TPPでの動きを見ていると、日本は占領時代から何も変わっていない。アメリカに嬉々として従属している、そういう国なのかもしれない。
私の戦後史の正体から関連部分を今一度引用したい
、重光は次のように書いています。「結局、日本民族とは、自分の信念をもたず、強者に追随して自己保身をはかろうとする三等、四等民族に堕落してしまったのではないか」(『続 重光葵日記』)「節操もなく、自主性もない日本民族は、過去においても中国文明や欧米文化の洗礼を受け、漂流していた。そうして今日においては敵国からの指導に甘んじるだけでなく、これに追随して歓迎し、マッカーサーをまるで神様のようにあつかっている。その態度は皇室から庶民にいたるまで同じだ」(同前)
「はたして日本民族は、自分の信念をもたず、支配的な勢力や風潮に迎合して自己保身をはかろうとする性質をもち、自主独立の気概もなく、強い者にただ追随していくだけの浮草のよ
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コメント
「なぜ自分の信念をもたなければいけないのか?なぜ強者に追随して自己保身をはかってはいけないのか?」-これに論理的に答えることもできるでしょうが、突き詰めれば、最後は好き嫌いの問題ではないでしょうか。要するに、孫崎さんはごく若い頃から、ドレイ的人生を理屈抜きに毛嫌いする感性を持つような育ち方をされたのだと思います。日本をドレイだらけにしたい支配層の目を潜り抜けて。
そのように孫崎タイプを増殖させ、自由でダイナミックな社会を好む人が多数派にならないことには、もうどうしようもない気がします。
何故自分の国を売ってはならないのか・・・自分が育まれた国だからです。
一度日本を出るとよくわかります。愛国の真の意味も、偽の意味も、意図あるプロパガンダというものも。
自分の国から離れていると、自国のさまざまな面が次第によく見えるようになってきます。
あやういところ、まずいところ、強いところ、愛すべきところやらが客観的に見えてくるんですよね。
どんなに母国というものが大切でかけがえのない存在か、何としてでも必死に守っていかなければならないものなのかという意識が芽生えてきます。アイデンティティーや尊厳というものがどんなに大きなものかが理解できるようにもなりました。
母国を平気で売り飛ばせるというのは、全くもってまっとうな感覚の持ち主ではありません。
そういうことができるというのは、つまり何かがはっきりとおかしい人たちだと言えるのでしょう。
孫崎さんは以前の講演で「脛に傷を持つ人々」と称していました。これは確かに納得でした。
ご主人様の言うことをきいて大事にされるのは上級ドレイまでですよね。上級ドレイによる下級ドレイの扱いは使い捨て。
(ID:4815469)
あんまり自分たちの事をドレイ、ドレイと言わない方がいいと思います。