1.『続・平謝り』 〜格闘技界を狂わせた大晦日10年史〜

この10年間、格闘技は未曾有の盛り上がりを見せたが、結果的にそれを盛り上げたK-1もPRIDEも崩壊してしまった。そこには様々な原因があるが、良くも悪くも一番の原因は大晦日イベントにあった。テレビ局も含めて当事者の谷川貞治(元K-1イベントプロデューサー)が『平謝り』にも書いていない内幕を綴って、検証する。

●第22回 2007年 (第4回) 『やれんのか!』の大成功! 初の敗北気分

旧PRIDE勢とのまさかの電撃合体。その第一弾は因縁の大晦日イベントで行うことになりました。K-1は従来どおり、大阪ドームで『Dynamite!!』を開催。メインイベントは2年連続で桜庭和志となり、対戦相手はヒクソン戦以来、実に7年ぶりの復帰戦となる船木誠勝選手に決めました。2000年、サクちゃんはホイスと闘い、船木選手はヒクソンと闘いましたが、当時このカードが実現していたら、この一戦だけでビッグイベントになっていたでしょう。

『Dynamite!!』には他にも魔裟斗、武蔵、ボブ・サップ、ボビー・オロゴン、山本KID、所英男、田村潔司、曙といった視聴率の取れる選手を並べましたが、正直に言うとそこにはテーマがなく、僕らの力もK-1 vs PRIDEに注ぎこまれました。しかも、『Dynamite!!』でもミノワマンvsズール、宮田和幸vsヨアキム・ハンセン、メルビン・マヌーフ vs 西島洋介という対抗戦は組んだものの、これはオマケであって、本番はさいたまスーパーアリーナの『やれんのか!』の方にあったのです。

エメリヤーエンコ・ヒョードル vs チェ・ホンマン 青木真也 vs JZ・カルバン (チョン・ブギョン) 三崎和雄 vs 秋山成勲

「やれんのか!』では、この3試合が対抗戦となりましたが、我ながら、とてもいいカードです。あとの『やれんのか!』のカードは、全て加藤君たちに一任しました。もちろん、どのカードもいいカードですが、主役はやはり秋山成勲です。

昨年起こったヌルヌル事件以来、秋山君をどのタイミングで復帰させるかは、僕らの大きなテーマとなっていました。格闘技の試合でファンがこれほど感情的になって、スポンサーやテレビ局にまで文句を言った事件はありません。また、普通この手の話題はすぐに鎮火してしまうのですが、一年経ってもネットを中心に書き込み等はあとを断ちませんでした。もちろん、相手が桜庭和志という、ナチュラルなベビーフェイスという一面も大きいでしょう。しかし、その一方で、秋山君のバックボーンにある「在日」というものが根深くあったことは否定できません。くしくも、韓国のKBS (日本でいうNHK)では、在日としてのチュ・ソンフン (秋山君の韓国名)のドキュメンタリーが放送され、大きな反響を呼びました。日本ではバッシングを受ける秋山君でしたが、逆に韓国では「秋山がかわいそうだ」ということで人気が上がり、CM3本、CDデビーまで果たすという、プチブレイクをし始めたのです。これも予想外の展開でした。

そこで秋山君の復帰戦は韓国に決めました。大晦日前に、どこかで秋山君を復帰させておかないと、TBSも怖くて放送することを躊躇していたからです。やはり、いきなり日本で、しかも大晦日に復帰させ、ファンがまたしてもテレビ局やスポンサーにクレームを言い始めたら、今度こそ本当に総合格闘技が地上波から消えていく可能性もあったからです。

その年の10月、僕らは韓国でHERO'Sを開き、メインイベントを秋山vsデニス・カーンにしました。デニス・カーンも韓国人とカナダ人のハーフで、韓国MMAの第一人者として人気も実力もあります。実をいうと、秋山君はこの復帰戦のオファーに対して躊躇しました。韓国で凱旋試合を行うのはいいのですが、もし負けたら自分が終わってしまうと考えたからです。そのくらいデニスは実力者で、秋山君にとってはリスクの高い試合でした。でも、ここでイージーな相手を選んだら、秋山君が守られているとして、またファンに批判を受けてしまいます。ここは心を鬼にして秋山君を潰すようなマッチメイクをしてこそ、意味があるのです。

しかし、秋山君はパンチでデニスをKOし、見事にハードルをクリアしました。テレビ放送しても、さしてバッシングもなく(もちろん相変わらずありましたが)、大晦日の試合もやってみようということになったのです。もし、秋山君の試合が放送できなければ、『やれんのか!』との2元中継も実現しなかったでしょう。