないわ」
「そ、崇城さん?」
話を強引に遮られたメルティだが、ニコニコしていた。
「ま、詳しい説明は次の機会でいいかな。じゃーまたね」
引き留めようとはせず、簡単すぎる別れの挨拶を投げかける。何があろうと私の計画は揺るがない……そんな顔だった。
マンションを出る。何度もメルティの部屋を振り返り、零次は寂しく暗い夜道を行く。コールタールのような粘度の高い不安がまとわりついている。
やっぱりあの人は……途方もない魔女だったのだ。心を許してはいけない人だったのではないか……?
「同情するわ、深見くん」
崇城の声には同情だけでなく、明確な怒りも交じっていた。
「先生って……悪者なの?」
「ただの悪者なら、どんなに対処が楽か。あの女は……意味がわからない」
行動を掴めない。それは単純な悪よりも危うい。だからこその監視対象……崇城はそう言った。
そのうちに、崇城宅へ通じる交差点に到着する。
「ね、ねえ、送ってこうか! ひとりじゃ危ないって」
メルティを送ったら、その次に崇城を送り届け……交流を深めるのが本来の予定だった。せめてこれだけは予定どおり済ませたいと思った。しかし。
「私も魔法使いと言ったでしょう。何か危険があると思う? むしろ私が送らせてもらうわ」
「え?」
「念のためよ。さっき逃がした連中がまだうろついているかもしれないから」
本当なら、嬉しくて仕方ない優しい言葉のはずだった。だが今は、ありがたいと思う余裕がまるでなかった。
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