「小飼弾の論弾」で進行を務める、編集者の山路達也です。1月23日(月)に行われた、クマムシ博士こと、堀川大樹さんとの対談を3回に分けてお届けします。動画も合わせてぜひご覧ください。
- クマムシ博士のむしマガ
- 『クマムシ博士の「最強生物」学講座: 私が愛した生きものたち』
- クマムシチャンネル(クマムシチャンネル) - ニコニコチャンネル:バラエティ
- Synapse(シナプス) - クマムシ博士のクマムシ研究所
次回のニコ生配信は、4月3日(月)20:00の「小飼弾のニコ論壇時評」。旬のニュースをズバズバ斬っていきます。21:00頃からは、通常の「小飼弾の論弾」をお届けします。
次回もお楽しみに!
■2017/01/23配信のハイライト(その1)
- 可愛くて強いクマムシとの出会い
- クマムシってどんな生き物?
- クマムシには、呼吸器がない!
- 弱いクマムシの生存戦略
- ひ弱で偏食なクマムシを育てるのは大変!
- 手当たり次第に試してわかった、クマムシの好物とは……?
可愛くて強いクマムシとの出会い
山路:今回は、「クマムシ博士」として知られている堀川大樹さんをゲストにお招きしております。
(拍手)
堀川:いやいや、どうも。はい。
山路:クマムシは最近でこそよく名前を聞くようになったと思うんですけれども、10年前だったらたいていの人が知らなかった生き物ですよね。まずクマムシのいったいどういうところに魅力を感じて研究をされているんでしょうか?
堀川:「クマムシってなんですか」って聞かれた時には、「可愛くて強い虫」と答えるようにしています。
山路:「可愛いから」っていう言葉はどうも科学者らしくない(笑)。
堀川:科学者も色々で、理詰めでシステマティックに効率よく研究できるものをやろうっていう人もいれば、逆に研究対象に愛着を持って、「好きだからやる」って人もいるんですよ。
山路:じゃあ、クマムシ博士の場合はどういう風にして「クマムシ愛」を育んだんですか?
小飼:そう、クマムシとの出会い。
堀川:僕は高校生のとき全然勉強しなくて、大学に入るのに二浪しました。神奈川大学の生物学科に入ったんですけど、ここはまあとにかく、研究の第一線から離れて久しい先生が多かったんですね。そんな中で一人ちょっと変わった方がいて。関邦博(せきくにひろ)先生という方です。その先生はすごい変わっていて、例えば、「どうやったら億万長者になれるか」の説明を始めたりする。
山路:えっ、生物学の講義で……(笑)。
堀川:そうです。突然始まるんですよ。サルを実験生物として使って、同じカップルで交尾をさせると、一回目の射精までの時間はこのくらい。同じカップルで交尾させていると、射精までの時間がどんどん長くなっていく。
山路:飽きてくる!
堀川:で、また新しいメスに取り替えると、またすぐに射精するようになった。モラルとか関係なしに、そういった実験データから「不倫しても別にいいじゃん」みたいなことを言ったりとか。私はけっこうそういう変人が好きなので、「なんかこの人おもしろいなあ」と思い、その先生の研究室に入ったんですよ。その研究室でたまたま、クマムシの研究もやっていたんですね。
堀川:関先生は元々は潜水学の専門でした。素潜りでずーっと深く潜って行った時にどのような体の反応が見られるか、とかっていう研究が専門だったんですね。ジャック・マイヨールさんとの共同研究もしていて。ジャック・マイヨールさんの『イルカと、海へ還る日』を翻訳されたのも関先生です。
山路:ジャック・マイヨールさんは、映画『グラン・ブルー』のモデルにもなってますよね。
堀川:関先生は、圧力というキーワードからクマムシに興味を持って。クマムシはいろいろな耐性を持った生き物だから、圧力にも耐えられるんじゃないか。それを研究して論文を書いたら、ネイチャーに載ったんですね。
小飼:圧力に強いというのがきっかけだったんだ。なるほど。
堀川:そうなんです。クマムシが圧力に強いことを初めて報告したのが関先生。あともう一人、関先生の研究室で大学院生だった豊島さんというOBの方が、クマムシを実際に乾燥させて復活するところを見せてくれたんですね。その時に「あ、これは可愛いし乾燥してもまた復活する。すごい」と思ったのが興味を持ったきっかけです。
「クマムシは大学でもやってるくらいだから、世界中でこんな面白い生き物はやられ尽くしてるだろう」と思ったんですが、論文を検索したら全然研究されていない。僕はすごく天邪鬼でマニアックなのが好きなので、これをやるしかない!と思って、入ったんですよね。その道に。
山路:でもそもそもなんでそんなに研究者が少なかったんですか。だって外見も可愛いし、圧力にも強い。多くの人が興味を持ちそうな気がするんですけど。
堀川:そうなんですよ。興味を持たれてたのは確かなんですが、実際に研究する人が少なかったのは、クマムシが人間に何の害、益も与えないんですよね。
山路:(笑)
小飼:それってすごく大きい要素です。人間がどんな生物を一番研究してるかって言ったら人間自体ですよ。あと、やっぱり人間に近い哺乳類というのは研究しますよね。それと見てくれのいいやつかな? 鳥類とか。あと恐竜とか。恐竜は異様に人気ありますよね。絶滅してるくせに。恐竜は絶滅したんじゃなくて鳥になっただけという結論に落ち着きつつありますけど。
堀川:僕も恐竜好きだったのでその気持ちはよくわかります。
小飼:なのに昆虫の研究者っていうのはそれに比べればずーっと少ないですよね。脊椎動物に比べればそんなに注目されてない。でもまだ昆虫にはけっこう害虫もいるから、まだ研究されている方だけど。
クマムシってどんな生き物?
小飼:はいじゃあここで問題です。クマムシは、何門に属する?
堀川:コメントに「クマモン」って書いてる人がいる(笑)。
小飼:クマモン上手いなー(笑)。はい、答えは緩歩動物門といいます。
山路:緩歩動物門っていうのはあんまり聞かない門ですけど、どういう動物がいるんですか?
堀川:クマムシしかいないです。
小飼:クマムシ門っていうのもそんなに間違ってはいないですよね。
堀川:クマムシに近い生物は何かっていうのもまだ議論されてて、決着していないんですよ。
山路:独立した門を作るくらいだから、構造的にも他の生物とはすごく変わっているということですよね?
堀川:そうですね。クマムシの基本的な構造は足が4対で8本足。でも、クマムシは昆虫みたいにちゃんと節が分かれてなくて不明瞭なんですよ。脚なんかもマシュマロマンみたいにぶよぶよしてまして、関節があってガチガチした感じではないんですね。一応外皮はありますが、結構やわらかくて、ちょっと押すと潰れて死んじゃう。
小飼:あれ、クマムシは強いんじゃないのか。
堀川:乾燥して仮死状態になると圧力には強くなります。この状態を「乾眠」といいます。
山路:目はあるんですか?
堀川:あるものとないものがいます。ただ目といっても、我々やタコなどの目ではなくて、眼点という小さな点ですが。眼点の色素が黒くなっていて、かわいいんですけどね。
山路:脚があるということはそれを動かす仕組みもあるわけですよね。
堀川:もちろんそうです。神経がバシッと通っているし、筋肉もある。そういう意味ではミニ人間みたいなものではあるわけです。
クマムシには、呼吸器がない!
小飼:呼吸器系はないんですよね。気門すらないんですよね。
山路:どうやって酸素を取り入れて利用してるんですか?
堀川:体表からの浸透ですね。溶け込んだ酸素が体表から体の中に拡散していきます。クマムシは体がすごく小さくて、大きくても1mm程度ですから。
小飼:十分に小さいと、呼吸器や循環器も要らないんですよ。こいつらには心臓もない。
堀川:我々の体だと、体表面積に対して体積が大きくなるので、呼吸器なしに空気を取り込むのは難しいんですけど。
小飼:体を大きくすると、ややこしくなるんですよ。ミミズよりも大きいとちゃんとした循環器系が必要になり、さらに大きくなると呼吸器系が必要になってきます。
山路:消化器系は?
堀川:一応消化器系はあります。土管がぼーんと口から肛門まで繋がってるような単純なものですが。
弱いクマムシの生存戦略
山路:クマムシは何を食べてるんでしょうか?
堀川:クマムシの研究が進んでなかった一つの大きな要因として、食べ物がわからなかったということがあります。経済的に何の利害もないので注目する研究者もそんなにいない、で、研究者が少ないと何を食べてるかっていうのもわからないわけですよ。
小飼:ものすごい知られなさっぷりですね。そもそもちゃんと立派な門をもつ動物なのに何を食ってたかすらわかってなかったとは。
堀川:しかも、その辺の道端の苔なんかにうじゃうじゃいるわけですよ。
山路:苔をルーペで拡大したら見えるんですか?
堀川:土の中とか苔の中とかだったら見えないです。もう砂粒みたいになってるんで、どれがクマムシかまったくわかりません。水の張った容器に苔を入れてしばらく待っていると、乾眠していたクマムシが復活して水面に出てきますから、それを顕微鏡で探します。クマムシを探すなら、カラッカラに乾いたしょぼい苔がいいんですよ。
ちょっと話がずれちゃいますが、クマムシは実は弱いから強いんです。クマムシは基本的には水の中じゃないと活動できない、水生生物です。ただ、クマムシがずっと水の中で生活しようとすると、天敵にやられてしまう。
山路:魚に食われてしまったりとか…?
堀川:多分そうですね。それで自分だけのマイワールド、ニッチな世界で、誰も入ってこれないカラッカラの苔とか、他の生き物が入れないところで生きている。
山路:水生生物なのに地上のカラッカラなところで生きることを選んだ。
堀川:陸っていうのは実はすごくシビアな環境です。重力ももちろんあるし、一番大変なのは乾燥です。人間は皮膚が発達していて水の蒸散を抑えているわけですが、クマムシは水がなくなっても死ななきゃいいじゃんっていう方向で進化したわけです。乾燥にどう適応するか。答えは1つではなく、いろんなやり方があるわけですよ。
小飼:実は生物にとっての問題は、乾燥だけじゃないんですよ。例えば、我々の骨は、体を支えるためのものだと思ってるでしょ? 違うんですよ。
山路:え? 違うんですか?
小飼:カルシウムを持ち歩くためなんです。どの生物にもカルシウムは必要なんですが、脊索動物の場合は、あくまでついでに体も支えることにしたんですよ。どっちが大事かっていったらカルシウムを蓄えることのほうであり、だから骨粗鬆症とかになるんですよ。
山路:それにしても、クマムシの生存戦略というのはなんというかシンプルで、変わってますね。積極的に繁殖するという方策は取らなかったんですね。
堀川:ほんとにそのとおりです。日本語の耐性に当たる単語は、英語だと"resistance"と"tolerance"の2種類あり、クマムシの場合はtoleranceです。toleranceには寛容という意味もあります。受け入れると。クマムシはまさにそうで、「あーもういい。疲れたから休むわ」みたいな感じで生命活動をストップさせてやり過ごし、また環境がよくなったら動き出すっていう、「クレバーなニート」みたいなことをするわけですよ。
小飼:哺乳類にも冬眠するやつがいますが、哺乳類の冬眠はなかなかややこしい。ヤマネとかは冬眠中に睡眠するために冬眠を解いて睡眠して、また冬眠に入るというすごいややこしい事をしてるんですよ。
山路:クマムシの話を聞くまで、生物の基本戦略って、魚みたいにものすごい数の卵を産むとか、あるいは霊長類みたいに少ない数だけ産んで丁寧に育てるとか、増やすことに関して皆熱心なイメージがあったんですけど、クマムシはその辺どうなんですか?
堀川:今すごくいいところを突かれましたね。
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