今週のお題…………「私が理想とするプロファイター」(なぜか、遂にお題まで無視されています)

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文◎山田英司(『BUDO-RA BOOKS』編集長)………水曜日担当



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今週もお題があるようだが、とりあえず無視して、「ミャンマーラウェイ」の話を続けよう。
私が格闘技雑誌を編集していた80年代はラウェイの情報も少なく、当時は「ムエ・カッチューア」と呼ばれていた。後で知ったが、これは古式ムエタイのように、紐を手に巻いたり、バンテージのみで闘うルールを指すタイ語だった。タイにも、ムエタイルール以外に地方ではこうした闘いが行われており、ミャンマー国境付近では、お祭りの時にミャンマー対タイのムエ・カッチューアルールが今でも行われている。

ミャンマーの格闘技情報はこうしたタイサイドからの情報しかなかったため、ミャンマー武術もムエ・カッチューアと呼ばれていたわけだ。私はこうした情報を自分の雑誌で紹介しながら、少しずつラウェイの実体を把握し、一度詳しく取材したいものだと思っていた。

2006年、そんな願いがひょんなことからかなった。当時の全日本キックにミャンマー側から日緬対決の選手派遣の依頼があったが、そんなルールで闘うキックボクサーは一人もいなかった。全日本キックの宮田さんから相談された私は、グローブではなく、素手の闘いを追求している団体しか、この闘いには応じないだろう。具体的には田中塾か、西さんが主宰する慧舟会しかない、と答えた。

結局、私の読み通り、田中塾から、田村、新見の2名、慧舟会から山本、若杉の2名がミャンマーに遠征することが決まった。マッチ成立に協力したからか、私はマスコミとして招待され、遠征団に同行した。

さて、現地に入り、取材すればするほど、ラウェイが本当に凄まじい格闘技であることが分かってきた。かつて、アメリカやヨーロッパのキックボクサーがラウェイ王者に挑戦したが、全員1ラウンドKO負け。しかも、仰向けに倒れた選手はいなかったそうだ。最後は皆、背を向けて逃げる展開になるため、うつ伏せに倒れる。アメリカのマーシャルアーツ選手など、失禁して逃げ回ったと言う。

それほど、グローブありとバンテージのみの闘いは恐怖感が違う。ミャンマーでは、その恐怖感を克服し、男らしく闘うことに価値を置いている。単なるスポーツではなく、成人した男性が通過儀礼のように、勇気を試される場でもあったようだ。ミャンマー人は、日本には独特の親近感を持っており、戦時中の日本軍の勇敢さを良く讃える。日本人が白人を追い出したお陰で独立できた、と感謝しているのだ。

だから、軍のラウェイ関係者は、「ラウェイ王者と白人が闘うことは無理だ。もはや、勇敢な日本のサムライしか、ミャンマー人の勇敢さには対抗できないだろう」と、試合前に語っていた。それが、全日本キックにオファーが来た理由だった。試合前にこんな話しを聞けば、誰でも萎縮するはずなのに、遠征した日本人選手は、皆覚悟を決めているのか、冷静であり、私はそのことに驚いた。

試合場は数万人入る野球場のような広さの国立競技場で、軍人が各入口にライフルを持って警備している異様な雰囲気の中で行われた。団長の藤原敏男会長が、少し懐かしそうに、「自分がタイでムエタイ王者と闘った時も、会場はこんな雰囲気だったな」と語っていたが、こうした修羅場を経験した人が選手の面倒を見ていたことが、意外に選手を落ち着かせた原因だったのかもしれない。

そんな雰囲気の中、まず慧舟会の山本選手がラウェイ王者に挑んだ。驚いたのはその音だ。私は何年もキックや顔面ありのは空手などを見てきたが、拳が人の顔に当たる音が、こんなに不気味なものであると、初めて知った。ガツっとか、ゴン!とか言う音が山本選手の顔から発せられる度に顔が腫れ、鼻血も流れ出す。ついに連打を喰らって山本選手が腰から落ち、尻餅をつくと、オー、と会場から声が上がった。

ダウンの仕方が立派だと言う驚きらしい。初めて正面から打ち合いを臨み、仰向けにたおれた外国人選手だったのだ。続く慧舟会の若杉選手はタックル狙いでパンチを避けていたが、何度も行なううちにカウンターと連打をもらい、顔を腫らしてやはり撃沈していった。
闘いは勇敢でも、やはりこのルールでは到底日本人選手はラウェイの敵ではない。「強いな」と私が言うと、隣りで試合を見ていた田中塾長は「いや、作戦はありますよ。まあ、見ていて下さい」などと強気な言葉を発する。まさか、この後、田中塾の選手が奇跡を起こすことなど、その時の私は知る由もなかったのである。



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