週刊アゴラ、第061号をお届けします。
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・ゲーム産業の興亡(72)
【特別篇】グリーの危機:人材の大量採用とスマホ時代に遅れた苦戦
新清士(ゲームジャーナリスト)
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特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)
ゲーム産業の興亡(72)
【特別篇】グリーの危機:人材の大量採用とスマホ時代に遅れた苦戦
グリーが危機に直面し苦しんでいる。2日、単体従業員の1割強に当たる約200名の希望退職実施にも踏み切ると発表されたことには、大きな衝撃が走った。筆者は、ついに来たかという感想を持って見ている。今週は、特別篇として、グリーの直面した今の状況がどのように生みだされていったのかを解説する。
■高すぎたグリー社員の給与水準
すでに、グリーの内部の状況には、4月頃には変調が見えていた。人材仲介会社に「グリーをやめたい」という話が持ち込まれるケースが増えていたためだ。しかも、その中には、中核的なスタッフも含まれていたと言われ、グリーの内部が混乱していることが伺えていた。ただ、そうしたスタッフが他社に転職することは容易ではなく、話がまとまったケースはまれであったようだ。それは、グリーの給与水準が高すぎるために、一般的な他のゲーム会社とまったく折り合いが付かなかったためだ。
グリーの従業員の6月末時点の平均年間給与は744万円で、平均年齢31.2歳。これは、8月19日に業界団体のCESA発表した「ゲーム開発者の生活と意識に関するアンケート」で発表されたゲーム開発者の年収522万円で、平均年齢33.6歳あることと比較すると、200万円以上の開きがある。
ソーシャルゲーム業界が人材の獲得バブルに沸いたのは、グリーが09年にプラットフォームのオープン化に踏み切った後だ。
この後、08年12月の上場後、525円だった株価は、11年11月には2779円を記録していた。当時の収益を背景に、グリーとDeNA(ディー・エヌ・エー)は極端な人材獲得合戦は激しいものとなり、一部の採用者に初任給で1500万円払うと大きく宣伝を打っていた時期もある。社員の人数も、単体で09年には100人足らずだったのが、11年には500人、さらに12年には1300人を超えるという状態になっていた。そして、今年6月末時点では1762人(連結2364人)にまで急激に増加していた。
■グリーから人災流出が始まった時がバブルの終わり
11年頃には、グリーには多くの既存の大手ゲーム会社からの人材流出が続いた。スクウェア・エニックス、バンダイナムコゲームズなど、久しぶりに会った優秀な開発者が軒並みグリーへの転職を行っており、驚かされた時期がある。給与の高さと、新しい市場の可能性にひきつけられたためだ。07年頃には、アーケードゲームや家庭用ゲーム機が好調だった時代には、こうした優秀な他社の引き抜きや中途採用が、ずいぶんと行われる景気の良い時代があったが、それを彷彿とさせるような状況だった。
しかし、この急激な人数の増加に、社内の的確なマネジメントが追いついているのかどうかに、大きな疑問符もあった。また、業績が悪化したときには、この高い人件費は固定費として大きく重石になってくるため、リスクになるのではとも見られていた。グリーから本格的な人材流出が始まったときには、ソーシャルゲームバブルは終わる時とさえ、言われるような状況になっていた。
■コンプガチャ問題に直面しスマホ対応が遅れた
大きく業績に影響が出始めたと言われるのが、11年5月のコンプガチャ問題だ。ソーシャルゲームの開発関係者によると、コンプガチャの仕組みを入れると、実際に売り上げは数十パーセントは上昇していたと言われていた。DeNAと比較した場合、グリーの方が依存度は高かったと見られており、この仕組みが使えなくなったことは、大きな痛手となったと考えられている。
ただ、その後、様々な企業がコンプガチャに変わる、カードバトルゲームでの価格モデルを提案したために、一部のソーシャルゲーム会社は業績に大きな影響を受けず、11年の後半には業績を回復し始めている企業も登場してきていた。しかし、グリーはその新しい価格モデルの設計にも出遅れたと見られている。
グリーは、なぜ今のような状況に直面することになったのだろうか。もちろん、昨年後半から「パズル&ドラゴンズ」(ガンホー・オンラインエンターテインメント)が引き起こしたスマートフォン向けのゲームの大ブームに完全に出遅れたためだ。日本のガラケーを中心に、独自のソフトウェアプラットフォームを持っていることが最大の強みだったが、その優位性はスマホにソーシャルゲームの中心が移行したことで、もろくも崩れた。
ある市場に最適化している企業は、同じジャンルの新しい市場が登場し、シフトが始まった際に、過去の成功体験に縛られているため、適応が遅れるということがある。これを典型的な「イノベーションのジレンマ」と呼ぶ。グリーが陥ったのは、まさにこのケースだ。しかし、09年頃の業績向上から、わずか3年あまりのガラケーから、スマホへの急激な変化に適応できる会社は、それほどあるとは思えない。それほど難しい変化は急激だった。
■スマホ時代に的確な新しいゲームを生み出せなかった
もちろん、グリーも、ただ打つ手をこまねいてたいたわけではない。昨年10月には、3Dグラフィックスを前面に押し出した「メタルギア ソリッド ソーシャル・オプス」を、コナミからIPを借りる形で、家庭用ゲーム機の開発実績を持つヘキサドライブと1年を掛けて開発したものをiPhoneのAppStoreに投入している。
ただ、リリース後こそトップ売り上げの50〜100位以内を確保していたが、今年の春以降はずるずるとランキングを下げ、現在では300〜500位と非常に厳しい状態にある。グリーの売り上げに大きく貢献したとは考えにくい。(データは、App Annieによる)
このゲームへの失敗には、ゲームそのものはこれまでのガラケーで展開されていたカードバトルゲームとほとんどゲームシステムが変わらないという点にある。ユーザーレビューを読んでいくと、ユーザーの不満は、その点への批判が多い。映像が豪華になっても関係ないのだ。ここにグリーが抱えている根本的な課題がある。つまり、ガラケー向けゲームの成功したモデルをそのままスマホにも持ち込むことで、成功できるという仮説を持っていたのだ。
グリーには優秀な多くの人材を抱えているが、スマートフォン時代に合った的確なゲームを発売することに成功できていない。本格的なスマホ向けRPG「サーガ・オブ・ファンタズマ」にも見られる傾向だ。8月のリリース後、10月に本格展開が始まったが、トップ売り上げランキングは300位以下と非常に苦戦している。このゲームは、これはファイナルファンタジーなどの開発経験者を中心に開発されており、3Dグラフィックスを多用し、ストーリーもしっかりと作られ、ゲームとしての完成度は高い。
ただ、ゲームは既存の家庭用ゲーム機の文法で開発されているため、ソーシャルゲームとして、どこでユーザーが課金すればいいのかが見えにくいゲームなのが、苦戦の理由だろう。
■優秀な人材を抱えながら新商品の開発に苦戦
グリーの課題は、家庭用ゲーム機向けゲームの優秀なスタッフを集めているものの、それらにより開発されるゲームが、ガラケーで得ていたソーシャルゲームの収益モデルと、うまく組み合わせることができていない点にあると考えられる。それがヒットゲームを生みだすことができていない一つの理由だろう。スマホでは、これまで以上に複雑なゲームが求められる時代になり、開発費が高騰し始めている。これも、人件費の高いグリーにとって大きな壁となっていると思われる。
もちろん、複数のスマホソシャゲの開発も進めているようだ。それらのタイトルが特に年末に掛けてリリースが行われると思われるが、その成功が業績回復の可能性があるかを決めていくことになるだろう。今が、新しい企業として脱皮できるかという重要な局面であることは間違いない。
(※注)筆者は、グリーが設置した外部有識者が議論する「利用環境の向上に関するアドバイザリーボード」にもメンバーとして参加していることを述べておく。
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新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin
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