後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ

第6回:【政策】若者雇用戦略を総括する(第1回)

2012/12/25 19:00 投稿

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第6回:【政策】若者雇用戦略を総括する(第1回)

 さて、今回はシリーズとして、2012年6月12日に合意がなされた「若者雇用戦略」と、それに至るまでの「雇用戦略対話」ワーキンググループ(若者雇用)についての総括を行ってみたいと思います。なお、当該WGの若者雇用第5回には、私もゲストとして報告を行っております。
内閣府:若者雇用戦略の推進 http://www5.cao.go.jp/keizai1/wakamono/wakamono.html

 まず私の立場を明らかにしておきたいと思います。最初に、若年層の雇用や就労についての近年の議論を振り返ってみましょう。私は雇用戦略対話WGの中で、近年の若年層の雇用をめぐる言説において「2度のバックラッシュ」があったということを示しました。そのバックラッシュとは何かについても一緒に見ていきたいと思います。

 まず1999年に話題になったのが、山田昌弘の『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書)でした。ざっくり言うと、この本で山田は、親に「寄生」する独身の若年者が増えており、それが自立を妨げ、そして親に「寄生」できる若者とできない若者の間で格差が発生する!ということを、今見れば何ともくだらない論点で採り上げていました。出版社・編集部にしても「こんな不届きな連中が急増している!」と煽っていたわけですから、いくら山田が近年になってそれなりにまともな発言をしているとしても、そのような若年層バッシングで名を挙げたという「事実」に対して総括を行わない限り、下段ガードを固めざるを得ません。

 閑話休題、2000年前後に山田の対抗言説として登場したのが玄田有史でした。玄田は若年層が経済的・労働環境の上で不利な状況に置かれていることを指摘し、2001年に『仕事のなかの曖昧な不安』(中央公論新社/現在は中公文庫で読める)を出版し、中高年の雇用を守ることにより若年層がしわ寄せを受けているということを明らかにしました。さらに2002年には宮本みち子が『若者が《社会的弱者》に転落する』(洋泉社新書y)を刊行し、こちらでも若年層の経済的に不利な状況を明らかにしています。この2冊は、若年層の経済的な状況に関する研究書として、現在でもその価値を失ってはいないと思います。

 しかし、2004年に1回目のバックラッシュが起こってしまいます。そしてそれは、他ならぬ玄田の手によって引き起こされました。玄田は『中央公論』2004年2月号において「十四歳に「いい大人」と出会わせよう――若者が失業者にもフリーターにもなれない時代に」を発表し、その中で、働いておらず、また教育や職業訓練を受けていない若年層、すなわち「ニート」(NEET:Not in Employment, Education or Training)という概念を紹介しました。もちろんこの概念は2003年には既に労働政策研究・研修機構などの報告書においては既に見られるものなのですが、一般的なメディアにおいて見られるのはおそらくこれが最初でしょう。

 玄田はこの中で、現代の若年層は「働かない」のではなく「働けない」のだとし、若年労働の問題は価値観の問題であるという旗色を鮮明にしました。それは、同年に出された、曲沼美恵との共著『ニート』(幻冬舎/現在は幻冬舎文庫で読める)でさらに鮮明に打ち出しています。また同書の中では、《ニートは「働きたくない」のではなく、なぜか「働くために動き出すことができない」でいるだけ》(玄田有史、曲沼美恵[2004=2006]p.254)と説明しているほか、『論座』2004年8月号においては、現代の若年層は「自己実現疲れ、個性疲れ」の状態にあるとしています。

 そしてこの新概念にマスコミは飛びつき、現代の若年層を面白おかしく採り上げたりバッシングしたりする材料として「活用」しました。あまりにも有名は「働いたら負けだと思っている」と言った人とかは有名ですね(別に某アイマスシンデレラガールズの双葉某氏を非難しているわけではないですよ)。このように「ニート」は、「現代の怠けた若者」のイメージとして流通しました。

 そして政策においても、このような認識に基づく施策が矢継ぎ早に繰り出されました。2005年には内閣府を中心に「若者の人間力を高めるための国民運動」が開始され、そこには財界や労働界(連合)のほか、玄田や山田、香山リカといった若者論系の論客も委員に名を連ねていました。2006年には経済産業省が「社会人基礎力」概念を発表し、現代の若年層においてそれが失われているという立場を打ち出していました。このように、少なくとも2003年頃までは経済的な問題として捉えられていた若年層の労働問題が、「ニート」概念の歪んだ「輸入」(そもそもこの概念はイギリス由来なのですが、発祥地のイギリスでは16~18歳であり、しかも社会的排除に関する議論を含んでいたのに対し、我が国に輸入される過程で15~34歳に変更されたほか、社会的排除などの問題については語られることがなかった)によって再び若年層の意識の問題に回収されるようになってしまったのです(ただし、本家本元のイギリスでも似たようなバッシングはあるようです。乾彰夫[2006]を参照のこと)。

 ただ2005年頃から、このような「日本型ニート」概念への批判が一部ではありますが行われてきました。2005年に出された、『ニート・フリーターと学力』(明石書店)においては、児美川孝一郎がこの概念がバックラッシュであることをいち早く指摘。また『SAPIO』2005年11月25日号では田中秀臣が、2005年12月に出された『改革の経済学』(ダイヤモンド社)においては若田部昌澄が、それぞれ「ニート」概念を経済学の立場から批判。さらに2006年1月には、本田由紀、内藤朝雄、そして私の共著で『「ニート」って言うな!』(光文社新書)が刊行されました。NPO法人「POSSE」も2006年に設立され、若年労働問題を政策の問題として捉えるべきだとする声も上がりました。

 しかし(当事者の一人として言うと)残念ながらこのような流れにも限界がありました。この頃は一時的に景気が上昇基調にあった頃であったため、大卒新卒採用状況は好転しており、それは極めて好ましいことではあったのですが、所謂「ロスジェネ」系の論客やメディアから、この世代の大卒者・大学生に対して、妬みや恨みにも似たバッシングが展開されていました。1975年生まれ~1982年生まれの「苦境」を強調した「ロスジェネ」言説・運動は、景気が一時的に好転するとすぐさま直下の世代へのバッシングに転じ、さらに「ロスジェネ」系の言説は具体的な労働問題と言うよりも実存や思想の問題をベースにしていたため、ただの上下の世代への威圧にしかなりませんでした。そしてこの時期には、新入社員を「ゆとり世代」としてバッシングする言説が跋扈しました。

 そんな中、2度目のバックラッシュが起きました。それは、今の学生は大手ばかり狙っており、中小企業に目を向けていない、しかし中小企業は求人が余っている、という言説が、リクルート系の海老原嗣生を中心に展開されたことです。もちろん海老原の言説には傾聴に値するものがいくつもありますし、また海老原の言説も全体的に見ればそんなに単純なことを言っているわけではありません。しかしこのような言説が出されたことによって、再び「学生の大手志向が問題だ」「学生は甘えている」という言説が再び跋扈したことは否めないでしょう。海老原にしても、山田と同様、いくらまともなことを言っていたとしても、自らの言説が若年層へのバッシングを生み出したことについての総括がない限り、下段ガードを固めざるを得ません。

 閑話休題、このような「学生の大手志向が問題だ」という認識をはじめ、「ニート」論以来の若年雇用問題を若年層の意識や教育の仕方にもとめる認識は、先の野田佳彦政権の下の雇用戦略対話でも受け継がれております。また言説の場にしても、エビデンスベーストで論ずる論客は、海老原嗣生をはじめ少数であり、その多くがナラティブベーストの議論となっており、その中には政府の審議会に入っているような人もいるのです(典型例としては、NPO法人「「育て上げ」ネット」の工藤啓が挙げられます)。

 今なお誤った認識が政策の土台を動かしている中で、真に若年雇用を生み出すために何が必要か。それについては、まずは成長政策や再配分政策をしっかりやる必要があると言うことです。具体的に言えば、金融政策によるデフレの脱却と、社会保障の充実によるセーフティネットの拡充です。安倍晋三政権について言うと、前者に対しては期待が持てますが、後者についてはかなりのマイナス要因です。

 そして若年雇用について、若年層の精神のあり方を問題視し、ある種のシバキ上げ的な傾向が強まっていることに対しても、絶えず批判をしていく必要があると思います。それは単純な世代論によって「ロスジェネ」を擁護する言説においても同じことです。ステレオタイプと差別を軸にした世代論をベースとする「若者論」の解消もまた、若年雇用政策の正常化には不可欠です。

 次回は、若者雇用戦略そのものについて検討を行ってみましょう(次回はブロマガ第10回に掲載予定です)。

参考文献・資料
玄田有史、曲沼美恵[2004=2006]『ニート――フリーターでも失業者でもなく』幻冬舎、2004年7月/幻冬舎文庫、2006年8月
後藤和智[2010=2011]「「ニート」論とはなんだったのか――玄田有史の変遷を中心に(検証・格差論 第2回)」、後藤和智『青少年言説Commentaries――後藤和智/後藤和智事務所OffLine発言集』後藤和智事務所OffLine、pp.106-108、2011年8月(コミックマーケット80)、初出は2010年9月(『POSSE』第8号)

【今後の掲載予定(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第7回:【思潮】年頭所感――「縮む日本で慎ましく生きよ」を跳ね返せ(2013年1月5日掲載予定)
第8回:【思潮】「デジタル・ネイティブ」論を批判的に読み解くために(第1回)(2013年1月15日掲載予定)
第9回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第1回)(2013年1月25日掲載予定)

【近況】
・「コミックマーケット83」(3日目)にサークル参加します。
開催日:2012年12月31日(月)
開催場所:東京ビッグサイト(ゆりかもめ「国際展示場正門」駅下車すぐ、りんかい線「国際展示場」駅下車徒歩5分程度)
スペース:東5ホール「パ」ブロック29b

・「こみっく☆トレジャー21」にサークル参加します。
開催日:2013年1月13日(日)
開催場所:インテックス大阪(大阪市営地下鉄中央線「コスモスクエア」駅下車徒歩15分程度、大阪市交通局南港ポートタウン線「中ふ頭」駅下車徒歩3分程度)
スペース:5ホール「ネ」ブロック21b

・「コミティア103」にサークル参加します。
開催日:2013年2月3日(日)
開催場所:東京ビッグサイト
スペース:未定
備考:イベントの規定により、二次創作同人誌である『幻想論壇案内』『紅魔館の統計学なティータイム』の頒布は行いません。

・「コミックマーケット83」新刊の『紅魔館の統計学なティータイム――市民のための統計学Special』がコミックとらのあな及びメロンブックスにて予約受付中です。下記の告知ページをご覧下さい。なおこの同人誌はCOMIC ZINにも委託予定です。
http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11422949903.html

・同じく「コミックマーケット83」新刊の『社会の見方、専門知の関わり方――俗論との対峙から考える』も刊行予定です。COMIC ZINにて委託を行います。

・同じく「コミックマーケット83」新刊の『青少年政策の計量分析――平成日本若者論史4』も刊行予定です。コピー誌のため委託はしません。

・「仙台コミケ204」新刊の『徹底批判 新日本国憲法ゲンロン草案』の冊子版がCOMIC ZIN及びコミックとらのあなで、電子書籍版がKindle及びブクログのパブーで販売しております。詳しくはこちらをご参照ください。
http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11394353097.html

・「コミックマーケット82」新刊の『現代学力調査概論――平成日本若者論史3』がCOMIC ZIN及びコミックとらのあなにて委託販売中です。詳しくはこちらをご覧下さい。
http://ameblo.jp/kazutomogoto/entry-11322783067.html

・筆者が以前刊行した「ヤンキー風俗研究会」との合同誌『義家汚染――ヤンキー脳の恐怖』『俗・義家汚染――人として軸がぶれている』をブクログのパブーにて無料公開しています。

(2012年12月25日)

奥付
後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ・第6回「【政策】若者雇用戦略を総括する(第1回)」
著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2012(平成24)年12月25日
連絡先:kgoto1984@nifty.com
チャンネルURL:http://ch.nicovideo.jp/channel/kazugoto
著者ウェブサイト:http://www45.atwiki.jp/kazugoto/

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