とまぁ、ベタな表現から入りましたが、
真実であるがゆえに、いつの時代でも古びることのない原理原則が、
この言葉の中には含まれています。
今回は、ある特定の方々に向けたブロマガにしたいと思います。
端折って書くので、意味が分からなかったら、すみません!!
もし、ピンと来るものがあれば、
それはあなたに向けて書いているからです!!!
マーケットの規模が小さければ、
もしくはマーケットを占有できる時間軸が短かくても良ければ、
このような言葉に惑わされる必要はないと思います。
どんどんガツガツと、やればいい。
ただ、5年10年の時間軸で、
プライスリーダーになれる程の本質的な強さを獲得し、
マーケットのシェアNO.1を取りに行くのであれば、
自らが新たなマーケットを創造する為に、
苦難の道を進まなければなりません。
2匹目のどじょうは、効率が良いですが、
このような変化の早い時代には、
とくにインターネットが絡んだビジネスには、
2匹目のドジョウは、なかなか現れません。
あと、短期的には儲かりますが、
他人のマネをする文化が浸透してしまうと、
組織として拭い去ることができない
致命的な欠陥を内包してしまうリスクを
抱えてしまうと思います。
※とは言っても、2匹目のドジョウも重要なので、
ある分野においては、「なんか見たことあるけど、でも違うやつ」的な
視点ももちろん非常に重要です・・・、はい・・・。
そこで「マンガロイド」です。
絵を描かなくてもマンガを作れるようになったら、
それは新しい大きなマーケットができる事を意味しています。
これはかなり大きなうねりです。
だって、戦前からずーっと手書きで行われていた
マンガ制作が、全部3DCGを中心としたデータで、
絵が描けない人までが、マンガを作れるように
なってしまうんですから・・・。
マンガ界にも、新たな層がかなりの数で
流入してくる事になるので、
競争が促され、日本の漫画コンテンツのクオリティに、
かなり良い影響を与えると思います。
そこに付随するソフトウェアや、
各種デバイスの販売も伸びるでしょうし、
新たな文化的なコミュニティが生まれたり、
書籍が出されたり、新たな作家や読者層が登場したり等々、
大きな事業戦略の重要な構成要素となり得る付加価値が、
そこには存在しています。
そこで素朴な疑問。
「ホントに、3DCGの漫画なんて、はやるの?」
これは、僕の描いている「エクゾジャケット」を
読むだけで、理解できる方もいらっしゃるかと思いますが、
半信半疑の方も多いと思います。
疑問を挟むだけの理由が、すぐにいくつも思いつく為です。
ただ、大きな時間の流れに目を向けてみましょう。
例えば、1995年にピクサーの「トイ・ストーリー」から始まった
3DCGのアニメーションが、今後廃れていく可能性があると思いますか?
制作途中のやり直しも簡単だし、表現力も豊かになったし、
コストも掛からないし、、、という事で、
大きな時間軸でみると、その方向性が明確になると思います。
3DCG漫画は、今年本格的に始まったばかりで、
まだまだ黎明期ですが、10年、20年の時間軸で考えれば、
浸透する事は、もはや確定事項です。
僕自身も、嫌な脂汗をかきそうな
マンガを作る上で有効な技術的予兆が、
次々と現れて来ています。
という事で、今回はこの辺で・・・。
いろいろと、よろしくお願いいたします。
コメント
大坪商介
(著者)
(著者)
3DCG技術は作画の為の道具になりますので、筆⇒Gペン⇒コピー機⇒ペンタブレット等々の文脈の中で語られる側面が多いかと思います。
漫画のストーリー自体への影響は、作画時間の部分や、共同作業での制作といった部分で現れて来ると思います。
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(ID:3670685)
3DCG漫画は普及していくと思います。しかし本当のマンガの価値は結局ストーリーやキャラクターの独自性にあると思うので、当たり前ですが誰でも成功できる訳ではないでしょう。しかし、昔は絶対マンガ家になれなかった人がマンガ家になる道を開いてくれるものになるのではないでしょうか? 手書きの絵の価値は無くなりませんから、独特の絵で引きつける作家も当然残るでしょう。しかし基本はストーリーマンガに成って行くのではないでしょうか?