キマイラ鬼骨変

キマイラ鬼骨変 一章 獣王の贄(にえ) 8 (4)

2013/10/09 00:00 投稿

コメント:15

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「九十九くん……」
 吐月(とげつ)が、何ごとかを察したように、一歩、退がる。
 吐月に声をかけてはいられない。
 今やろうとしていることに、全神経、全細胞、それこそ髪の毛一本ずつまで、使って集中しなければならない。
 肉体が、別のものに化してゆくようだ。
 大地になる。
 地球になる。
 重力になる。
“石”をやっていてよかった。
 雲斎(うんさい)に言われて、円空山で、石を割ろうとした。
 巨大な石だ。
 とても割れそうになかった。
 かわりに、九十九は、石を見つめた。
 石を見つめながら、大地と対話し、己れ自身と対話をした。
 あの体験が、今、自分がやっているこのことを可能にしているのだ。
 全身を、熱い、高温の気の塊(かたま)りと化すこと。
 しかも、わずかな時間――ふた呼吸で。
 寸指波(すんしは)を全身で打つ――その感覚だ。
 両足を開く。
 腰を落とす。
 両手を拳に握って、腕を両脇にたたむ。
 これが、どの程度、今の久鬼に効果があるのかわからない。
 効果がなければ、その先にあるのは死であろう。
 が、考えない。
 死を考えない。
 生を考えない。
 ただ、今の自分にできることのみに集中する。
 力で、敵うわけがない。
 闘っても、暴風に巻き込まれた木の葉のように、あっという間に自分はもみくちゃにされてしまうであろう。
 どういう武器も、今、身に帯びてはいないのだ。
 持っているのは、ただ、自分自身だ。
 ただ、自分の肉体だ。
 大鳳(おおとり)の顔が浮かんだ。
 織部深雪(おりべみゆき)の顔が浮かんだ。
 いずれも、どれも、これも、それも、わずかな一瞬の間に脳裏に浮かんだ思考の断片だ。
 動いた。
 久鬼が。
 あひいる!
 叫んだ。
 跳んだ。
 なんと美しい。
 眼のくらむような光景だ。
 コオオオオオ……
 息を吐く。
 久鬼が迫って来る。
 もう、眼の前だ。
 いまだ。
「哈(は)ああっ!!」
 溜めていた気を、放つ。
 全身から。
 両掌を、前に突き出す。
 微細な、気の粒子――
 それをひと粒も残さない。
 気を当てる――これは、石などの無機物には、さしたる効果はない。
 しかし、相手が、生体である場合は別だ。
 生きたもの、さらに言えば、気について修行を積んだ者、気のわかるものには、効果が倍増する。
 ありったけの精気が、全て出ていった。
 自分の肉体が、消えた。
 自分に向かって、疾(はし)ってきた久鬼が、大きく後方に飛んでいた。
 地に転がった。
 全身を、巨大な見えないバットのフルスイングで打たれたように、飛ばされたのだ。
 両掌を突き出した格好のまま、九十九は、久鬼を見た。
 むくり、
 と、久鬼が、動く。
 むくり、
 むくり、
 と、久鬼が起きあがってくる。
 消えていた、自分の肉体の感覚が、九十九にもどってきた。
 その途端に、九十九は、膝をついていた。
 全身の肉が、細胞が、おそろしい疲労感に包まれていた。
 もう、動けない。
 呼吸もできない。
 背が、激しく上下する。
 胸を膨らませて、新しい空気を呼吸しようとしているのだが、肺が動かないのだ。
 やっと、動いた。
 ひゅう、
 喉が鳴った。
 息を吸い、
 がひゅう、
 息を吐いた。
 せわしく呼吸をしている間に、久鬼が起きあがってきた。
 その時――
 九十九の前に、出てきた者がいた。
 九十九の後ろにいた吐月が、九十九と久鬼の間に立ったのだ。
「九十九くん、逃げなさい……」
 吐月は言った。
「吐月さん……」
「あれが、わたしを襲っている間に、きみは逃げるのだ」
 静かな、落ちついた声であった。
「ここで、ふたりで死ぬことはないよ」


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画/卜部ミチル



初出 「一冊の本 2013年10月号」朝日新聞出版発行

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コメント

吐月ピーンチ(;´Д`A

No.13 135ヶ月前

半端な若造絵師なんかいらん。雲斎や大鳳、亜室のおっさんはどうなった。

No.14 135ヶ月前

雲斎と大鳳は新宿で安室親子と会ってるんじゃなかったっけ?

No.15 135ヶ月前
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