「小飼弾の論弾」で進行を務める、編集者の山路達也です。1月23日(月)に行われた、クマムシ博士こと、堀川大樹さんとの対談を3回に分けてお届けします。動画も合わせてぜひご覧ください。
- クマムシ博士のむしマガ
- 『クマムシ博士の「最強生物」学講座: 私が愛した生きものたち』
- クマムシチャンネル(クマムシチャンネル) - ニコニコチャンネル:バラエティ
- Synapse(シナプス) - クマムシ博士のクマムシ研究所
次回のニコ生配信は、4月3日(月)20:00の「小飼弾のニコ論壇時評」。旬のニュースをズバズバ斬っていきます。21:00頃からは、通常の「小飼弾の論弾」をお届けします。
次回もお楽しみに!
■2017/01/23配信のハイライト(その2)
- 強い放射線に耐えるクマムシの秘密
- 日本にはクマムシ研究の受け皿がなかった
- NASAから届いた"Congratulations!"というメール
- 自分から発信したら、物事が動き出した
- 未踏の分野では、素人でも大発見ができる
- 研究は役に立たないとダメ?
強い放射線に耐えるクマムシの秘密
堀川:クマムシについては、まだまだわかっていないことばかりです。とはいえ、僕がクマムシ研究を始めた時にクマムシ研究者は国内でも3人くらいでしたが、今ではずいぶん発展してきています。東京大学の国枝さんや慶應義塾大学の荒川さんらは、クマムシを中心に研究されていて、僕も彼らとともにゲノム解析を進めてきました。昨年の秋には、クマムシにしかないタンパク質も見つかり、それがクマムシの放射線耐性に関係しているというデータも出てきました。
山路:「物理的に何が放射線に耐えるのか知りたい」というコメントをいただきました。クマムシが放射線に強いのは、どういう仕組みなんでしょう?
堀川:放射線は、生物のDNAをバシバシ切ってしまう働きがあります。そうなると、DNAがちゃんと複製ができなくなったりするわけです。あるいは突然変異で本来発現するはずの遺伝子が働かなくなったりしてしまう。
だから、放射線に強くするには、DNAを切れにくくすればいい。
小飼:意外と知られてないんですけれど、人間も放射線耐性というか、遺伝変異には強い部類に入ります。人間の場合、DNAの複製に関わる酵素の性能がいいんですよ。
山路:つまり、エラーを訂正する仕組みが、優れている?
小飼:そう。ぶっ壊れても直せばいいじゃんというのが人間で、クマムシは初めからぶっ壊れないようにしている。
堀川:そうですね。放射線耐性として一番あり得るストーリーは、ぶっ壊れても直せばいいじゃん、だと考えられていました。放射線耐性細菌の場合は、DNAをブチブチ切っても、パズルを元に戻すように直すんですよ。
だから僕も、クマムシについてもそういう仕組みがあると予想していました。そこで放射線をバババッとクマムシに当てて観察してみたら、「あれ?なんか切れてないなあ」って。
山路:すごいなあ(笑)。
小飼:なんか髭剃りのCMみたい。「キレテナーイ」(笑)。
堀川:おかしいなと思って、いろいろなやり方を試してもやっぱり切れてない。このことを僕が見つけ、そのあとに東京大学の研究グループの方が、DNAにくっついてるタンパク質が切れにくくしているということをデータで明らかにしました。
小飼:なるほど。放射線防護服を着てるんだ、クマムシっていうのは。
堀川:そうですね(笑)。
山路:どれくらいの強さまで耐えられるんですか?
堀川:生きられるかどうかってレベルで言えば、4000グレイ、5000グレイ。これは人間の1000倍くらいです。
小飼:人間は当たりどころが悪いと1グレイで死にます。
堀川:子孫を残せるレベルなら、500グレイから1000グレイですね。
小飼:すげええええ。
堀川:産む卵の数が減りはしますが、残せることは残せる。400グレイ、500グレイだと、人間は即死ですね。東海村のJOC の事故では、6〜20グレイくらいで亡くなられています。
山路:この場合は、乾眠してるわけではないんですか?
堀川:それがまた面白くて、実はクマムシは乾眠してない方が放射線にはちょっと強かったりする。
ネムリユスリカやアルテミア(昔流行ったシーモンキー)も乾眠するんですが、そいつらは乾眠した方が放射線に強いんですよ。水があると、それが媒介になって酸化が起こりますから。だけど、クマムシは逆で、水分があった方が強かった。
仮説はいろいろあるんですけど、メカニズムはまだまだまだまだわからないところがたくさんあります。
先ほど言ったように、DNAが切れにくくなっているのも1つの仕組みですが、それだけではなくて、20や30くらいの仕組みが組み合わさっているということもありえます。SFみたいな話になりますけど、そのメカニズムがわかれば、人間にその機能を組み込むこともできるかもしれません。
小飼:逆に、そんなにたくさんの仕組みがない可能性もあるような気もします。僕が見るに、クマムシの強さの一番の秘訣は余計なものがゴタゴタついてないことではないでしょうか。例えば、複雑な器官がなくて、循環器もない。
堀川:シンプリシティについていうと、例えば単細胞の細菌です。細菌は1個の細胞が生き残ればそこからまた増えていけるので強いのはわかるんですが、クマムシの場合は、1000個から2000個の細胞があるんです。細胞があって、いろんな組織に分化しています。
小飼:人間の細胞は、37兆個くらいですね。
堀川:1000、2000とはいえ、神経があって、筋肉があって、消化管があって。割とちゃんとした多細胞生物なのに、単細胞生物と張り合える耐性を持っている。人間だと神経系のような大事な組織がやられたらおしまいじゃないですか。クマムシにもそういう急所があるのかどうか。
小飼:クマムシの秘孔、「お前はもう死んでいる」ポイントはまだ見つかってないんだ(笑)。
堀川:おそらく秘孔も探そうと思えば探せると思うんですよ。クマムシを固定して、マイクロ放射線ビームを特定部位に照射して、どこがやられたら一番ダメージがあるのかといった研究も可能でしょう。
山路:クマムシを愛している割には、けっこうえげつない研究もされているわけですよね。
堀川:まあ仕方ない。宿命ですよ。だから、研究室のメンバー全員で神社に行って、供養しにいったりもします。
小飼:今「カワイソス」ってコメントがありました。でも、「君が頭がポリポリやって、それでフケが落ちたとしたら、フケの方に含まれる細胞のほうがクマムシより多くね?」とか、そういうお話ですよ(笑)。
日本にはクマムシ研究の受け皿がなかった
山路:それにしても、堀川さんはクマムシ研究において最先端にいるわけじゃないですか。大学の研究室にフルタイムで属しているわけではなくて、そういう研究をされているのは、非常に珍しいケースじゃないかなと思うんですが。
最近だと、日本の科学研究は予算がないとか人手が足りないとか、あるいはポスドクが多すぎてポストがないとか、いろんな問題点を聞きます。
クマムシ博士なんかっていうのは、ぬいぐるみを作ったりメルマガを出したりして、自分でお金も集めて研究をしている。どうしてそういうところにいったのか、お聞きしたいですね。
堀川:ちょっとさかのぼってお話しすると、クマムシがクロレラを食べて「ここからまた研究が面白くなって、めっちゃ進むぞ」という時にちょうど博士号をとったわけですよ。脂が乗って、僕の中ではすごく盛り上がった。それが2007年で、その後国内で就職活動するわけですね。大学の助教とか、学術振興会特別研究員など10カ所くらいに応募したけれど、全滅だったんですよ。
自分では「こんな面白いのに!?」って思ったんだけど、当時日本にクマムシの受け皿はなかったんです。
山路:経済動物ではないから?
堀川:それもありますが、日本は基礎研究でも流行りを追うんですよ。その流行りがどこから来るかというと、だいたいアメリカです。アメリカーでワーッと盛り上がったら、これは面白いんだなと日本で認知される。クマムシはそういう流れが何もないので(笑)。
小飼:秘密結社には応募しました? ショッカーとか。
堀川:(笑)
山路:クマムシ怪人を作っても、ただグタッてしてるだけでしょ多分(笑)。
堀川:どうにもなんないんで、研究者辞めようと思ったんですよ。
NASAから届いた"Congratulations!"というメール
堀川:大学にしろ、文科省の学術振興会にしろ、この研究者に投資するだけの価値がないと判断されたわけですよ。
小飼:「死ね死ね団」が募集してたらなあ。彼らはとりあえず人類を滅亡させておいて、自分たちは生き残るつもりなんだから、クマムシの研究が使えるんじゃないかな。
堀川:確かに(笑)。
それで、博士号を取って1年経っても、就職できなかったらもう辞めようと。そうしたら、1通のメールが来て、"Congratulations!"って英語で書いてある。それがNASAからだったんです。唯一海外に応募したのはNASAだったんですけど。
山路:NASAは、宇宙で生物がどれくらい生きられるかみたいなことを研究してたりするからですかね?
堀川:そうですね。宇宙生物学、アストロバイオロジーって言うんですけど、地球上の生き物の生存限界とか。
堀川:それで、NASAだけが投資してあげるよって言ってくれて。NASAに行くことになったんですけど。
山路:かっこいい(笑)。
堀川:科学研究に対する考え方が日本とアメリカじゃ全然違っています。日本はとにかく流行ってるもの。アメリカは誰もやってなくって、マニアックだから(笑)。芽が出たら面白いから投資する。
山路:面白いですね。誰もやってないから投資しない日本と、誰もやってないから投資するアメリカ。
小飼:その代わり辞めさせる時はバサッっと切るからね。そういう怖さはあるけれども、とりあえず変なものも買っとくところはやっぱりアメリカだね。
堀川:そういう懐の深さがもう全然違ったんですよ。首の皮一枚繋がって、アメリカで「クロレラがダメだ」とか言いながら研究してました。なんとか当初の予定通りの研究を済ませて、論文も出したところ、今度はフランスからオファーが来ました。
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