1.『続・平謝り』 〜格闘技界を狂わせた大晦日10年史〜

この10年間、格闘技は未曾有の盛り上がりを見せたが、結果的にそれを盛り上げたK-1もPRIDEも崩壊してしまった。そこには様々な原因があるが、良くも悪くも一番の原因は大晦日イベントにあった。テレビ局も含めて当事者の谷川貞治(元K-1イベントプロデューサー)が『平謝り』にも書いていない内幕を綴って、検証する。

●第29回 2009年-⑤ 石井デビュー、青木真也の腕折り、魔裟斗の引退

経験上言いますが、たとえ対抗戦であってもお互いどこかで信頼関係がないといい試合にならないし、イベントも成功しません。選手は剥き出しの闘志があってもいいのです。しかし、団体のトップは「これから一緒に盛り上げて行こう」という気持ちがないと、うまくスイングしません。そのためには、どちらか一方が“寝てやる”という気持ちが大切です。寝ておきながら、主導権の取り合いをするのが、対抗戦の絶妙な面白さなのです。

僕らもこれまで猪木軍、PRIDE、上井文彦さん率いる新日本軍、『やれんのか』の開催と、いろんな団体と対抗戦をやって鎬を削ってきました。これらは、どれも自分自身興奮し、概ね成功したと思っています。なぜなら、それらの団体のトップは業界の人たちであり、興行を一回限りの点として考えず、線に結びつけて盛り上げていこうという気持ちがあったからだと思います。ところが戦極は業界外の人たちであり、線に結びつけて考えるような人たちではありませんでした。そのため、最後までギクシャクし、嫌な空気が流れていたのです。

当日までやるのやらないのでモメた吉田vs石井戦は、石井君のデビュー戦という期待感いっぱいの試合のはずなのに、なぜか乗れません。試合は間合いをつかめず、ぎこちない石井君の出鼻に何度か吉田秀彦がいいパンチを当ててぐらつかせ、後半はだんだん石井君も間合いをつかんできたのですが、老獪な吉田選手にうまく誤魔化されて判定負けするという内容でした。僕はどこかで冷めた目で、僕ならどんなデビュー戦にしただろうと考えていました。興奮することはありませんでしたが、石井君が全然ダメかというとそうでもなく、かといって非凡な何かを見せられるところまでは出せませんでした。「なんとか試合は成立した。視聴率はどう出るんだろ?」そんな風に考えて見ていました。

イベントは、いい空気も悪い空気もすぐに伝染します。戦極との対抗戦では、当日になっても揉めにもめた嫌な空気が流れ続け、一つの小さな揉め事がそのまま伝染してしまった感じです。こういう嫌な空気を塗り替えれるファイターこそ、真のスターになれるのです。

しかし、対抗戦ではいきなりDREAMチームが3連敗。柴田勝頼が五輪メダリストの泉浩に体力負けして判定負け。続いて、DREAM王者の高谷裕之が小見川道大にまさかのKO負け。そして、ベテラン桜井マッハ速人も、郷野聡寛に完封されてしまいました。DREAMにとっても、対抗戦にとっても、いい流れではありません。それでも戦極サイドは控室でホッとしたのか、だんだん盛り上がってきました。

続いて行われた三崎和雄vsメルビン・マヌーフは、メルビンのパンチラッシュで、メルビンが秒殺。やっとDREAM側が勝ったかと思ったのですが、レフェリーが止めるのが早いというクレームが戦極サイドから起こり、また控室で揉めだして水を指すことになったのです。結局、これは後日審議することになりました。

ここで、“大晦日男”の所英男が戦極のキム・ジョンマンに判定勝ち。所君は安田会長と同じ岐阜出身で、安田会長も気に入っている選手です。所君が何とか流れを変えるかなと思いました。次の川尻達也は手堅く横田一則を抑え込み、DREAMチームもようやくリズムに乗り出したかと思いきや、エースの一人、山本KIDが戦極のチャンピオン金原正徳にダウンを奪われそうな打撃を当てられ、判定負け。KID君にとっては、テレビに出るようになってから初めて日本人に敗北を喫してしまったのです。この敗北で、まだまだリズムに乗れません。