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【サークルペーパー】後藤和智の雑記帳 コミティア103出張版

2013/02/06 12:29 投稿

  • タグ:
  • 海老原嗣生
  • 雇用戦略対話
「コミティア103」(東京ビッグサイト、2013年2月3日)で配布したサークルペーパーです。(誤字があったため一部修正しました)

Free Talk――やはり奇妙な海老原嗣生の教育言説
 さて、今回のFree Talkでは、先日の「こみっく☆トレジャー」で保留にしていた、『中央公論』2013年2月号掲載の、海老原嗣生「現実を知っている下位大学の“強み”とは」(pp.50-57)ですが…。実は保留にしている間、海老原氏をめぐって新たな展開が起こっています。

 若年雇用やキャリア論の研究者で、民主党政権下での雇用戦略対話の若者雇用戦略ワーキンググループの委員でもあった、上西充子・法政大学キャリアデザイン学部准教授が、海老原氏の著書『決着版 雇用の常識「本当に見えるウソ」』(ちくま文庫、2012年)におけるいくつかのデータについて批判を加えています。

海老原嗣生『決着版 雇用の常識「本当に見えるウソ」』への疑問
http://togetter.com/li/444945
就業構造基本調査のデータから海老原(2011)の記述を検証する
http://togetter.com/li/446946
海老原氏からのリプライに対する私のリプライ
http://togetter.com/li/447906

 その中でも上西が強調していたのは、海老原氏が「非正規雇用問題は加齢によって解決する」という主張に使っていた年齢ごとの正規雇用者率のグラフは、特定の時間における正規雇用率を切り取ったものであり、コーホート(世代階層ごと)のデータになっていないため、そのように主張することはできない、というものでした。

 上西の主張は至極真っ当なものですが、海老原氏は上西の主張を肯定的に採り上げたブログ「就活生に甘える社会人」(http://lingmu12261226.blog10.fc2.com/blog-entry-406.html)のコメント欄において、上西の批判は枝葉末節であり、もっと大きな局面で見てほしいということを主張しました。そして2月2日の(世田谷区の北沢で行われる)NPO法人POSSEのイベントで真意を問いただしてほしいと主張しています。

 さらに海老原氏は、POSSEのブログに文章を寄稿し、自らを「若者の敵」として規定した上で、なぜ自分がPOSSEに味方するのかということを書いています。

なぜ若者の敵=海老原が、POSSEで語るのか?
http://blog.goo.ne.jp/posse_blog/e/6e2b1a79bee4cc7858194ef40475c871

 しかし、これは極めて奇妙です。そもそも海老原氏は、ゲストとしてスピーチした雇用戦略対話若者雇用ワーキンググループの第4回会合をはじめ、様々なところで上西が批判したデータを使って、同様の主張を繰り返してきたはずです。しかしそのデータの扱い方を上西に批判されると、些細な問題であると責任を回避しようとする…。それは正しい態度と言えるのでしょうか?

 海老原氏は、彼が「若者かわいそう論」と規定する論客についてデータを用いて批判するというスタイルでのし上がってきた論客です。そして私が見るに、海老原氏は、どうも自分は常に正しいデータを用いて議論しており、批判されるはずがない、と思っているのではないかと思います。

 その証拠に、今回検証する『中央公論』の論考においては、少なくともデータについては概ね正しいものを用いています。しかしデータ以外の部分で極めて度し難いものとなっているのです。そのため海老原氏は、「データさえ出せば何でも通る」としてそれ以外の主張の部分を疎かにしている可能性が高いのです。

 『中央公論』の論考を見ていきましょう。この論考は大学について扱った論考ですが、海老原氏は内田樹の「大学の削減は財界の要請にそったものである」という言説を批判します。そして海老原氏は、卒業1年後の高卒者の賃金と大卒者の賃金が15%ほどしか違わないこと、また大学の進学率は多くの国で60%程度であることを示して内田を批判しています。少なくともこのデータ「そのもの」については間違っているところはないと思います。

 しかしデータの出し方は大いに問題があると思います。学歴による賃金の差を問題にするのであれば、卒業後のある次点における賃金ではなく、賃金の上がり方や生涯賃金を問題するのが基本です(学歴による賃金の差ほか、学歴が将来の人生に与える影響については、吉川徹などの研究に詳しい。基本書としては吉川と中村高康の『学歴・競争・人生――10代のいま知っておくべきこと』(日本図書センター)を)。その程度の教育経済学の常識を、海老原氏はそれをわきまえていないと思います。

 しかしこの論考でデータが使われている部分はあまり多くありません。海老原氏はp.53で、週刊誌などで「中学生の内容を教えている大学」として採り上げられた日本橋学館大学を採り上げ、さらにそこにおける学長のインタビューについて《水膨れした「誰でも大学」時代に中下位校が果たす役割を明確にしている》(p.53)としています。さらに海老原氏は次のページにおいて、職員(なの?)が学生を家まで起こしに行くという《愛知県の某大学》(p.54)を採り上げ、これこそが現代の下位校の役割のすべてであるように主張します。

 はっきり言います。下位大学の役割については、そんな週刊誌レベルで論じられる問題ではありません!もちろん今にも定員割れを起こしそうな大学が様々な「特色」を出して学生を集めたりつなぎ止めようとしたりしていることは事実ですが、それが全て海老原氏が問題視するような「今まで大学に入らなかった層」に対して小中学生レベルの教育を施すこととは限らないはずです。下位大学の果たすべき役割としては、居神浩(居神は下位大学を「マージナル大学」と呼んでいる)などの研究に詳しいのでそちらを参照してほしいのですが(居神浩「ノンエリート大学生に伝えるべきこと――「マージナル大学」の社会的意義」(『日本労働研究雑誌』2010年9月号、pp.27-38、労働政策研究・研修機構。JILPTサイトにて無料公開中)など)、海老原氏の採り上げている「下位大学の問題」とはあまりにも視野が狭すぎるのです。

 そもそも海老原氏の主張は、「大学生が増えすぎて高卒就職市場を圧迫している」というものです。しかし、どうも海老原氏は、自らの主張を裏付けるものであれば、その広がりや、あるいは関連分野の専門研究などは参照せずに突っ走っているという印象を受けてしまいます。それは大学論のみならず若年労働問題でも同様です。

 ついでに言うと、『中央公論』の論考にはこのような物言いも存在します。

―――――
(略)社会規範、ルールを身につけること。時間を守り、約束を守り、過度に他人の失敗を責めず、困った仲間がいたら助けること。

 何を今さら?と思われるかもしれないが、これらができていない学生は多い。その昔は、企業に入ってからこうしたことを教えていたのだが、現在、企業には経営的にそんな余裕はない。そのうえ、職務以外の人間教育を行うと、「ブラック企業だ」「パワハラだ」と周囲の目が厳しい。(中公海老原論考p.56)
―――――

 前までがいかにまともであっても、最後の一文、《そのうえ、職務以外の人間教育を行うと、「ブラック企業だ」「パワハラだ」と周囲の目が厳しい》はこれだけ見ても海老原氏の認識の狭さが窺えます。これが掲載された雑誌が2013年の1月発売なら、締切日は早くても2012年の12月初頭でしょう。そしてその時期には、POSSE代表の今野晴貴の『ブラック企業』(文春新書)が発売されていますが、同書を読めば、たかが《職務以外の人間教育》を行っているだけでブラック企業認定、ということは言えないはずでしょう。海老原氏の、自分以外の主張に対してあまり学ぼうとしない姿勢はこのようなところにも現れています。

 そのような態度が上西からの批判への対応にも現れているように見えます。自分の論拠について客観的に省察せず、また専門的な研究についても(研究者が書いた雑誌記事や一般書レベルの議論すら)参照していないため、あまりにも視野が狭く、批判が来たら、さもニンジャに直面したネオサイタマ住民のように「アイエエエ!!ヒハン!?ヒハンナンデ!?」と狼狽し、的外れな反論に終始してしまうのではないか。

 そしてこのような態度は、自らを「若者の敵」と規定したPOSSEブログの態度にもつながるものです。そもそも海老原氏の立ち位置というのは、自分は一見すると「若者の敵」みたいに見えるかもしれないが、それは自分が揺るぎない「現実」を語っているからであり、お前たちは自分の発言に耳を傾けないといけないということを、海老原氏はPOSSEブログの文章で表しています。
そのような海老原氏の態度は、POSSEブログのこれらのような物言いからも見受けられます。

―――――
それよりも、「若者はかわいそうではない論」の最右翼と目される私が「これだけいる」と認めることを前向きに受け止めていただければ幸いです。

再度言いますが、ここでもこの私が、現役世代の世帯主で400万人もの非正規、そして、200~300万のワーキングプアがいることを認めています。(いずれも、POSSEブログ海老原論考より)
―――――

 要するに「俺はお前らの主張を認めているぞ」という態度です。そしてその上で、「でも俺はお前たちよりもっと全体のことを見つめて主張している」と言っているのであり、結局のところ自分が常に優位に立ちたい、という思惑しか感じられません。

 しかし、真に議論がしたいのであれば、優れていると見なされるべきは、「いかに広い視野でものを語っているか」ではなく、「いかに正しいデータや論法で語っているか」ではありませんか?そしてそれについて、海老原氏は上西に負けていると感じたからこそ、いかに自分が「広い視野で見ているか」という、自分だけがその有効性を信じている指標に逃げ込んだ。

 でも、本当にそのような対応でよかったのでしょうか?主張の根幹となるデータが間違っているのであれば、自らの主張をいったん疑ってみる必要があるのではないでしょうか。しかし海老原氏は、自分こそが真実を語っているというスタンスを崩そうとはしません。はっきり言います。そのような態度は、決してデータを取り扱う者が取ってはならないものです。

 また海老原氏が「わかってやっている」、つまり中小企業の側の主張を代弁するために、デフォルメされた議論を、ある種の道化として振る舞っていると考えても、明らかに筋が悪すぎます。なぜなら海老原氏の主張は、結局のところ「若者は甘えている」というふうに消費されたからです。それは果たして海老原氏の本望なのか。

 私は海老原氏以上に座学寄りの人間ですが、それでも海老原氏のデータの扱い方、そして議論の態度には強い疑問を感じざるを得ません。私は、少なからず現代の若年労働関係の言説に関わり、趣味の統計家としても『紅魔館の統計学なティータイム』などの統計学関係の同人誌を発行してきた身として、海老原氏は若年労働の言論の場からしめやかに立ち去っていただきたいと思います。

奥付
後藤和智の雑記帳 コミティア103出張版
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013年2月3日
配信日:2013年2月6日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/

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