『キマイラ』の世界
 おのれの内に幻獣・キマイラを秘めた少年、大鳳吼(おおとり こう)と久鬼麗一(くき れいいち)が主人公。大鳳の拳法の師である玄道師の真壁雲斎(まかべ うんさい)は彼らの身を案じ、キマイラ化の真相を探ろうとする。また真壁の下で拳法を学ぶ九十九三蔵(つくも さんぞう)や、大鳳に思いを寄せる織部美雪(おりべ みゆき)も二人の運命を憂え、救いの手を差し伸べる。やがてキマイラ化した麗一を追って、麗一の父・久鬼玄造(くき げんぞう)と三蔵たちは、南アルプス山麓へと向かうが。



夜の獣

  ひゅう
  るういいいい

 とぼくの獣が哭くのである
 夜
 人が寝しずまって
 ぼくの目だまのひとすみだけが
 ひかっている
 そんな晩に
 背骨のまんなかの
 そのまたまんなかの
 さらにまんなかあたり
 ぼくがぼくでなくなる
 その細いくもの糸のような
 ぼくの中心で
 人の寝しずまった夜になると
 ぼくの獣が哭くのである

  ひゅう
  るういいいい

 愛(かな)しい肉を
 骨まで喰べたいと
 ぼくの獣が哭くのである

  ひゅう
  るういいいいい

 あなたが欲しいよう
 あなたを食べたいよう
 この地上から
 あるいは地の底から
 暗い
 哀しい天に向かって
 ぼくの獣がひしりあげるのである

  ひゅう
  るういいいいい

 あなたが欲しいよう
 あなたを喰べたいよう

  ひゅう
  おろろろろろろ

 ひとよ
 ひとよ
 獣になってゆくぼくをとめてよ

  ひゅう
  おろろろろろろ
  ひゅう
  おろろろろろろ

――岩村賢治



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初出 「一冊の本 2013年6月号」朝日新聞出版発行

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