第1回 愛と謀略のキャバクラ
居酒屋「さくら水産」の無個性な店内は今までの俺の失格な人生をあらわしているようだ。そんな人生はもう終わりだ。俺は、会社を乗っ取る。サクセスする。今、目の前には社長の女がいる。二人きりだ。手に汗をかいている。これは普通の会社員が通常の会社員生活で流すものとは違う種類の汗だ。なぜなら俺はひどい脂性。汗も油ギッシュ。
「イラッシャイマセー」
マニュアル通りの店員の呑気な声が俺の神経を逆撫でする。俺が解雇のリスクを犯しているのに、こいつらは時間給で安全に働いているのが、残業代がつくのもムカつく。
乗っ取りのターゲットは現在勤務する会社だ。社名は大人の事情で明かせないが経営が傾いている中小企業。標的としてはしょぼーいが今お世話になっている会社だから仕方がない。
本当は転職したい。でもイマイチ踏ん切りがつかない。トヨタ。ソニー。ソフトバンク。超一流企業から内定をいただくのはそこいらの会社を乗っ取るよりもずっと難しい。赤字中小企業を乗っ取ることが出来れば、超一流企業へ転職する決心が付くと思うんだ、俺。
ターゲットのトップは同族で固められ、実力の通じない、コネとお世辞の世界だ。俺に未来はない。
「え~お新香盛り合わせ頼んでいい~?」
女が言う。
「ダメだ。魚肉ソーセージ以外はダメだ」
俺は断る。さくら水産は魚肉ソーセージ。それが俺のルール。俺はまもなく41になる。年齢的に転職もままならず、きっと、万年課長だなって半ば諦めかけていた俺が社長から呼び出されたのはつい先刻。倉庫兼社長室。腰掛けたビニル製の応接ソファー。ビニル皮のソファーはなぜスーツにくっついてしまうのはなぜだろう?
「君にある女と会ってほしい」
「女、ですか?」
「秘密厳守だ。少しだけ女の相手をしてくれればいい。報酬は出す」
社長は報酬としてマイルドセブンを1カートン、俺に渡した。俺は煙草が吸えない。
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