どれだけ時間が過ぎたであろうか。
 その時、銃声が聴こえた。
 たあん……
 という音。
 近くはない。
 しかし、それほど遠くというわけでもない。
 だが、銃声とわかる。
 間違いない。
 そしてまた、
 たあん、
 たあん、
 と、合わせて三発の銃声を、龍王院弘は聴いた。
 どこかで、何かあったのか。
 あの獣が、どこかで誰かを襲い、銃で撃たれたのか。
 こんなところで、しかも夜に銃を持って歩く人間などいるであろうか。
 これは、つまり、その銃の持ち主は、偶然に銃を所持していたのではないことになる。
 銃を必要とするものの存在を意識していたからこそ、銃を持ってきたのであろう。
 仮に、その人間が、あの獣に襲われて銃を発射したというのなら、一発ではしとめられなかったことになる。
 三発――
 その三発で、あの獣がしとめられたのか。
 まさか――
 銃で撃つといったって、あの獣のどこをねらって撃てばよいのか。
 頭は、幾つもあった。
 胴だってそうだ。
 心臓が幾つあるのか、数えたわけではないが、仮に、頭の数だけ、あれに心臓があったとしても、驚かない。
 また、時間が過ぎてゆく。
 風と、木の葉のさやぐ音を聴いている。
 そして――
 龍王院弘は、背で、しでの幹を押して、湿った土の上に二本の足で立った。
 もう、本能と言ってもいい。
 近づいてくるものがあったのだ。
 何ものかが、こちらへ向かって近づいてくるのだ。
 あの獣か!?
 いいや、そうではない。
 何故なら、その気配は、ひとつではないからだ。
 ひとつ……
 ふたつ……
 少なくとも、三つ以上の気配が、こちらに向かって、森の中を近づいてくるのである。
 獣ならば、気配はひとつだ。
 敵か、味方か。
 敵だ。
 そう思う。
 何故なら、自分には中間がないからだ。
 敵と味方の二種類しか、この世に人間はいない。味方が、こんな場所にいるわけはないから、自然に、近づいてくるものは敵ということになる。
 だから、立った。
 呼吸を繰り返す。
 まだ、どれだけ、自分の中に力が残っているか。
 枯れた泉に、体力が、ひとしずくずつ溜まってきている。
 しかし、この肉体が、今、どれほど機能するのか。
 音が、近づいてくる。
 落葉を踏む音。
 下生えを分ける音。
 そして、森の中から、姿を現したものがあった。
 月光の中に、そいつが立った。
 知った人間であった。
 その後ろから、もうひとり、ずんぐりした漢(おとこ)が姿を現し、そいつの横に並んだ。
 そいつは、ひとつ息を吸い込み、そして言った。
「ひろし、なんで、てめえがこんなところにいやがる……」
 宇名月典善であった。

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画/だろめおん




初出 「一冊の本 2013年7月号」朝日新聞出版発行

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