めるまがアゴラちゃんねる、第102号をお届けします。
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・ゲーム産業の興亡(113)
スクエニCTOの橋本善久氏退任の衝撃
新清士(ゲームジャーナリスト)


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特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)

ゲーム産業の興亡(113)
スクエニCTOの橋本善久氏退任の衝撃


7月25日、スクウェア・エニックスのCTO(最高技術責任者)の橋本善久氏が、同社を退社したことを明らかにした。同氏は、テクノロジー推進部担当コーポレートエグゼクティブ(CE)兼「ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア」テクニカルディレクターを勤めていた。理由は、「自己都合のため」とされている。

ただ、スクエニ内に、開発費がかかりすぎる家庭用ゲーム機向けのゲーム開発予算を絞る一環として、内部的に意見対立があり、その影響を受けて退任をせざる得なかったということは容易に想像が付く。


■高い期待を集めながら成果を出せなかったプロジェクト

橋本氏は、09年にセガからスクエニに移籍し、独自のゲームエンジン「ルミナススタジオ」の開発プロジェクトを開始し、12年の米ロサンゼルスで行われたゲーム見本市のE3で、「ファイナルファンタジー」シリーズの次世代の映像を発表。実写映画と変わらないような極めて、高画質の映像をアピールしていた。

日本の家庭用ゲームは、技術面では海外の大手企業に大きく水をあけられている。カプコンや、セガサミー、バンダイナムコなど日本の家庭用ゲーム会社は、海外の大手ゲーム会社と直接、技術のアピールで勝負をすることを避け、日本国内の市場だけで、開発費が回収できるような規模にプロジェクトを縮小している。

そのなかで、海外でも通用するような、先端的なゲームの技術基盤環境を整えようというスクエニの動きは、意欲的なものだった。他の家庭用ゲーム会社から、多くの人材がスクエニに流れ、日本の家庭用ゲームの梁山泊のような雰囲気も持つほどになっていた。

しかし、成果はなかなか出ていない。昨年8月にリリースされた大規模オンラインロールプレイングゲーム「ファイナルファンタジーXIV: 新生エオルゼア」(PS3、PCなど)のゲームエンジンとして「ルミナススタジオ」は開発が行う形で、社内予算を獲得していたようだ。

しかし、このゲームは、10年にリリースして、ゲームの完成度に問題があり、一度サービスの無料化を行い、その上で、再度作り直すことが迫られて再開発したもので、完全な新規タイトルとは言えない。損失からスタートしているプロジェクトに参加したため、利益を生みだしていないのだ。

ルミナススタジオを使った完全な新規タイトルはシリーズ最新作の「ファイナルファンタジーXV」となる。

ところが、昨年のE3で、PS4とXbox One向けに発売されることが発表になったが、1年経過してまだ発売日が明らかになっていない。この「XV」は、さらに大きな問題を抱えている。最初に発表になったのは、06年だからだ。発表が行われて、今年で8年目に入っていることになる。

発売が来年以降になることは間違いなく、しかも、日本国内でのPS4の普及状況が進むとは考えにくいため、数十億円かかっているプロジェクトにもかかわらず、回収が不可能に近いことは明らかだからだ。

スクエニは、ルミナススタジオに投資すればするほど、さらに赤字が拡大するという状況に直面していると考えられる。黒字化の道筋を立てられない橋本氏は、厳しい立場に置かれたものと思われる。


■政府の支援の厚いカナダのスタジオでもリストラ

スクエニは、5月12日に2014年3月期の連結決算を発表している。売上高は1550億2300万円(前年同期1479億8100万円)、営業利益は105億4300万円(同60億8100万円の赤字)、経常利益は125億3400万円(同43億7800万円の赤字)、純利益は65億9800万円(同137億1400万円の赤字)となっていた。前年の大幅な赤字からは脱出することに成功していた。

ただ、その期間の間に、着実にリストラを進めていた。13年3月期に、3782人だった従業員は、3581人へと201人のリストラを行っている。

3月14日には、スクエニの米国法人は、米ゲームメディアのkotakuに対して、カナダの傘下のゲーム開発スタジオのアイドスモントリオールで、27人の社員のリストラを行ったことを認めている(もっと多いという噂もある)。201人のなかには、そのスタッフもカウントされているものと思われる。

同時に、現段階で発表が行われていない、この開発スタジオは、日本未発売の「Thief」(PS3、Xbox360等)といった家庭用向けゲームの開発を進め、150人程度のスタジオに成長していた。ただ、昨年10月には、未発表のゲーム開発プロジェクトのキャンセルも行われたことも明らかになっていた。

カナダのモントリオールは、ケベック州政府の税金免除などの支援も厚く、仏ユービーアイの3000人を越える世界最大の家庭用のゲーム開発スタジオがあるなど、家庭用ゲームの開発会社が集まるクラスター地域として世界最大規模を誇る。14年までは大規模なリストラは行われておらず、スマートフォン市場拡大の影響による家庭用ゲーム機の市場縮小の影響は、モントリオールでは限定的に留まるという意見もあった。

しかし、昨年、影響を逃れることはできないほど、家庭用ゲーム市場の世界的な縮小は、進んできているようだ。


■スマホシフトを鮮明にするスクエニ

スクエニの2015年3月期の計画で驚かされるのが、大幅な家庭用ゲームの販売本数の減少の計画だ。

13年3月期が1723万本(日本460万本、北米820万本、欧州408万本、アジア他34万本)に対して、14年3月期の計画では、世界全体で1200万本(日本340万本、北米380万本、欧州480万本)と、全体で500万本もの縮小が計画されている。家庭用ゲームの開発には、2〜3年はかかるため、一昨年から昨年にかけて、多くのプロジェクトが中止になったと考えられる。

経営説明会では、今年1月にスマホ向けに配信が始まった「ドラゴンクエストモンスターズ スーパーライト」が短期間で500万ダウンロードに成功したことを背景としながら、スマホゲームへのシフトを行う姿勢を鮮明にしている。
 
筆者は、ルミネススタジオは意欲的なプロジェクトだったが、一方で、家庭用ゲーム市場の縮小の影響から、リストラなりの何らかの形で姿を現してくると想像もしていた。数年かけて、数十億円もの予算を使い、リッチな家庭用ゲームを開発することが、非常に難しくなっていることを鮮明に印象づける出来事と感じている。



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新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
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