■ 画像付きの提供元サイトで全文を読む ■
自分があがり症だと自覚したのは小学生の頃でした。
たしか4年生だったと思います。
国語の授業で私が書いた作文が、コンクールの最優秀賞に選ばれ、その作文を、クラス全員の前で発表したときのことでした。
それまで私は決して目立ちたがり屋な子どもではありませんでしたが、逆に、発表が怖いとか、苦手という意識もありませんでした。
最優秀賞だと聞かされ、クラスメイトから拍手をもらったとき、私は何も言わずに頭を下げただけですが、誇らしい気持ちでした。
すると、そんな私の気持ちを察したからか、それとも、日ごろ目立たない私に花を持たそうとしてくれたのか、担任が
「よくかけてるから皆にも聞かせてあげて?」と言ったんです。
一瞬恥ずかしいと思ったものの、特別嫌な感情もわかなかった私は、担任に促されるまま黒板の前に立ったのですが、いざ、読もうとして前を向くと……、
あれ?……怖いっ!
じっと自分を見つめるクラスメイトの表情が目に入ったとたん、今、自分に起きていることが怖くなってしまったのです。
と同時に、原稿用紙を持つ手が震え出しました。
「震えてんじゃん!」
誰かの声が耳に入りました。そこからはもう、頭が真っ白です。
なんとか作文は読みきったものの、声は小さく、頼りなく、きっとクラスメイトは、私が何を言っているのかわからなかったと思います。
一度の失敗が原因で何をやってもあがるように
この作文を読めなかったという苦々しい失敗は、強烈に私の頭に刷り込まれました。
せっかく最優秀賞という栄誉をもらったというのに、発表で台無しにしてしまったわけですから、子ども心に、とても大きなショックをうけてしまったのです。
中学の時も高校の時も、そして大人になってからも、人前で話すことは大の苦手になってしまった私は、人前に立つことをことごとく避けるようになりました。
苦手ならば、逆に練習すればいいと思うのですが……それはなかなか難しいことです。
何をやってもあがってしまい、練習する勇気すらでないのです。
あのとき、誰かに言われた「震えてんじゃん!」という言葉が耳について離れず、また震えてしまうかも、また失敗してしまうかも、という恐怖に襲われ、何もできなくなってしまいます。
思い返してみると、震えてると声をかけてきた子は、決していじわるな言い方ではありませんでした。
それでも、クラスメイトの前で震えてしまった、上手く発表ができなかったという現実が、とても恥ずかしく、なかなか薄れてはくれません。
人前に出ることがある度に、あのときの映像が脳裏に浮かんできてしまいます。
そして、また同じようなことになるのでは、という不安が湧き上がっては緊張し、その緊張が体の震えに繋がってしまう……という悪循環ができあがってしまいました。
学生時代は、授業中に先生にさされないよう、いつも下を向いていました。
大人になってからも、結婚式のメインイベントである花嫁の手紙は、司会者に代読してもらい、子どもの学校の懇談会では、自己紹介が怖くて出席できないという有様でした。
あがり症の症状
あがり症の症状は、顔が真っ赤になったり、汗が出たり、と人それぞれだと思いますが、私の場合はとにかく震えです。
人前に立つだけで、手足がガクガク、声がうわずり震えてしまいます。
酷いときには顔の筋肉までピクピク動いてしまうので、とても恥ずかしいです。
ただ、不思議だなと思うのは、人見知りではないんです。
人と会うことの怖さはありません。
ですから、1対1であれば楽しく会話はできますし、4、5人までなら知らない人であっても緊張せずに話せます。
というより、どちらかというと話はうまい方だと思いますし、もしかしたら、私があがり症だということは、親しい人ほど信じてくれないかもしれません。
ところが、人数が多くなってくると、途端に緊張してしまいます。
これは親しい人であっても同じです。
どれだけ仲がいい人たちでも、たとえ、親戚であっても、人数が多いと、その中で注目されることに緊張してしまうのです。
調べてみると、私のように、「少人数ならいいけれど、大人数はダメ」という人は意外と多いようです。
そして、そういうタイプでも、何百人、何千人と非常に多い数になると、逆にあがらなくなる人もいるようです。
何百人、何千人となると、規模が大きすぎて顔の表情なんて気にならなくなるのでしょうか。
自覚すればするほど症状が悪化していく
何度か経験して感じたのは、自分で自分の症状を自覚すればするほど、症状が悪化していくということです。
ある日、こんなことがありました。
その年、子ども会の役員をしていた私は、子どもたちに簡単なゲームの説明をする役目がありました。その日の朝、私は自分が全く緊張していないことに気がつきました。
説明といっても本当に簡単なもので2、3分で終わる予定ですし、話をする相手は近所の子どもたち。
そのなかには自分の子も混ざっているから、自分の子どもの目を見て話せば緊張しないだろうし、もし、緊張したとしても、持っている紙に目を落として話してしまえば大丈夫だろうと思っていたのです。
ところが、私が話をする前になって、ちょっとしたトラブルがありました。
子どもたちの話し声が大きいことに、司会者が注意をしたんです。
「今から説明があります。うるさくて聞こえないから静かに話を聞きなさい」と……。
すると、どうでしょう。
今までざわざわしていた会場が一斉に静まり返り、まるで空気が変わってしまいました。
と同時に、さっきまでおしゃべりしていた子ども達の目が、急に自分に注目していることに気がつきました。
(マズイ、緊張してきた)
いつものような緊張の波が押し寄せてくるのを感じました。
急いで自分の子を探しましたが、マイクを渡されてしまったので、私は緊張がとれぬまま説明を始めることになりました。
強張った顔でマイクをとります。すると、話し始めて数秒。
案の定、手がカタカタと震えてきてしまいました。
読むことに集中しようとしましたが、震える手が目に入れば入るほど余計に緊張してしまい、説明に集中できません。
やっぱり自分は駄目なんだ。相手が子どもでもこんなに緊張してしまうんだ。
そう自覚すればするほど、どんどん緊張が増してしまいました。
原稿に書いてある文字よりも、自分がどれだけ震えているかが気になってしまい、たった数分のその時間がとても長く感じられます。
早く終わらせて、この場を去りたい。
そんな気持ちから、震える声で早口で原稿を読み終えた私は、さっさとその場を離れてしまいました。
こうして、苦い経験がまたひとつ、増えてしまったのです。
手足がガクブル。私のあがり症克服、奮闘記[体験談](2)へ続きます。
コメント
コメントを書く