めるまがアゴラちゃんねる、第051号をお届けします。
発行が遅れまして、大変申し訳ございません。

コンテンツ

・ゲーム産業の興亡(61)
ユーザーのMod開発コミュニティが進めるゲームの多様性
新清士(ゲームジャーナリスト)


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特別寄稿:新清士(ゲームジャーナリスト)

ゲーム産業の興亡(61)
ユーザーのMod開発コミュニティが進めるゲームの多様性

id Softwareが提供したユーザー向けのプログラムなどの情報は、ゲーマーを生みだす一方で、爆発的なユーザーコミュニティの形成の広がりを生みだすことになった。

例えば、「Doom」にネットワーク対戦が求められていることは間違いなかったが、対戦するために不要なネットワークのトラフィックを生みだすために、非効率なデータを作り出す問題を抱えていた。ネットワーク関連の米ノベルに在籍していたプレイヤーでプログラマの一人は、この問題を解決する方法を思い付き、プログラムを改良して、それを提供した。そのプログラマは、最終的にid Softwareで働くことになる。

その後、このModコミュニティから登場したトップクラスの技術者を、ゲーム会社が雇用するケースは頻繁に登場するようになり、Modは人材のゆりかごとしても機能するようになった。

「Doom」や「Quake」は、ユーザーとの対戦機能のおもしろさによって、多くの人々を魅了した。それ以前のゲームは、コンピュータ相手に一人で対戦するものだった。当時のコンピュータのAI(人工知能)は決して頭がよいとは言えず、ユーザーはすぐにゲームの中で勝つコツをつかんでしまう。

しかし、インターネット対戦では、まったく状況が変わる。人間同士の争いでは、より複雑な動きをユーザーは行うためだ。それは、ゲームの展開に予想がつかないおもしろさを生む。現在では、オンライン対戦機能を持っていないゲームはヒットしにくい。

■ユーザーが自由に改造することができるMod環境
カーマックでは「Quake」を発売後、さらにユーザーコミュニティを支援する強力なツールを公開した。そのため、ユーザーが開発するModはより幅が広がるようになった。Modは商用利用することを目的としない場合には、自由に使っても構わないというルールになっており、ユーザーは武器を改造するもの、対戦するマップを生みだすものなど、どれくらいのユーザーが、どれくらいのModを開発しているのかが、まったく把握することができないほど、非常に幅広いバリエーションが生み出される様になった。

データの交換はインターネット上で積極的に交換されるようになり、単にゲームを楽しむプレイヤーから、ゲームを改造することを楽しむプレイヤーまでの広がりを持ったエコシステムが形成されるようになった。当時の「Doom」や「Quake」はパソコンゲームであったために、違法コピーは比較的行いやすかった。しかし、それもこれらのゲームの普及のペースを加速化させ、コミュニティを発展させる要因にもなった。

■権利上の課題や倫理的な課題を生みだすようにもなったMod
こうした改造では、自分が住んでいる町や学校を作ることはよく行われたが、任天堂の「スーパーマリオブラザース」や「スターウォーズ」といった版権で問題があると思われるポピュラーな世界が利用されることも多かった。あまりに多様な種類のModが登場していたこともあり、眉をひそめる人は多かったが、規制をかけることは難しいものだった。

しかし、社会的に問題になるきっかけを作るようなModも登場するようになった。99年の24人もの死者を出したコロンバイン高校銃乱射事件が起きた後に、FPSは米国で社会批判を生みだすことになった。元々のゲームが相手と殺し合うという内容であるため、その暴力性がこうした事件を引き起こしているのではと指摘されるようになったのだ。

そして、すぐにコロンバイン高校を舞台にしたマップをすぐに作るユーザーも現れた。同じように9.11のテロが行われた後、ワールドトレードセンターをテーマにしたマップもいくつも開発され公開されている。

そして、その映像は動画サイトのYouTubeにもアップロードされるようになった。いくらコミュニティが勝手に行っているとは言え、これらのマップを作成する倫理的妥当性の問題は、現在に至るまで引きずっている。(※1)

■id Softwareから始まったゲームエンジンのライセンスビジネス
「Quake」のゲームシステムの中核となるテクノロジーに対して、Modのような部分的な改造ではなく、本格的に同じようFPSのゲームの開発を望む企業も出てくるようになった。id Softwareは、それらの企業に対してテクノロジーのライセンス販売を始めるようになった。Mod開発者のように部分的に公開されている機能を触るだけではなく、すべてのゲームプログラムを改造して、まったく違うゲームも開発されるようになった。

この根幹のテクノロジーは「ゲームエンジン」と呼ばれる。当時は、1社が利用するためのライセンスを受けるためには、日本円で1億円といった価格設定が行われていたと言われており、非常に高価格だった。

一方で、id Softwareは、その後、「Quake」のソースコードをすべて無償で公開。学術研究機関やデジタルアニメーションスタジオでも利用されるようになり、リアルタイム3Dグラフィックスを作るための基盤技術にもなっていく。

現在でも、このゲームエンジンをライセンス販売するビジネスモデルは広がっている。現在、世界中で使われている最もポピュラーなのは、05年に登場したゲームエンジン「Unity」だ。無料で利用して製品開発が可能なバージョンも存在する上に、ライセンス購入をしてもコンピュータ一台あたり1500ドルと劇的に安価になっている。

現在、100万人を越えるユーザーが利用していると同社は発表しており、1996年に登場した「Quake」と比較すると劇的に価格が下がっている。Unityの成功には、インターネットを通じた販売モデルの一般化や、ユーザー自身が所有するコンピュータの性能が上がりノートPCでさえゲームが開発できるようになるまで低価格化したことや、スマートフォンやそれに伴うiPhoneの「App Store」のようなネット流通システムで、様々な人が多くのユーザーにゲームを届けやすくなったことが大きな要因でもある。

■WindowsゲームにはMod環境が付属することが一般化
その後、数多くのWindows向けゲーム会社が発売するゲームには、Modを開発するためのツールを付属してリリースすることが一般的になった。

これは、Modの開発環境を付属してユーザーコミュニティを形成した方が、ゲームそのものの寿命を長くし、ヒットを生みだしやすいと考えられるようになったためだ。市場規模こそ、90年代後期は、家庭用ゲーム機市場の成長に比べるとパソコンゲーム市場は小さかったが、ちょっとゲームを触りたいユーザーから、本格的にゲームを改造したいユーザーまで、ゲームに向けて自分の表現したい何かを創造するための距離は近かった。

そして、その効果を実証する学術研究も現れるようになった。

(※1)9.11のワールドトレードセンターに飛行機をぶつけるModの例。元となっているゲームは、「Grand Theft Auto San Andreas」のPC版
911 WTC Attacks New York (GTA 2007)
https://www.youtube.com/watch?v=-_3KEZ6N2pA

※参考文献 フラッド・キング、ジョン・ボーランド「ダンジョン&ドリーマーズ」(ソフトバンクパブリッシング)


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新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)名理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。日本経済新聞電子版での執筆、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin