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『ザリガニの鳴くところ』の感想(1,782字)

2020/03/13 06:00 投稿

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『ザリガニの鳴くところ』という本を読んだ。これは小説なのだが、フィクションは本当に久しぶりに読んだし、また一気に読んでしまった。最後まで読むことができたのも久しぶりだった。

この小説は、2019年のアメリカで一番売れた小説らしい。読んでみて、その理由もよく分かった。そこで今日は、この小説の魅力について書いてみたい。


この小説は、1950年代後半から1970年代にかけてが主な舞台である。今から70年くらいだ。そして、主人公は「ホワイト・トラッシュ」と呼ばれる白人の貧困層の6歳の女の子(後に成人)だ。登場人物は他に、その家族と、友人と、周囲の人々が出てくる。

なぜこの小説が我々の胸を打つかと言えば、「遠くて近い存在」だからだ。つまり今、多くの人が「1950年代のホワイト・トラッシュ」のような立場に置かれている(置かれようとしている)。あるいは、そういう人が身近にいる。だから身につまされる。興味を抱かされ、ついついのめり込んでしまうのだ。

小説というのは、「自分の遠くのことながら自分に近い」という舞台設定が読むのに最適である。なぜなら、近すぎると胸が詰まらされて読めないし、逆に遠すぎると関心が薄れて読めない。しかし、50年代は遠い昔のことだから胸に詰まらされすぎることはないし、ホワイト・トラッシュは今の自分の立場に深く関係があるから、関心を持って読める。

今の世の中、とりわけ日本社会は「砂上の楼閣」である。その上に住んでいるから、いつ足を取られるか分からない。そういう恐怖の中でみんな暮らしているし、実際に足を取られてしまった人も少なくない。今般のコロナウィルスの騒動で、さらに足を取られてしまった人は爆発的に増える(増えた)と思う。

そうした中で、どう生きていけばいいのか?
それに対する一つの回答を、この小説は与えてくれる。しかもこの小説は、そうした構造を持っていることが巧みにカモフラージュされている。
だから、読者は夢中になって主人公の生き方を追いかけるし、彼女の生き方を参考にしたり、あるいは深く頷いたりする。

では、主人公の女性はどのように生きるか?
ネタバレにならない範囲で書くと、人間界の中では孤独を強いられるが、しかしそこで挫けない。彼女は自分が住んでいる家の周りの自然と友だちになる。ついで本と友だちになる。それから、数少ない友人との間に、距離を保った慎重な関係を構築する。

それでも、彼女は多くの罠にはまってしまう。そのたびに大いに傷つけられ、死の際まで追いやられそうになる。それでも、そのたびに自然と、本と、それから数少ない距離のある友人が彼女を救うのだ。あるいは、彼女の中にある好奇心や探究心、そして状況に立ち向かう強い気持ちが、彼女を救うのである。

ここで、困難な状況でも自分を救ってくれるものを整理してみたい。

自然
研究
距離のある友人
困難に立ち向かう強い気持ち

この5つということになる。困難な時代を生き抜くには、この5つが大切ということになるだろう。

逆に、頼りにならないものは何か?
それは以下だ。

家族
距離の近い友人
地域
大人

この小説の面白いところは、彼女を助けてくれるのはいつも「余裕のある人たち」ということだ。逆に、「余裕のない人たち」が彼女を苦しめる。

今、「家族」には余裕がない。「距離の近い友人」にも余裕がない。「地域」にも余裕がないし、「大人」に余裕がない。彼らはたいてい焦っている。

では、「余裕がない人」とは何か?
それは、社会のシステムに乗っかり、本質を磨かない人だ。「本当の実力」がない人である。肩書きや立場だけの人だ。そういう人たちに余裕がない。

なぜかというと、それが剥がされかけているからだ。実力社会になってしまって、地縁や血縁といった「本質的には無意味なつながり」が雲散霧消しかかっている。我々が信じていた「家族」や「地域」はまやかしで、本質的な価値はないということがあぶり出されつつあるのだ。

その意味では、彼女を最後に救うのは彼女自身の正々堂々とした本質的な生き方である。彼女の余裕である。また、彼女が余裕を得たのは、近くに自然があったからだ。彼女の近くに植物や動物が無数に住んでいたからである。

これは、今の時代にすごくだいじなことである。だから、それをご自身でぜひ、確かめて欲しい。みなさんにもぜひ、読んでほしい小説である。

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岩崎夏海

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