今小説に挑戦している。仮題は『小説外務省ー尖閣諸島問題ー』である。

意識的に、小説の書き方を学んだことはない。慌てて、『吾輩はねこである』を手にした。ひょっとして手本になるかもしれないと思った。

そこでおもいがけず、次の記述に会った。

「(苦沙弥先生と落雲館の生徒とのいざこざに関する哲学者先生の言葉として)

 中学の生徒なんか構う価値があるものか。なに妨害になる。だって談判して    も、喧嘩をしてもその妨害はとれんのじゃないか。僕はそういう点になると西洋人より昔しの日本人の方が余程えらいと思う。西洋人のやり方は積極的積極的といって近頃大分流行るが、あれはおおいなる欠点を持っているよ。第一積極的といったって際限がない話しだ。いつまで積極的にやり通したって、満足という城とか完全という境にいけるものじゃない。向に檜があるだろう。あれが目障りになるから取り払う。とその向うの下宿屋が邪魔に