後藤和智の若者論と統計学っぽいブロマガ

第12回:【思潮】「デジタルネイティブ」論を批判的に読むために/第2回

2013/02/25 19:00 投稿

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第12回:【思潮】「デジタルネイティブ」論を批判的に読むために/第2回:橋元良明、電通総研『ネオ・デジタルネイティブの誕生』を読む

この連載では、所謂「デジタル・ネイティブ」論に関する書籍などがどのような視点に基づいて書かれているかを見ていくことにより、この概念が、現代の若者論と結びついてどのような言説を構成していっているのかを見ていこうと思います。第2回は、橋元良明と電通総研による『ネオ・デジタルネイティブの誕生――日本独自の深化を遂げるネット世代』(ダイヤモンド社、2010年)を見ていきます。橋元は以前からメディアと若者の関係について積極的に発言してきて、またマスコミなどでも重用されてきた学者です。

さて、本書まえがき(クレジットはなし)においては、p.6において、「ケータイは外出先で使うもの」を筆頭に12の「質問」が出てきています。そして次のように述べます。

―――――
年配の方には、すべて「イエス」と答えた方も多いのではないでしょうか。とにかく、見事なほど、回答者の年齢によって答に差が出るはずです。若者は皆「正反対」を答として選択するのです。この現実をどう理解すればよいのでしょう?(橋元良明ほか[2010]p.7)
―――――

しかし、これについての根拠は、最後まで出てきません。ここにも、この連載企画の前回で示した、「デジタル・ネイティブ」論が、基本的に若年世代の「違い」を強調するものであるということがはっきりと現れていると思います。

第2章p.49においては、「すべては76世代(筆者注:1976年生まれ)から始まった」と書かれています。同書においては、《76世代は価値観・意識・行動様式・メディアリテラシーなど、信念や仕事観に至るまで、それまでの世代とは大きく違い、その後の世代に大きな影響を及ぼしています。ある意味、いままでの常識が通用しなくなったキッカケの世代とも言えます》(橋元ほか、前掲書pp.49-50)。「デジタルネイティブの前では常識にとらわれてはいけないのですね!」とは、たとえこれを言っている人が東風谷早苗であってもしらけるだけです。さらに著者らは《さらに、この世代とは別に、大きな「ズレ」の震源地となる世代があります。それが86世代です。読み方はハチロク世代です》(橋元ほか前掲書p.50)などと書いています。

ここまで「違い」を強調するのはなぜでしょうか、ということを問いかける前に、この本の第3章で使われている自前の調査データには致命的な欠陥があります。それは、社会意識に関する調査がコーホートになっていないからです。同書では最初のほうで、コーホート分析について、《世代、加齢、時代等の要素に基づく分析》(橋元ほか前掲書p.8)と書いてありますが、そもそも「コーホート」の原義は「追跡される集団」です。そのため特定の社会集団を追跡して(または数年ごとに調査を行い、調査ごとに同じ年代生まれの集団の結果を集計して)初めて「コーホート調査」ということができることができるのですが、本書で行われているのは、ただ単に特定の時間帯における世代間の「差」を輪切りにしたものでしかありません。そのため、加齢あるいは社会環境の変化による効果を測定することが、本書の調査では不可能なのです。

にも関わらず同書では、同書で示されている世代間の「変化」が、メディア論とそれに強く紐付けされた世代論によって決定づけられているのです。そして案の定、他の社会意識や、あるいは経済的状況などを変数にした回帰分析などによる仔細な分析は行われていません。

それどころか、同書の中には「クラウドコンピューティング脳」など、若年層の「脳」までもが変化しているという記述まで出てきているのです。例えばpp.136-137においては、彼らの「クラウドコンピューティング脳」なるものがこれからは優秀さの基準になると書いていますが、その「クラウドコンピューティング脳」を基準化する指標はどこにあるのか、そもそも基準化できるのか、とは書かれていません。さらに、p.166にも、《やはり、若者の脳はどんどん「映像処理優先脳」と呼ぶべきものへと変化してきており、動画は「単に見るもの」から「コミュニケーションのツール」へと進化していると考えてよさそうです》(橋元ほか前掲書p.166)と書かれていますが、若年層のメディア接触ないし消費の違いを「脳」の違いとして説明してしまうのは、まさに科学用語の濫用に他ならないのではないでしょうか。

若年層の行動を全て「メディアの変化」で説明、さらに「脳」の変化で説明してしまうということは、そこに至る研究や学術としての倫理的・科学的な問題が、世代論やマーケティングの名の下にすっ飛ばされているということです。特に「脳」に関しては、器質主義や過度な抑圧などに陥ってしまう可能性が、神経学と哲学の双方から提出されています(神経学については坂井克之『脳科学の真実』(河出ブックス)、哲学については河野哲也『暴走する脳科学』(光文社新書)を参照されたい)。それが軽々しくスルーされることに、橋元良明という社会学者や、あるいは電通総研という集団(ないし、電通という企業)の世代論に対する「軽々しさ」が現れていると思うのです。

特に第4章の「ネオ・デジタルネイティブとつきあう」以降は、経済的な問題がばっさりと削除されて、メディア、そして「脳」の問題であるかのように、ほとんど決定論的に語られています。

これについても、1980年代以降、広告代理店が、「消費」を煽るために若年層の「差異」を強調する言説を量産してきて、それがもたらす社会的な問題を直視しないまま、バブル期的な「消費」の構造に安住するための最後の手段というのが、少なくとも広告代理店にとっての「デジタル・ネイティブ」論と言うことができます。これは「デジタル・ネイティブ」論ではないのですが、同じく電通のワーキンググループが鈴木謙介と出した『わたしたち消費』(幻冬舎新書)にも同じことが言えます。

若年層に対して特定の「性質」を、根拠の乏しい、もしくは研究としての制度に疑問を持たざるを得ない「調査」によって一方的に決定し、それを元に「消費」について語る。このような不毛な世代論は、ここ30年ほど流され続けています。それに対していかに終わらせるべきか?それについては、今後の検討課題としなければならないでしょう。

次回は再び社会学方面について述べていこうかと思います。この連載企画は全4回を予定しております。

【今後の掲載予定:定期コンテンツ(原則として毎月5,15,25日更新予定)】
第13回:【科学・統計】レビュー系サイト・同人誌のための多変量解析入門(第2回)(2013年3月5日掲載予定)
第14回:【政策】若者雇用戦略を総括する(第3回)(2013年3月15日配信予定)
第15回:【政策】中絶と貧困(2013年3月25日配信予定)

【近況】
・ジャーナリストの津田大介氏のメールマガジン「津田大介の「メディアの現場」」に、統計学と世論に関する論考「インターネット世論調査はどうあるべきか?」を寄稿しました。津田マガはニコニコチャンネルの他、複数のプラットフォームから購読可能です。ご一読下さい。
http://tsuda.ru/tsudamag/2013/02/1978/

・「おでかけライブ in 山形109」にサークル参加します。
開催日:2013年3月3日(日)
開催場所:山形ビッグウイング(JR各線「山形」駅より山交バス「県立中央病院」行き「ビッグウイング前」下車、またはJR奥羽本線・仙山線「羽前千歳」駅より徒歩20分程度/駐車場あり。山形自動車道「山形北」インターチェンジより5分程度)
スペース:「H」ブロック8

・「EVENT JACK 気仙沼21」にサークル参加します。
開催日:2013年3月17日(日)
開催場所:気仙沼市民会館(JR気仙沼線・大船渡線「気仙沼」駅より徒歩20分程度/駐車場あり。東北自動車道「一関」インターチェンジより国道284号線経由で1時間程度、または三陸自動車道「桃生津山」インターチェンジより国道45号線経由で1時間程度)
スペース:未定

・「杜の奇跡20」にサークル参加します。
開催日:2013年3月24日(日)
開催場所:仙台市情報・産業プラザ(JR各線「仙台」駅北口より徒歩2分程度、または仙台市地下鉄南北線「仙台」駅より徒歩5分程度)
スペース:未定

・「超文学フリマ in ニコニコ超会議2」にサークル参加します。
開催日:2013年4月28日(日)
開催場所:幕張メッセ(JR京葉線「海浜幕張」駅より徒歩5分程度、またはJR総武本線「幕張本郷」駅または京成千葉線「京成幕張本郷」駅より京成バス利用)
スペース:未定

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http://getnews.jp/archives/291534

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(2013年2月25日)

奥付
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著者:後藤 和智(Goto, Kazutomo)
発行者:後藤和智事務所OffLine
発行日:2013(平成25)年2月25日
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