「小飼弾の論弾」で進行を務める、編集者の山路達也です。
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今回は、2019年4月16日(火)配信の「小飼弾の論弾、対談:ライフハッカー堀正岳さんが語る、日本の研究者残酷物語」(その1)をお届けします。
次回は、2019年6月4日(火)20:00の配信です。
お楽しみに!
2019/04/16配信のハイライト(その1)
- ライフハッカー堀正岳さんをゲストに迎えて
- イスラエルの探査機失敗と運が必要だったブラックホール撮影
- ブラックホールの写真を撮影成功
- 「一般の研究者が研究できないデータ量」と巨大データセンター
- 図書へのアクセスと電子化の難しさ
- 一人で最初から北極研究やって、今も一人
ライフハッカー堀正岳さんをゲストに迎えて
山路:今日は、ライフハッカーとして有名な堀正岳さんをゲストにお迎えしております。
堀:ブロガーの堀と申します。「LifeHacking.jp」というブログをやっているんですけども、そちらで『ライフハック大全』というほんと、あと『知的生活の設計』という本ですね。こちらの2つの本を出させて頂いてます。
山路:もうある意味、ライフハッカーの親玉みたいな感じの。
堀:いやいや地味な。地味なブログをやっております。名前だけ「ライフハッカー[日本語版]」さんとすごく闘っているようにみえるんですけど、私は地味な個人ブログで、向こうが巨大なLifeHackブログです。
山路:このライフハッカーとして有名な堀さんなんですけど、じつは本職は研究者であるという。
堀:はい。科学者やってます。これ言うといつも「は?」と言われてしまうんですけど、本業は北極の研究者ということで、気候学者、気象学者ですね。一番わかりやすくいうと、天気、なんですけど、天気をもうちょっとながーく、平均した10年とか20年というスケールのほうも研究しているというそっちの研究者ですね。
小飼:明日の天気どうなる? というほうではなくて。
堀:ではないですね。ただ最近それが両方、結びつき始めていて「明日どうなる?」というのが「10年の規模でどうなる?」というのに、けっこう結びついています。
山路:なるほど。折角というか本職の科学の方に来ていただいているんで、いつもだったら私と弾さんで紹介している時事ニュース、今日はちょっとサイエンスニュースネタで、飛ばしていっちゃう感じなんですけども。
イスラエルの探査機失敗と運が必要だったブラックホール撮影
山路:最初のニュースとして、イスラエルの話からいきますかね。こちらですね。
小飼:ガザの占領認めちゃうとかそっちの話じゃなくて?
山路:いやいや、サイエンスニュースのほうですね。イスラエルの探査機が民間初の月面着陸を目指していたんですが、着陸直前で、上空数キロメートルくらいなんでしたかね? 消息を絶っちゃた。
小飼:まあよくあることではありますよね。
堀:スピードの調整が効かなくてそのままぶつかったというような、そういう報道ありますね。
山路:これって民間の団体が主体になって、月面探査を成功の一歩手前までいったって、相当すごいことなんじゃないですか、門外漢からすると、よくわからないんですけど、いかがです? 月面、このイスラエルの月面探査の意義というかなんか、すごさみたいなものっていうのは。
小飼:ピンとこないところはあるよね。何がピンと来ないかっていうと、今から50年前に、ああそうだ今年で50年目ですね、アポロ11(いれぶん)が月面に人を送り込んだじゃないですか。
山路:アポロ11号。
小飼:だからそれに比べると、え? 何を今さら感というのがある一方で、たとえば月面の裏側の探査とかっていうのは、最近中国がやっと始めたというところもあって、だからけっこうバラツキがあるというのか、こと月の研究に関しては、いろいろなものの研究が真っ直ぐ進んでないというのが、これやったら次はこれだろうあれだろうというふうにはなってないんですよね。
堀:デカすぎるっていうのはありますよね。近い割にはデカすぎて、ちゃんと鉱物が何処にあるかってマッピングもしたいわけで、JAXAも裏側とかの衛星出してやってますけども、どう手を打つとねえ、たとえばここに恒久的な基地を作ってみたいな話になるのかっていうのが、ちょっと見通しつきにくいですよね。
小飼:そもそも恒久的な基地を作るというのはどんななんでしょうね。
山路:月に?
小飼:うん。というのも、小さいとはいえども、重力があるわけじゃないですか。どっちかというと、わざわざ重力井戸の下に降りていくというのは。
堀:ややこしいですよね。
小飼:そうそう。燃料が勿体ないところとかっていうのもあるわけですよね。だからそういうのを考えていくと、本当ちょっとアポロのとんでもなさが、知れば知るほどいろいろな意味で、とんでもなくて、今同じことをやれっていって、できないんですよ。どこの誰もできないんですよ。近くですらない。やっとだいたいアポロを打ち上げたサターンⅤというのと、に比肩するランチャーをスペースXが作り始めては、始めたんですけども。ファルコンヘビーでもサターンⅤほどではないんですよね。
堀:ではないですね。
小飼:サターンⅤってどれくらいすごいかっていうと、今のISS(International Space Station 国際宇宙ステーション)があるじゃないですか。あの規模であれば、単に重さの話ですけども、一発で打ち上げられる。
山路:すげえ。
小飼:一発でドーンと一発打つだけで、地球の周回軌道には120トンのものを打ち上げられるんですね・
堀:ムチャクチャですよね、本当に(笑)
小飼:ムチャクチャです。月まで往復するのに40トン、ペイロード(通常の地球周回軌道への重量物打ち上げ能力)があるので。
山路:今回のべレシート(Beresheet)というイスラエルの探査機なんか、相当コストが安いっていうところが、100億円くらいでしたっけ。
小飼:それはすごい安いですよね。
山路:衛星の打ち上げコストなんて、ちょっと前まで100億円くらいしてたりもしたわけで、その値段で月面探査機を月に送り込むのってなんかすごい時代だなと単純に思ったんですけどね。
堀:だから夢がある世界から、なんとなくビジネスライクなところに、コストに見合うかっていう世界になってきた感じはありますよね。これ僕衛星のというか、この探査機の名前がすごく好きで。
山路:ベレシート。
堀:もともとスパロウという名前、コードネームだったんですけど、その後で着陸する段階でベレシートに替えてて、僕理系なんですけども、学生時代はヘブライ語とかも授業紛れ込んでたので、授業で最初に暗記させられたのが、 בְּרֵאשִׁית בָּרָא אֱלֹהִים אֵת הַשָּׁמַיִם וְאֵת הָאָֽרֶץ (ベレシート バラー エロヒーム エト ハーシャマイーム ベエト ハアレツ)という言葉で、初めに神は天と地を作ったっていうこの「初めに」というところがベレシートになっているんですよ。
だからこれ、「創世記」っていう名前だっていうふうに紹介している記事けっこうあったんですけど、『創世記』はそもそも「初めに」の部分のここをとって「Genesis」という章の題名になっているので、当たってはいるんだけど「初めに」の部分なんだっていう、こう「イスラエルにとっては最初の1歩だ!」ってこう入ったのが、失敗で、すごいね、ああ、1回しか使えない、ここでしか使えないこの名前が、ああーって。
小飼:でも探査機の失敗っていうのは、ぜんぜん珍しくなくって。
堀:まあね。
小飼:ちょっと場所変わっちゃいますけど、日本が火星に送り込んだ「のぞみ」は見事に失敗してますからね。日本の探査機って今どうか、JAXAが出来てからどうかっていうのはちょっと忘れたんですけど、まだJAXAじゃなくて、NASDAとISASに分かれてた頃っていうのは、ちゃんと軌道に乗らないと名前つけてもらえないんですよね。
堀:うん、そうでしたね。ようやく軌道に乗ってから命名されたって報道出てましたもんね。いやいい時代でした。
山路:しかしこれってやっぱり今後、この100億円くらいで、こんなに探査機とかが出来るようになったら、いろいろ出来ることが増えて民間主体で、いろいろ開発が進むということも有り得そうな気もしますけど。
小飼:ただ民間主体っていうのは、こう言っちゃなんですけども、どこでどうビジネスにするつもりだったの? そのイスラエルの皆さんは。
山路:会社の知名度上げるためなんですかね? いわば100億円を宣伝費として使って、その会社の何か技術力アピールだったりとかするんでしょうか。
堀:似たようなところでいうと、今週スペースXのね、ファルコンヘビーの3本ブースターつけてサウジアラビアの衛星あげた後で、3本共帰ってきて「素晴らしい!」って拍手してたら、うち1本は帰ってくる時波が激しくて、海に落ちちゃたらしくて、なんかね。
小飼:でもファルコンのいいところというのは、それでもfailure(失敗)ではないんですよね。
堀:そうなんですよ。
小飼:必ずpartial success(部分的に成功)になるところというのが素晴らしい。
堀:政府のやることに比べて、なんかちょっとおちゃらけた部分が少しありつつ、でもちゃんとペイするビジネスになっているところが、こういう宇宙ビジネスの時代になったんだなって、ちょっと楽しいなと思って見てます。
小飼:とはいってもメインのContractorはやっぱりね、各国政府なわけでね、だから純粋にビジネスとして成立しているっていうのは、本当に通信衛星くらいですかね? 要は政府のお金が入らないで回っているっていうところで。ああでも、あれか、スパイ映画って言っちゃうとあれだけども、地球探査系のやつはもうそろそろ民間のお金が普通に入ってますよね。
堀:入ってますね。
小飼:そう日本のスパイ衛星よりも、高性能な地上撮影用の衛星とかも出て。
ブラックホールの写真を撮影成功
山路:もう1つ宇宙絡みの、ブラックホールの撮影成功という。
小飼:あれはちょっと撮影成功って言っちゃっていいのかっていうのを、論文を、僕が最初に見た時というのは、もちろん人間の目に見えるというのではなくって、電波望遠鏡、それもミリ波で撮ってたというのはわかってたので、だから強弱をああいうふうにマップしたものだと思ってたんですよ。なんですけども、じつは強弱をああいうふうにマップしたのではなくて、それで実際に見えてた部分というのはごく一部なんですよね。
だから残りの部分というのは、解析でこういうふうに当てはめるのが1番relevantだというのを要は作っているわけです。
堀:アルゴリズムみたいにやってるわけですよね。
小飼:だから極端な例えだと、恐竜の歯1本みつかるじゃないですか。恐竜の歯1本見つかっただけのはずなのに、博物館には立派な頭骨があるみたいな。その頭骨の写真があれなのだと。
堀:あれ、欧米のほうでも、ブラックホールのフォトグラフィーが初めて撮影できたって書いているところと、イメージが撮れたっていっているところとあって、やっぱりちょっと真面目に書いているところはイメージって書いているんですよね。だいたいのところはちょっとノリよく「First Photo of a Black Hole」っていうふうに書いてたんですけど、けっこうみんな、フォトっていう意味ではちょっと少し違うかなみたいな。何をフォトに加えるか次第だなみたいな感じで。
小飼:だからそう言っちゃっていいのかっていうのは、すごい感じましたね。たぶん、Relevantではあると思うんですよ。だから、1箇所に集中して撮ってるんでなくて、なるべく、ちゃんとイメージが可能なように離らかしては撮ってはいるんだけども、でもあの写真の確か数%なんですよね、実際にデータがある部分というのは。残りの部分というのは、補完しているわけですよね。
山路:素人が最初に記事読んだ感想としては、正解の写真というのがあるわけじゃないのに、どうして複数のアルゴリズムでいちおう写真を生成して一致したっていうけど、そういうことがあり得るのだろうかみたいなことが、どうもモニョモニョしたんですよね。正解の写真というのが別に最初にあるわけじゃないのに。
小飼:だから後でひっくり返される可能性というのはゼロでもないわけですよね。ゼロでもないけれども、たぶん、ああなんだろうなと。
堀:今までブラックホールだと、たとえば恐らくブラックホールがあるだろうといっている場所のまわりに、たとえば恒星が妙な動きをしているとか、あるいはガスが噴出しているとか、ガンマ線バーストがあるとか、間接的なものしか見えてなかったところに、今回は重力場によって曲げられた光の映像が、かなりミリ波なところでしか見えてませんけど、それで見えたっていうのは、大きいといえば大きいですね。直接観測に1番近いですから。
小飼:実際にあの領域からきたミリ波を捉えて、干渉計でキチッと方向を合わせていうところまではいいんだけども、だけれどもあのピクセル1個1個が実際のデータに基づいたものではないというのは、これは留意が必要ですよね。
堀:まあVLBI(Very Long Baseline Interferometry 超長基線電波干渉法)ですからね、1個1個のピクセルは全部このコンポジットで撮られているわけなので。
小飼:いや、だけれどもひたすら観測してれば、確か総観測日数って数日なんですよね、あれは。
堀:そうですね。
山路:数日?
小飼:そう。
山路:ああ、その数日間の観測データを元にしていたという。
小飼:そうだから、すごい乱暴な例えでいうと、それが露光時間。少しずつ領域を変えて、撮影しなおせば、1年位そればっかしやってれば、本当に、要はピクセルとピクセルの間を補完してイメージするんではなくて、本物の実際にこういう光の強弱があったっていうふうに言えるんですけどれども。
堀:でもあのM87に関しては、あそこがVIBIのすべての天体望遠鏡から見える期間というのは、1年のうちのほんの短い期間で、その中で天気がちゃんとしっかりしてなきゃいけないし、大気が安定してなきゃいけないしということを全部加味すると、けっこうあれはなかなかやろうと思ってもできない。けっこう運が必要だったりね。
小飼:運が必要ですよね。
堀:考えてみればブラックホールからのまわりのガスに阻まれてない、かつ地球のの大気で減衰しきっていないっていうシグナルを全部重ね合わせて、シグナルだけ取り出しているだけですから。本当にすごい。
小飼:当然M87と、地球の間には、M87自身の邪魔者も。
堀:邪魔者も大勢いますからね。
小飼:星間ガスとかもありますし、銀河系の邪魔者はありますよね。でも1番邪魔なのは地球の大気。
堀:地球の大気。
小飼:地球の大気のそのまた水蒸気であると。
堀:そう。だからそこまで何とか撮れたのに、ハードディスクを地球のほうから飛ばしてきて。
小飼:そうそう。
堀:しかも確か4チームに分かれて同じデータやってるんですよね。同じデータを4チームに分かれて解析して、同じ結果が出るかということもやっているので。
小飼:同じような結果が出たから、これはもう見えたと言っていいんでしょうというふうに。
堀:ああいう仕事してみたいですね。
山路:トラックでハードディスク、運んでましたよね。すごいハードディスクのやつを。これ、報道によっては、来年だったかな、ノーベル賞確実じゃないかみたいな報道ありましたけど、そういうものなんですか?
小飼:でも重力波を捉えたのは、ちゃんとノーベル賞出たんで。ノーベル賞というのは新しい観測手段に関しては激甘なんですよね。だから、今までとったことのない観測手段というのを提示するとほぼノーベル賞がとれる。
堀:ただVLBIそのものは、そんなに新しくないですからね。
小飼:ずっとあるから、新しい技術ではないから。
堀:だけどこう愚直にやるとブラックホールも撮れるんだっていうのは、けっこう感動しました。
「一般の研究者が研究できないデータ量」と巨大データセンター
山路:コメントで「どうしてデータ伝送しないの?」ってありますけど、これってデータが膨大だからっていうことですよね。
小飼:500テラバイトだそうです。だからハードディスクごと運ぶのが圧倒的に1番速くて、1番安い。
堀:これ、僕の分野もそうなんですけど、たとえば今ね、地球温暖化を予測するための気候モデルってCMIP6っていうのもあるんですけど、そういうのもあるんですけど、そういうとこだとたとえば地球モデルをとにかくシナリオ23個くらい回しますよ、アンサンブルを全部で50個くらい回しますよと、みたいなことをやっていると本当に1つのモデルごとに3ペタバイトとかっていう世界なので、これを輸送するだけでも大問題で、昔冗談として、ハードディスクを抱えて飛行機乗ったほうが速いよね、って言ってたんですけど、今はデータセンター抱えて船に乗せないと間に合わないというくらいのところまで来てるんですよ。
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