Vol.323 結城浩/自信/要領を得ない話し方/受け身の人生から抜け出すために/読者に直接売る/結城浩の数学ノート/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2018年6月5日 Vol.323


はじめに

結城浩です。

いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

六月に入りました。まるで夏のように暑いです!

実は、暑くなるとつらいのは、暑さではなく寒さです。

「今日は暑いから」といって薄着をすると、電車やカフェの冷房が強くて震え上がることが多いからです。

特に電車! 電車の冷房はまだしも扇風機をプラスするのはやめてほしい……

体調を崩さないように気を付けつつ、今回の結城メルマガを始めましょう。


目次

  • はじめに
  • 目次
  • なかなか自信がつかない - 仕事の心がけ
  • 自分のことが好きになれない
  • 言いたいことが言葉にできず、要領を得ない話し方になってしまう
  • 会社員二年目、受け身の人生から抜け出すために「自分のしたいこと・できること」を探したい
  • 自分の作品を読者に直接売ることの意味 - 仕事の心がけ
  • 「結城浩の数学ノート」を作りながら考えていること - 仕事の心がけ
  • おわりに

なかなか自信がつかない - 仕事の心がけ

質問

「自信」って、どうやったらつくんでしょうか。

私は周囲から「スキルがあってうらやましい」と言われます。

でも、自分自身はどうしても謙遜してしまいます。

どうすれば、自分のスキルを自信をもって言えるようになるんでしょうか。

回答

ご質問ありがとうございます。

あなたの質問の中には「謙遜せずに応対する話」と「自信がつく話」との二つが混じっているように感じました。

「謙遜せずに応対する話」については、以下のような応対になると思います。

 だれかの言葉「スキルがあってうらやましい」
 あなたの返事「そのようにほめてもらうとうれしくなります」

あなたのスキルに言及したということは、相手はあなたの活動に注目してくれているということですね。また、スキルがあってうらやましいと言うのなら、あなた自身の評価はさておき、相手はあなたのスキルを高く評価しているわけです。

自分の活動に注目してもらえて、スキルを高く評価してもらえるということを「うれしい」と感じるなら、「うれしくなります」という主張は事実にそった主張ですよね。なのでその気持ちをそのまま伝えればいいのではないかと思いますよ。

このように「謙遜せずに応対する話」の方は、相手とのコミュニケーションの問題です。でも「自信がつく話」はそうではありません。こちらは自分自身の問題になるからです。

では「自信がつく話」について。もしもあなたが「現在の自分のレベルよりも、私はもっと上をねらいたい、もっと成長したい」と考えているなら、それはけっこうな話であると結城は思います。進歩したい、成長したい、停滞せずにスキルアップしたい。いいじゃないですか。

勉強する、練習する、他者から刺激を受ける、経験を積む……あなたが考えている「スキル」が何かはわかりませんけれど、現状に満足せずにスキルアップをはかる道はたくさんあるでしょう。

あなたの質問で結城がやや引っかかったのは、もしかするとあなたが気にしているのは「どれだけ自分のスキルが上がってもさっぱり自信がついたと思えない」ところではないかという点です。

自信がない→スキルアップ→まだ自信がない→スキルアップ→まだまだ自信がない→……

もしこういう状態だとすると気になりますね。もしかすると、自己認識がちょっぴりズレているのかもしれません。

バランスのいい自己認識を持つことは大事です。バランスのいい自己認識といっても、何も難しいことはありません。要するに「自分のできないこと」と「自分のできること」の両方を認めればいいのです。具体的には次のような感覚です。

「自分のスキルはまだまだ低い。でも、ここまではできるようになった」

「自分のスキルではあれはできない。でも、これはできる」

「自分のできないこと」と「自分のできること」の両方を認めるというのは、自分を適切に評価するともいえます。大事なのは、その時点で他者はあまり関係がないということ。これは自分自身の問題です。

しばしば「自分のできること」を無視する人がいます。無視までいかないけど軽視する人はたくさんいます。まるで「自分に何かができること」を恐れているかのようにふるまう人です。

これは結城の想像ですが「自分はこれができる」と認めたり「自分には自信がある」という状態になると「自分は慢心して成長が止まるのではないか」と恐れているのではないでしょうか。「これで自分は大丈夫となったら、自分は堕落してしまうのではないか。怠けてしまうのではないか」ということを恐れる気持ちです。

しかしながら、「自分のできないこと」と「自分のできること」を事実としていったん認めることは健全な成長のために大切です。「自分のできること」をしっかりと認めないと、それを土台にした次の一歩を踏み出すことが難しくなるからです。慢心するな!怠けるな!と自分を追い立てすぎるのは考えものです。

「自分のできないこと」だけではなく「自分のできること」もきちんと認めましょう。良い点も悪い点もバランスよく評価しましょう。特に「事実」に立脚することが大事です。

  • 私が、(出来不出来はさておき)この成果物を作ったという事実。
  • 私が、(出来不出来はさておき)この発表を行ったという事実。
  • あの人が、(私自身の評価はさておき)私のスキルをほめてくれたという事実。
  • これまで●●ができなかったけど、(過去や未来はさておき)今回は●●ができたという事実。

そのような事実を押さえることが非常に重要です。成果物がどれだけの出来かは別の話。まず、成果物を作ったという事実を認めることがかんじんなのです。

ジグソーパズルを一気に完成させる人はいません。自分が「確かにこれは事実だ」と認めるピースをひとつひとつ押さえていきましょう。そのようなピースが集まって初めて「自分にほんとうに欠けている部分」が見えてきます。「自分のできること」をしっかり認識して初めて自分が努力すべき方向が見えてくるのです。

自分のスキルは完璧ではないかもしれない。世界一ではないかもしれない。

しかし、自分が達成した事実をしっかり認めましょう。

事実を踏まえて歩きましょう。

そうしていくうちに、健全な自信が身につくと思いますよ。

ご質問ありがとうございました。


自分のことが好きになれない

質問

他人のことは好きになるのに、自分のことは好きになれません。

自分のことを好きになるには、どうしたらいいですか。

回答

自分を、他人のように扱ってみてはどうでしょうか。


言いたいことが言葉にできず、要領を得ない話し方になってしまう

質問

説明するときも、感想を言うときも、意見するときも、会話のときも、適切な言葉が出てこなくて要領を得ない話し方になってしまいます。

言いたいことがなぜか直接言葉にできず、適切な言葉にたどり着こうとまわりをグルグルしたり、他の言葉で言い換えようとして失敗したりします。

言葉がわかっていて言えないというのではなく、言いたい言葉に靄がかかって、その言葉がそもそも出てこないのです。言いたい言葉が何なのかもわからなくなってしまいます。

言いたいことを端的に、短く、的確に言うことができず、わたわたしてしまってもどかしいです。

言いたいことは頭の中にあるつもりなのですが、それを言葉にして伝えることができません。感想ひとつ言葉にできないのです。

思考の言語化を怠っているからでしょうか。思ったことを適切な言葉で文章にして書く練習をすればなおるのでしょうか。

回答

ご質問ありがとうございます。

大きな話なので、あなたにぴったりの回答かどうかわかりませんが、私の思ったことをいくつか書きます。

まず、適切な言葉をすばやく一発で見つけるというのは、基本的にとても難しいことだと思います。自分を例に挙げて恐縮ですが、リアルタイムの会話はもちろんのこと、ひとりで文章を書いているときですら適切な言葉を見つけることは難しいと感じます。いつもです。だから、時間を掛けた推敲が必要になるわけですが。

二つのことをお話ししたいと思います。一つは「少しずつフォーカスを合わせていく」という話。もう一つは「自分の気持ちに気をそらされない」という話です。

まず「少しずつフォーカスを合わせていく」という話。

あなたが質問の最後に書いていたように、文章を書くことは、適切な言葉を見つける練習になると思います。でも、文章を書くときでも、いきなり適切な言葉が見つかるわけではありませんし、自分の言いたいことをぴったり表した言葉が見つかるわけでもありません。それはとても難しいことです。

適切な言葉を見つける前に、まずは大枠で「こっちの方向だよ」と指し示すのをお勧めします。最初からフォーカスがばっちり合った言葉を使うのではなく、ぼんやりとしていてもいいのだとまずは考えるのです。「ぴったり合ってはいないけど、方向としてはだいたい合ってる」という言葉を使うのです。

自分が好きな食べ物の話をするとしましょう。そのときに、自分の好きなリンゴの品種を正確に言おうとするのではなく「果物が好き」と言ってしまうのです。ざっくりと。

そして「果物が好き」と言ってから「でもパイナップルは嫌い」と言ってもいいのです。そうやって、少しずつ少しずつ、ときには自分の心を探りながら、言葉をつないでいくというのは、決して悪い方法ではないと思います。そのうちに「リンゴは好き」や「リンゴではジョナゴールドが好き」という言葉にたどり着くことを期待しつつ。

大事なのは「少しずつフォーカスを合わせていく」こと。小さな一歩を進めていくことです。頭の中で「果物が好きだけど、正確にはすべての果物が好きなわけじゃなくて、たとえばパイナップルは嫌いだし、バナナも苦手かな。でもリンゴは好き。でも本当に好きなのは何かというと」とずっと考えていると、何も言えなくなってしまいます。

いまは例としてリンゴの話を書いたので話が簡単になっちゃいましたが、あなたが適切な言葉のまわりをグルグルするときと似ていないでしょうか。言いたいことにぴったりとフォーカスが当たった適切な言葉を持ち出さなくてもいいのです。適切な言葉が見つからないプロセスも含めて表現してしまった方が、実は相手に伝わりやすくなるかもしれません。

一つ目は「少しずつフォーカスを合わせていく」という話でした。

二つ目は「自分の気持ちに気をそらされない」という話です。

あなたが書いた「言いたい言葉に霞がかかってそもそもその言葉が出てこない」という感覚は、ちょっぴり理解できます。私の場合は「思いつく言葉はあるけれど、ほんとうは《これ》じゃないんだ!」という感覚です。

自分は何かを言う。でもそれが自分の言いたいこととはズレている。そういう感覚が強いと混乱してしまいますよね。

自分が何か言葉を言おうとしたとき、自分の気持ちが「違うよ!違うよ!いま口にしようと思っている言葉はほんとの気持ちとは違うよ!」と訴えてくるなら、意識がそちらにそれてしまいます。自分が何とか自動車を進めようとするときに、誰かがいきなり横からハンドルをぐいっと調整してくるようなものです。

結城の場合には「もともと言葉というのは自分の《言いたいこと》とはズレているものだ」と開き直るようにしています。先ほど話したようにできるだけフォーカスを合わせる努力はするのですが、正確に合わせるにはとても時間が掛かる。あまりにもかけ離れた言葉ではいけないけれど、何とか方向性は合わせ、あとは相手にまかせた!という部分もあります。

言いたいことをちゃんと言おう、適切な言葉で表そうとするのは大事ですが、自分の気持ちに気をそらされてばかりでは、いつまでも「言い切る」ことができなくなります。話している途中で「私は果物が…いや違うな。うん、パイナップル以外の……そうじゃなくて…」などとふらふらしては、混乱に拍車が掛かってしまいますね。自分の《言いたいこと》にこだわる気持ちを抑えて「いったん言い切る」ことは大事です。

以上、「少しずつフォーカスを合わせていく」ことと「自分の気持ちに気をそらされない」という二つのお話を書きました。

何かの参考になればさいわいです。

ご質問ありがとうございました!