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その3 二度あることは三度ある、あるいは三度目の正直。(後半)

「格闘技とずいぶん違うでしょう。これが武術の真髄です。力と力はぶつかり合わない。そうでなければ命をかけて闘うにはずいぶんと心許無い。体に関する知識と向き合い方が違うんです。武術の術は幻術の術みたいなもんでもあるんですよ」

あっけにとられた顔をしてる僕に先生はそう言った。いたずら小僧みたいな顔でそう言った。

「少し教えてあげましょう。これは前にも見せましたね。秘伝を手にする稽古を一つ教えます。これをどうするかはあなた次第ですよ」

そう言うと先生は自分の腕の太い部分に反対の腕の指先を当てた。そして指先を上下に動かした。「やって御覧なさい」と言われ、僕は同じ動作を真似した。何が何だか分からないけど、ただ不思議な手に興味があった。だから先生の動きを必死になって真似をした。

「何が何だか分からないでしょう? 普通の人には見えない物が見えるようになるまで続けるから武術を手にすることが出来るんです。腕の皮膚はすべすべしてるようにしか普通はみえない。でも本当はザラザラしてるんですよ。そして皮膚の下には無数の筋がある。皮膚の下の筋肉は固まりに見えて実はそうじゃないんです。筋肉は筋の集まりというのが昔の人の考えで、実際に現代では筋肉は筋繊維という繊維の集まりだと分かっているんです。西洋の人たちが一生懸命に解剖をして筋肉の存在を知った頃に、日本人は身体は不思議な筋の集まりだとすでに知っていたんですよ。普通は感じることが出来ない身体の筋を感じること。それが武術の学びの始まりです。ほらね……」

先生は笑いながら指先で僕に触れた。筋を引っ掛けられた僕の身体は内側から崩れてゆく。不思議な状態にまたなった。そして、筋を引っ掛けるやり方と一人で練習が出来るやり方を僕はその時に教えて頂いた。

あの時の不思議な感触を思い出しながら、僕は筋を捕るやり方を練習し始めた。毎日筋を捕ろうとするけど上手くいかない。でもそんなことは別にどうでも良いような悩みが僕にやって来た。それまではただ気になる存在だった島津先生。講演会で教えてもらってからは、“気になる”から“学びたい”に変わった。そのうち学ばなければいけないに気持ちが変わった。どんどん先生に学びたくなる、いや、学ばなければいけないと日々追い立てられる。不思議な感情だった。憧れとかではない、そうしなければいけないんだという不思議な感情が僕を支配し追い詰められていた。

ある日、僕は操体法と太気拳の師匠にお願いをした。柳生心眼流を学びたいとお願いをした。本気で悩んでいたわりには、拍子抜けするほどあっさりと許可がもらえた。きっと最初からそう決まっていたんじゃないのか? そんなふうにさえ思えてくる。

引退してから始まった新しい道のりがまた一歩進んだ。柳生心眼流は僕の故郷伊達藩のお留め武術。プロレスラーに憧れて上京した僕は不思議な格闘技界の流れの中でプロの格闘家になり、素晴らしい時間を過ごした。プロを引退して今度は故郷のお留め武術を学ぶことに。「全て伝える」と島津先生は僕にそう言ってくださった。正式に先生へ学びのお願いをしにうかがったその日、先生は笑顔でそう言ってくれた。あの日から5年が経った……。