昨日、映画「不思議なクニの憲法」の映写会に出席。隣に座ったのが木全ミツさん。話の内容が充実された方なので、過去どのような発言をされてきた人かと思って調べてみたら、講演録にぶつかったので、紹介したい。木全ミツ氏:東京大学医学部卒、労働省でODAに携わり、国連日本政府代表部公使、The Body Shopの初代代表取締役社長等(講演内容:「自分の人生は自分で生きる」〜木全ミツさんの人生から学ぶ、女性の生き方、働き方〜)出典https://nanaho.me/workshop-kimata-mitsu
1:高等教育を受けた成果を社会に返す「責任感」を持つ
•「何のために高等教育を受けたのか」
税金を使って教育を受けたのならば、「その成果を生涯を通して社会にお返し・貢献する」というのが世界・国際社会の常識
•日本では、湯水のように国民の税金を使って高等教育を受けておきな
コメント
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高等教育を受けた能力の高い人の発言であり、能力差のことを言っておられないが、自己能力の自覚が基本なのでしょう。自己能力の研鑽についても職務を通じての研鑽に触れ、人格を高める筋道を説いているのではないか。現時点の職務に対して不平不満で対処すれば、この道理は成り立たない。
事物事象に対する見方考え方に柔軟性がなければ、他人の意見が素直に吸収できないし、自己反省もなく、悪いことは他人のせいにしていくということなのでしょう。自己中であり、誤って、自己の周りに他人が動いているとみてしまう。
常に、偏らず、こだわらず、執着しない「柔軟心」を養成し、ポジティブシンキングできることが、素晴らしい生き方の基本なのでしょう。皆、頭が痛くなるような指摘ではないか。現在の自分を反省する機会を孫崎さんは与えようとされているのでしょう。感謝です。
(ID:18471112)
件の講演は若い世代の女性に向けたものでしょうが、まさに孫崎さんこそ係る生き方、働き方を通してこられたのだろうと思う。あるいは、国谷裕子氏、アレイダ・ゲバラ女史、ヒラリー・クリントンも頭に浮かぶ。要は、社会を牽引するエリート層の卵で目下 五合目あたりを登っている人向けのメッセージと思う。
しかし、中には米欧人たちが集う場での「テーブル・マナー」を説かれているように聞こえるところもある。
21世紀の今尚そんな調子で訴えざるを得ない日本の現状は一体何なのか。
寄生虫ライフをエンジョイするようではお終いだとの論は疑いの余地無しだが、動物園で飼われている動物には通じようがない。だから「○○年に××があった」というのを暗記するだけの教育、「深く考えない」習慣を身に付ける教育が成り立っている。日本のエリートが木全ミツ氏の理想から程遠いのは事実としても、非エリートも同様にダメだろう。後者にはただハッパをかけても変わる見込みなし。広い意味での教育環境を変えるしかないだろう。国が独立しない状況で果たしてそれは可能なのか。