その14 武術の学び方、伝え方。(前半)
古流の柔術を学ぶ際には、古流の時代の話や物事の捉え方、考え方の話を聞かせてもらったりする。その全てが現代の物とは比較にならないくらいに違う。現代の常識とは全く違う。だから当時の話を聞かせてくれるんだろう。
日本の常識が海外では通用しないのと同じなのだ。蕎麦はズルズルと音をたてて食べると美味しいのだ。音をたてないで、もそもそ食べたら美味しくない。パスタをズルズル食べたらマナー違反なのだ。古流の時代は海外よりも違った常識が有ったりするのだ。
「型は時代と共に増えた。なんでだか分かるか?」
ある日、師匠から質問された。うーん……時代と共に技術が増えて進化したからかな? 僕はそう思ったけど、あえて言わなかった。こんな時には絶対に別の答えなのだ。黙ってる僕を見ながら師匠が教えてくれた。
「昔は武術は使うために教えた。武術の技を学ぶということは武器を一つ手に入れるのと変わらないこと。一手いくらで武術はお金になった。売るものが多いほうがお金になるだろ? だからややこしく増やした。そのほうがお金になるんだから、そうするに決まってるだろ」
ありゃりゃ……。
「昔、内弟子になりたいって来たのがいた。なんでもするから内弟子にしてくれってね。それで何をしてくれるんだって聞いたら、“掃除とか洗濯でもなんでもやります”って。そうか、それは助かるな。それでどこに住んで通う?って聞いてみた。そうしたら、自分は武術に全てを捧げるつもりだから、何でもすると。それで住む場所とご飯の面倒をみてくれというから、こう答えたよ。
掃除と洗濯をするだけで、住む場所と食事の用意があって武術に専念出来るんなら俺がやりたいよってね」
ありゃりゃ……。
「昔は内弟子の意味が違った。武術に全て捧げるという意味も違った。内弟子になるには屋敷を売ったりして、財産を全部師匠に渡す。人生を捧げるんだから、財産は邪魔になるだろ。全てを捨てて、学びに来たんだから。それで、しょうがないから面倒をみるんだよ。面倒をみるお金の元は内弟子が払ってるんだけどな。昔はそれくらいの決意をしなければ武術は学べなかった。家を売るんだから金持ちの息子が武術を習うんだ。だから型が増えた。通いで奥義に至るには物凄いお金が必要なんだ。武術は金持ちに上手に教えるやり方も上手く持ってる。大名の武術、武家の武術と足軽、町人、農民の武術は違うんだ。当時は身分制度が厳しいから、生活も違うし、風習も違う。物の考え方や、知識や教養も違うし、それぞれの立場も違う。だから技が違うし、教え方も違っていた。それぞれに一番合った教え方があったんだ。大名や武家は金持ち用の教え方をする。金持ちにふさわしい綺麗な技を教える。足軽には足軽に役に立つ教え方をする。忍びは殺すことに特化した術をやる。戦でもそれぞれの役割があるんだ。それぞれの役割を果たすには、それぞれの物の考え方がある。足軽は軽装で駆け回って身軽に動く。大名は重鎮として陣にデンとしてる。そうでなければ戦は上手くいかない。それぞれの役割を全う出来るように武術は上手く出来ている。それぞれの立場と役割用に身体と気持ちも一緒に創り磨くのが武術だ」
それぞれの地位と立場、家柄によって武術は違っていた。グレイシー柔術を伝えたのは前田光世先生。前田先生は明治維新の頃の柔道家だ。幕末に生きた武術家は江戸時代のしきたりを当然知っているし、身につけている。
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