ドナルド・キーンは一九二二年生まれ。ドナルド・キーンは1922年6月18日生まれ。日本国籍を取得し2011年永住のため来日、 2019年2月24日心不全のため東京都の病院で死去。
ドナルド・キーンは「日本の「随筆」とよばれるジャンルで、きらめくような才気煥発ぶりを発揮している作品といえば、誰もが清少納言の『枕草子』をあげるだろう」と高い評価を与えている。
そして、清少納言の個人について、「清少納言は少なくとも二回は正式に結婚しているが、それ以外にも、宮中の何人かの男性と関係を持っていた。枕草子には自分の情事にふれる部分がある」として、「冬の夜のいみじう寒きに、おもふ人とうづもれ伏して聞くに、鐘の音の、ただ物の底なるやうに聞ゆる、いとをかし」の部分を引用している。
「冬の寒さのなか、二人で埋もれ伏して鐘の音を聞き、逢瀬を楽しむのがおもしろい」である。ここで『枕の草子』の有名な
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世界最古の小説「源氏物語」も江戸の儒者には「退廃文学」だったんでしょうかね。ついこの前、勿論、何十年も前ですが、日本で「チャタレイ夫人の恋人」が猥褻として裁判にかけられてました。今、読むととても猥褻文書とは思えませんね。猥褻と芸術作品の線引きはな文学に疎い支配者の犬である検事にはとても難しいことなんでしょうね。
与謝野晶子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴さんたちは源氏物語にマニヤックなのですが、枕草子をどう受け止めていたん(いるん)でしょうかね。清少納言の鋭敏な感性が豊かな人間味あふれるものを基盤にしているとなれば、彼らにとっても味わいが深まったん(深まるの)ではないでしょうか。
早速、私、枕草子を読んでみます。
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最近2回目のご投稿である。ドナルド・キーンの男性的見方と女性の研究者山本潤子氏の枕草子のたくらみ「春はあけぼの」に秘められた思いを対比せざるを得ない。
「枕草子」を書いたきっかけは、定子から格式ある大型冊子を執筆することを託された。
一条天皇の寵愛をを受けた中宮定子14歳に対し清少納言は28歳であり、紫式部は、清少納言が内裏を去った5年後宮仕えをしている。紫式部日記で、「したり顔の女」「現実からかけ離れている」「ありえない空言」と酷評されている。
定子の道長に対する恨みや政治に対する批判を封印し、明るい内容にして、定子の魂を鎮めたいという願望が全体を貫いている。本来は、「をかし」より、平安貴族の恋愛模様は、女たちの哀切な人生が繰り広げられていたとみるべきでしょう.情事の光景は四季に彩られたみやびやかなものであったというロマンティックな男性的思考は捨てがたいが、女性たちの現実はどろどろとした男女関係が渦巻いていたと見たい。現在の男女の思考回路と違ったものとは思わない。