本命・多井が突っ走る
A卓B卓とも現タイトルホルダーが勝ち上がったということを言いたいらしい。村上はこれを軽く聞き流していたが、多井の言う通りC卓も現最高位の近藤誠一がリードする展開で対局が進んでいた。
ところが、その近藤がある一打をきっかけにリードを失っていく。それはもう1人の近藤、近藤千雄(かずお)に放銃したリーチ裏1の3900だ。これによって瀕死のラス目だった千雄が息を吹き返し、逆転勝利を飾ったのである。
そしてD卓からは多井が圧勝で勝ち上がりを決め、今年の頂点を決める半荘1回勝負の打ち手が出揃った。
決勝戦、並びは起家から勝又・角谷・千雄・多井の並びで始まった。
今年、麻雀日本シリーズ連覇・RTDマンスリーを圧勝した多井が、一発勝負で有利な北家を引いた。いや、引いたというより、場所決めの掴み取りで最後に残った1牌がだったのだ。多井がラス親ということで、彼の最強位獲得を予感した人も多いだろう。
東3局2本場 南家・多井
「やはり多井が強い」
ギャラリーの間には多井の楽勝ムードが漂っている。だが、3万点台を維持している近藤は、やっと立ったこの舞台でそう簡単に諦めるわけがない。
雀荘を貸切にし本番に臨む
空いた時間は天鳳を打ち、各プロ団体のタイトル戦の観戦に充てていたという。さらに、天鳳位の就活生さんを始めとする天鳳民とのセットや、オクタゴンで最強戦リーグを打って本番に臨んだ。前日には一人で焼肉に行き、6000円のシャトーブリアンを含め15000円を食べ、ツイッターで「明日、200倍(優勝賞金の300万円)にする」と宣言していた。
と、ここまでは麻雀プロがよくやる調整であろう。驚くのはここからで、実は千雄はファイナル当日にもスタジオそばのセット雀荘を自腹で一日貸し切りにし、プロ協会の選手に無料開放していたのだ。もちろん目的は直前にトップ取り麻雀を打つ練習をするためである。
実際には9時会場入りだったので、いったん会場に足を運んだ千雄だったが、A卓B卓が配信されている間に会場を抜け出し、その雀荘に向かった。実はその雀荘は、元最強位の福田聡プロの経営する九段下「ノーブル」である。
東場だけ最強戦ルールを打った千雄、6000オールをツモって戻ってきたそうである。それにしても、本番当日に雀荘を貸切にしてまでの調整というのは初耳だ。いかにこの対局で勝つことが大切か、そして悔いの残らないように準備して戦いたいという千雄の執念も伝わってくる。
これを決めれば一気にトップ目の多井に迫ることができる。だが、ダブが鳴けた直後に親の角谷からドラ切りリーチが飛んできた。千雄もこれをポンして臨戦態勢を取る。
勝又・角谷の親は落ち、場は完全に千雄・多井のタイマン勝負。南3局は、親の千雄が500オールのアガリを拒否(囲み記事参照)して多井に1人ノーテンを押し付け、ついに千雄が2100点のリードでトップ目に立ったのだ。
だが、多井とてここで引き下がるわけにはいかない。今年は麻雀日本シリーズを連覇し、RTDマンスリーリーグでも6連勝(全8戦)で完全勝利。対局だけでなく、解説者としても数多くの番組に出演するようになった。麻雀に年間MVPというものがあるならば、今年は多井であるのは疑いようもない。その最高の年を締めくくるためにも、最強位の座を簡単に奪われるわけにはいかないのである。
マラソンで先頭走者に頑張ってようやく追いついたのに、そこで今まで力を溜めていたかのごとく差し返される。千雄の心を折るような1300・2600のアガリであった。
ところが次巡、ドラで役牌のを重ね俄然やる気が出る。これならドラ3でもリーヅモドラ2でもよい。
一方、多井の手牌は4巡目にこうなった。
「無事通過してくれ…」と祈る多井だったが、最悪の相手・千雄からポンがかかってしまった。
こうなれば千雄は真っすぐアガリに向かうのみ。10巡目にテンパイにこぎつけた。
1牌1牌力を込めてツモる千雄、ツモらないでくれと祈る多井。それが四度繰り返される。が、ついに15巡目、千雄の手にが舞い込んだ。全日本プロ代表決定戦に出場した選手が200名弱から勝ち上がり、16人参加のファイナルを制した千雄。まさに3000分の1の奇跡を成し遂げた瞬間だった。
対局直後、さらに数日たった今でも「多井の切りはどうだったのか?」と話題に挙がっていた。「1巡目に切るべきでは?」「テンパイまで抱えた方がよかった」と様々な回答があった。だが、誰も多井の一打を責めるような意見はない。それはやはり現役最強の打ち手が、過去の経験を踏まえつつ、重圧のなか下した重い決断だ。咎められる人がいるとするなら多井ただ1人である。むしろ今回は千雄の完璧なる準備と執念が引き寄せた勝利を褒めるべきではないだろうか。
表彰式を終え、打ち上げの席で多井は解説の村上とずっと切りの話を続けている。そこから約1時間。諸々の取材や手続きを終え、ようやく勝者がやってきた。多井は立ち上がって千雄を祝福し、次回のリベンジを誓ってその席を後にした。翌日も対局がある多井は、本当は早く帰宅したかったはずだ。だが、勝者を称えるまで待っていた。それが多井なりの心の整理なのだろう。
一方の千雄には大きな喜びとともに、これから1年が勝負の年になる。昨年、10年働いた仕事を辞めた千雄だが、これからどうするのかを尋ねてみた。
麻雀プロにとってタイトルを獲るのは大きな目標である。だが、本当に大事なのは獲ってからの活躍だ。千雄にとって飛躍の1年になることを祈っている。
近藤千雄の選択
近藤はここでアガらずに流局してノーテン罰符を得ることを選んだ。
近藤「親の自分はテンパイ気配がかなり出ていて、手が悪そうな多井さんは危険牌を捨てず明らかに受けていました。一方、勝又さんは結構強くきていました。が、終盤に勝又さんが仕掛けを入れ、アガリよりテンパイ料狙いに切り替えたのが分かりました」
この段階で残りは1牌。テンパイ料狙いの打ち手がアガって親を流されるリスクはまずなく、確実にテンパイ料をもらうことが可能だ。トップ取りの麻雀では、アガリ点の多寡より「相手との点差」が大切だ。テンパイ料は最低だと1000点しかもらえず、アガリの1500点より少ないかもしれない。が、ターゲットがノーテンなら500オールをアガるより確実に点差を詰める(広げる)ことができる。結果、多井の1人ノーテンとなり、アガリより倍の点差を詰めることに成功したのだ。
終盤で1ハンのテンパイであればアガリよりテンパイ料のほうがデカい。ただ、相手にアガられるリスクもあるので、残りツモ枚数と他家のテンパイ気配の確認だけはお忘れなきよう。
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