A-1 秋篠宮殿下ご発言内容(2018年11月)秋篠宮殿下は30日に53歳の誕生日を迎えられたが、これに先立ち行われた記者会見での発言内容
「即位の礼は,これは国事行為で行われるわけです,その一連のものは。ただ、大嘗祭については,これは皇室の行事として行われるものですし,ある意味の宗教色が強いものになります。私はその宗教色が強いものについて,それを国費で賄うことが適当かどうか、これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけですけれども,その頃はうんと若かったですし、多少意見を言ったぐらいですけれども。今回も結局,そのときを踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。
ただ、私として、やはりこのすっきりしない感じというのは,今でも持っています。整理の仕方としては,一つの代で一度きりのものであり、大切な儀式ということから、もちろん国もそれについて
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>>2
はい、そうです。
(ID:18367902)
世界史の奇跡ともいえる皇室の継続は、唯一の日本の象徴である天皇に求められる。
近代化を進めるために、王はじめ特権階級を処刑にしてきたのが、①イギリスの市民革命であり、②フランス革命である。
中国近代化は日本と同じように秦の始皇帝から2100年続いた王朝も清王朝で終止符を打った。中国の場合は、立憲派と革命派の争いで革命派が勝利を収めた。一方日本はの近代化は明治維新であるが、皇室と幕府が暴力的な抗争になることなく、微妙なバランス感覚で「大政奉還」し、天皇に恭順した。
日本が他国と違うのは、行政を担う組織と皇室で各々の果たす役割が違っていたことであり、皇室に対する国民の尊崇の念が深かったというべきでしょう。第二次大戦という不幸な時期はあったが、日本人の皇室に対する尊敬の念は、自己犠牲を犯しても守り抜く精神が一貫している。
皇室に対するゆるぎない尊崇が世界で類を見ない継続を続けており、大嘗祭のお金が多すぎるだとか、税金だとか、皇室経費でやるべきだという意見に与することはできない。
(ID:18367902)
>>4 追記
秋篠宮殿下が宗教色の濃いことに触れているのが気にかかる。宗教色が強くなることが全く分かっていない。
皇室は日本人にとって、心=魂=平和=神に通じており、時の行政府は,言動=俗世=世情=戦争=修羅に通じており、人間の心身の本質と現実的あり方の二面性と異なるものではない。
皇室の平和性は「心」に通じており、行政府の好戦性は現実的姿であり、日本は「心」と「言動」を」一体的に見て、バランス感覚が秀でた鈴木大拙が言っている柔軟な「日本的霊性」=「バランス感覚」が常に働いているとみるべきでしょう。まさに宗教的バランス感覚であり、宗教色が濃くて当たり前、宗教色がなければ、皇室は早くなくなっていたことを秋篠宮殿下は全く分かっていない。皇室の根源を理解していないというべきでしょう。