その14 武術の学び方、伝え方。(後半)
前田先生がカーロスに柔術を教えた期間はどのくらいだったのだろう? 柔術の全ては伝えきれていないし、たぶん伝えることもしなかったように思える。ところがクラシックなグレイシー柔術には上手いこと技以外に色々と教えが詰まっているのだ。
クラシックなグレイシー柔術は基本時間無制限で闘う。だから呼吸をいかに安定させるのかというところに隠れたコツがある。時間内でいかに全力を出し切るのかが必要な現在の柔術とは全く違った呼吸のコツがあるのだ。深く安定した呼吸は武術の呼吸のコツを上手く表している。呼吸を安定させてなるべく力を使わないで、上手に身体を使う。これもクラシックなグレイシー柔術の基本だ。考えてみれば、寝技で太極拳みたいなコツを使って日々運動することになっている。
前田先生が伝えたのか、それともグレイシー一族が考え出したのか事の真意は分からない。それでもクラシックなグレイシー柔術は基本から外れなければ、とても身体に良い格闘技になる。身体を強健にしながら、相手と実際に行うのが太極拳との最大の違い。
相手と組んでテクニックを練習するコツは、相手の立場になって上手にテクニックを使う状況を作り、その状況に動きを再現する。カーリーが僕に教えてくれたテクニックを学ぶ時のコツだ。テクニックは状況によって使い分ける。だから使う状況を上手く再現できる相手と練習するのが一番良い。
テクニックの練習で自分勝手に動いたり、自分の強さを出す相手とは練習しないほうが良い。テクニックの練習を通じて実は受け手も学ぶのだ。相手の立場になることを考え身体で表現する。これが出来ると思いやりが育つ。そして相手の立場を常に考える癖がつく。これは大人として必要なことなのだ。
そして相手の立場を練習で感じ理解すると、試合ではその反対を使いこなせるようになる。つまり練習では相手がやりやすいように、試合では相手がやりにくいことが出来るようになるのだ。やりにくいことを上手くやるにはやりやすいことをとことんやりつく必要がある。
グレイシー柔術は最高の人間を作る優れた教材だったのかもしれない。グレイシー家の家柄と前田先生の感じた大恩義を重ねてみると、こういった考えも間違いでもない気がする。もし、間違っていたとしたら……。これは僕の大発見になる! 身体に良く精神にも素晴らしい効用があり、一生楽しめて役に立つ。新しい解釈のグレイシー柔術を元にした柔術になるのだ。でもたぶんこれは僕の考えじゃない。
武術とは時空を超えてメッセージをくれたりする。そのメッセージは武術の中の見えない宝物。誰もが宝物の使い方を忘れ、宝物が消えそうな時にメッセージが読めそうな人のところにやって来る。そんな話をどこかで聞いたことがある。
メッセージといえば、型は武術の御先祖様から手紙。これは流儀の口伝。口伝とは昔から綿々と口頭で伝え続けられてきた流儀の教え。型には全てが込められている。型を通じて、武術の御先祖様から手紙を読む。そのために日々稽古を積む。稽古とは古に鑑みる、つまり古を鏡で写すように見る作業のことなのだ。鑑みることが出来た人物には、こういった口伝が与えられる。
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