2014年1月第4週号
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めるまがアゴラちゃんねる、第074号をお届けします。
今号、新清士氏の原稿はここだけで読めるものです。
コンテンツ
・ゲーム産業の興亡(86)
【特別篇】任天堂の最大の危機は「決められない経営体制」の登場にある
新清士(ゲームジャーナリスト)
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特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)
ゲーム産業の興亡(86)
【特別篇】任天堂の最大の危機は「決められない経営体制」の登場にある
■ワンマン経営者の損失の影響
任天堂は、17日2014年3月期業績の大幅な下方修正を発表した。売上高は5900億円と予想を3割以上下回り、連結営業利益は350億円の赤字となり「任天堂ショック」とさえ言われた。
しかし、冷静に考えてきたいが、任天堂が直面している最大の問題とは何だろうか。私は、経営陣に「決められない体制が出来上がってしまった」と考えられることだと見ている。昨年10月に任天堂の中興の祖であり、ファミコンの父でもあるオーナーの山内溥氏が85歳で亡くなったことで、鶴の一声で会社の方針を決められる人物がいなくなってしまった。これにより、任天堂は経営体制に大きな課題を抱え込むことになった。
ソフトバンクの孫正義社長や、楽天の三木谷浩史社長、ユニクロの柳井正社長を上げるまでもないだろう。今の時代はあまりにも変化の速度が速いため、オーナー企業の方が、オーナーが成功も失敗もどちらの責任も一身に引き受けることができるため、意思決定が速く、組織の方向性を素早く決めることができる。
山内氏のワンマンぶりは、任天堂の戦略に多大な影響を与えてきた。成功も失敗も、その一身が引き受けてきた。02年まで社長を務め、05年に取締役相談役、そして、相談役として経営の一線から退いていた。しかし、07年前後までは、財務状況を常に報告させるといった形で関与し、経営に対して一定の影響力を維持し続けていたと考えられている。
■成功も失敗も一身に背負えるオーナー経営者
任天堂は成功の歴史に彩られているようだが、山内氏の経営上の失敗のエピソードも、また事欠かない。最も重要な失敗例は、ソニーとのゲーム開発を突然キャンセルしたのも山内氏の判断だったとみられており、それがソニー側の反発を呼び「プレイステーション」が登場するきっかけとなった。
外部の人材である岩田聡氏を社長に据えたのは、山内氏の判断だ。岩田氏は任天堂との有力なパートナー企業でありながら、倒産に至ってしまったHAL研究所の再建に成功したことから注目されるようになった。岩田氏は00年に取締役経営企画室長に就任、04年に社長に就任した。山内氏の後ろ盾がなければ、岩田氏の社内での政治的な強みを持つことはできなかったといわれている。
また、ニンテンドーDSを二画面化するというハードの企画発案を行ったのも、山内氏の鶴の一声だったと言われている。山内氏の退任後、集団指導体制に移った。岩田氏は積極的に表に出てニンテンドーDSやWiiをアピールする戦略をとったことで、閉鎖的な文化を持つ任天堂から積極的に情報が出てくるようになり、イメージが変わった。それにより、ユーザーへの強いアピールに成功につながり、ニンテンドーDSの大成功に導くことになった。これは山内氏の判断が大きく成功したケースだ。
一方で、ニンテンドー3DSに3D立体視を持ち込んだのは、岩田社長の判断だったと言われている。山内氏の引退後、新しい技術を取り込んで、新機軸を狙ったが、この機能は完全に失敗している。3D立体視を利用してゲームを遊んでいるユーザーは皆無に近いだろう。しかし、11月に3DSの価格設定の失敗からヒットせず、わずか発売から半年で、1万円の値下げに踏み切らざる得ない状況に追い込まれた。この意思決定にも、山内氏が関与したと言われている。
■決められない体制ができたことを露呈した経営陣
今の任天堂は、据置型ゲーム機「WiiU」や携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」といった、1983年のファミコン登場以来のこれまで築き上げてきた自社のゲーム機を否定するビジネスモデルの戦略を採ることは不可能に近いだろう。
例えば、スマートフォンへの参入を行い、全力で会社のリソースを使うといった重要な決定を、雇われ社長である岩田聡社長が選択することは、極めて難しいだろう。現在の任天堂は、取締約による集団移行体制になっているが、日本の組織文化である「満場一致で決める」という暗黙の了解が生まれるため、「何も決められない」という弊害に陥っている可能性は高い。
それが具体的に垣間見えたことがある。昨年1月31日の決算発表時には「営業利益1000億円以上を目指すということを、私たち経営陣のコミットメントとしてお知らせしたい」と語っており、自らの進退を賭けることを述べていた。ところが、17日の決算発表では、「(業績悪化の)責任を感じており、株主の皆様に申し訳なく思っている。今後、早期にビジネスの勢いを回復させるのが何よりの責務」と話し、引責辞任を行わないということを発表した。
私の取材の範囲では、任天堂内部の役員からは、岩田社長の退任を求める声は社内にはないようだ。裏を返せば、誰も岩田社長の退任を決めることが出来る人物が、任天堂にいなくなってしまっている。これが最大の問題だ。
任天堂はどこへ行くのか。決められない体制が出来上がってしまうと、経営は、リスクを嫌い、これまでの戦略の延長線上を取り、保守的な戦略を自然に選択することになるだろう。岩田社長体制では、自社ゲーム機に最後までこだわり続けると、私は考えている。
■任天堂が脱皮するためには時間が必要である可能性
また、外部の投資家の存在が、経営に混乱をもたらすことになるかもしれない。任天堂の持ち株は、海外投資家の持ち株比率が47.3%を占めており高いことで知られている。第2位のジェーピー モルガン チェース バンクは8.98%を持っている。
問題は、山内溥氏が10%しか所有していないことだ。子供が三人いるため、親族間の相続のためにそのまま分割され、個々の子供が3.33%相続すると考えると、海外投資家が最も多数の株式を持つということになる。任天堂はこれまで以上に、収益を上げるように、外部の投資家からのプレッシャーにさらされることになるだろう。
それでは、何が起きるのか。任天堂の苦戦は長期化する可能性がある。比較として、ウォルト・ディズニー・カンパニーを上げたい。
今でこそ、コンテンツ企業の王様として君臨しているが、1966年にウォルト・ディズニーと、1971年に弟のロイ・ディズニーが亡くなり重要なオーナーがった後、70年代にはヒットする映画が現れず、長期にわたって低迷する時期が続く。やはり、映画企業としての方向感を失ったのだ。ディズニーランドが売り上げの70%を占める時期もあった。業績が回復するのは、1980年代になり、経営体制が見直され、家庭用ビデオの販売と、ケーブルの専門チャンネルを所有することで、映画以外の新しい販売チャンネルが登場してからだ。
10年とは言わないが、任天堂は、やはり独自の販売チャネルを確立するなど、大胆な戦略の刷新が必要な状況に直面していることは間違いない。任天堂には様々なブランドタイトルがある以上、耐える時期と考えるのか、打つ手の見えない厳しい時期とみるのか、社内の意思決定の速度と大胆な戦略を打ち出せる体制を確立するチャンスと見るのか……。どちらにしても、任天堂が大きな試練に直面していることは間違いない。
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新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin
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