2017年7月19日 編集手帳:

 ドストエフスキーは『カラマーゾフの兄弟』の巻頭に新約聖書を引いている。

〈一粒の麦もし地に落ちて死なずば唯(ただ)一つにてあらん。

 もし死なば多くの実を結ぶべし〉。

日野原重明さんはその一節を印象深く読んだという。

これほど異常な状況下の読書もない。

1970年(昭和45年)3月、

赤軍派にハイジャックされた日航機「よど号」の機中である。

ましてや、

人質の乗客に向けたサービスで用意したものか、

犯人から借りた本である。

「業績をあげて有名な医師になる。

 そういう生き方は、

 もうやめた。

 生かされてある身は自分以外のことにささげよう」

当時58歳の日野原さんは心に誓ったという。

「よど号」から生還したとき、

名声と功業を追い求める麦は一度死んだのだろう

。“生涯現役”の医