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体育学者・中澤篤史インタビュー
『AmazingでCrazyな日本の部活』
第1回:外国にも部活はあるの?
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2016.3.30 vol.552
PLANETSメルマガでは今回から3回にわたって、体育学者・中澤篤史さんへのインタビューをお届けします。
近年、子どもに理不尽を強いたり、顧問教師に多大な負担をかける「ブラック部活」の問題が取り沙汰されています。一方、
ベネッセ教育総合研究所「放課後の生活時間調査 第2回」によると、中学1〜2年生の部活加入率は9割、そのうちスポーツ系部活に所属している割合は7割を超えており、多くの人が「学校の部活でのスポーツ」を経験していることが伺えます。サブカルチャーの世界では今も部活をテーマにしたアニメや漫画が大人気ですが、それは多くの人が身近に経験していて、題材として取り上げやすいからなのかもしれません。
日本の部活は、なぜこれほどまでに大規模化したのか。そこにはどのような問題があり、どうやって解決していったらいいのか。運動部活動の歴史や諸外国の事情に詳しい中澤さんに、様々な観点からお話を伺いました。
▼プロフィール
中澤篤史(なかざわ・あつし)
1979年、大阪府生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科修了、博士(教育学、東京大学)。一橋大学大学院社会学研究科准教授。専攻は体育学・スポーツ社会学・社会福祉学。主著は『運動部活動の戦後と現在:なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか』(青弓社、2014)。他に、『Routledge Handbook of Youth Sport』(Routledge、2016、共著)など。
◎聞き手・構成:中野慧
■ いま体育はどうなっている?
――中澤先生は著書『運動部活動の戦後と現在』で、「運動部活動」という文化の日本特殊性について分析されています。今回は、その日本の部活文化について色々とお話を伺ってみたいと思いインタビューをお願いしました。
PLANETSはもともとカルチャー批評を出発点としているのですが、昨年の2月に出した『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』という本で、スポーツに関しても今までのスポーツジャーナリズムとは違う角度から考えていく記事をいくつか作っています。サブカルチャーという点では、最近の漫画・アニメで『ハイキュー!!』『弱虫ペダル』『ダイヤのA』といったスポーツ系部活をテーマにした作品が大人気になっていたりするのですが、そういった一見爽やかなスポーツや部活の裏にある様々な問題について、一般にはそれほど理解が進んでいるわけではないと思います。現実の「スポーツ文化」「部活文化」を形作っているものについて、ぜひ色々な角度からお話を伺っていきたいと思います。
最初に少しだけ、今回のメインテーマである部活からは外れてしまうのですが、学校の体育では2012年度から中学校で武道が必修化されました。こういった動きがなぜ起こったのか、現在の体育が抱えている問題についても簡単に伺ってみたいのですが。
中澤 よろしくお願いします。武道の必修化については、2006年に教育基本法が改正され、教育の目標で「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」と、いわゆる愛国心に触れたことが追い風になりました。武道関係者は、学校を介して普及できるので好意的に受けとめていますが、教育や体育が保守化することに懸念の声もあります。一方で教育現場では、道場がなかったり剣道の用具がなかったりと、困っています。で、剣道の用具を揃えるのは大変なので、多くの学校では柔道をするようになる。しかし、学校の柔道では多くの生徒が亡くなっていたことが明らかになりました。名古屋大学の内田良先生(教育社会学者)が2013年に『柔道事故』という本を出して、警鐘を鳴らしました。メディアは「そんな危険な柔道が授業で必修化されたら大変だ」と飛びついたのですが、内田先生の調査結果が示していたのは「柔道の授業よりも、柔道の部活で死亡事故が起こっている」ということでした。つまり、柔道の危険性と柔道を必修授業で行うことの危険性は、直接には結びついていません。
――そうだったんですね。その武道の必修化と合わせて、ダンスも必修化されましたよね。これにはどのような背景があったんでしょうか?
中澤 武道は保守的なイメージがある一方で、ダンスには「モダン、リベラル」というイメージがあるので、抱き合わせで入ったとも言われています。またダンスによって、「表現をする」「コミュニケーションをする」という内発的な、あるいは自分の身体を使って他者とつながることが期待されています。最近の教育界で「生きる力」「コミュニケーション能力」が重視されているのはよく知られていることだと思いますが、体育の領域ではダンスがその象徴かもしれません。ただ、指導経験のある先生が少ないので、やはり現場は困っています。iPadを片手に持って、画面を見ながら、「ああかな、こうかな」とドタバタでダンス指導が行われるような状況もあります。
――素朴な質問になってしまうのですが、「体育の時間にベーシックな知識として習いたいものってなんだろう?」と考えたとき、「心身ともに健康な生活を送るためにはどうすればいいか」というノウハウであったり、女性であれば「正しいダイエット知識」のようなものがあるといいんじゃないか、とも思ったりするのですが。
中澤 健康という部分は保健体育科の保健分野がカバーしていて、食生活という部分は技術・家庭科の家庭分野がカバーしています。運動という部分はもちろん体育で、ヨガやピラティスなどの実践が広がっているわけではありませんが、色々やっています。いま小中高の体育では、「体つくり運動」がはじまりました。これは競技をするのではなくて、自他の心や体を見直すことを目指しています。たとえば、二人一組でストレッチ体操をする。体が固いと痛かったり、自分が痛いことは相手も痛かったりする。そうして、身体と意識が結び付いていることを学び、その結び付きは自然的なメカニズムであり普遍的なものであることも学んだりする。人間の身体の不思議を実践的に学習する、と期待されたわけです。でも、これも実際にカリキュラムに落とし込んで50分の授業として実施する際に混乱しています。ねらいは面白いが、実践するのは難しい。
■ アメリカの部活事情
――ここからはメインテーマである部活の問題についてどんどん深掘りして伺っていきたいと思います。中澤先生の著書『運動部活動の戦後と現在』では「日本ではスポーツが教育になぜか結び付けられてしまう」という状況を詳細に描かれていました。改めてお聞きしたいのですが、こういった状況は世界的に見ても日本特殊な現象なんでしょうか?
中澤 「スポーツは教育に役立つ」とか、「スポーツは人格を形成する」という言説は世界中にあります。しかし、ただ言うだけでなく、実際に、学校教育とスポーツがこれほど大規模かつ強く結びついているのは日本だけです。たしかに、アメリカやイギリスにも部活はありますが、日本とは違う。日本とアメリカの違いで言うと、日本は「教育のための部活」で、アメリカは「スポーツのための部活」。より正確に言うと、アメリカの部活は「少数エリートの競技活動」と特徴づけられます。アメリカではアメフト部などが人気ですが、「トライアウト」という選抜試験制度があって、上手い人しか部活に入れません。
――そもそもアメフトって、アメリカのスポーツ文化のなかでは一番象徴的な位置にあるものなんですよね?
中澤 そうですね。アメリカでは、高校アメフト部の州大会がすごく盛り上がります。日本の甲子園野球のようなものです。「高校でアメフト部に入って、1軍のクォーターバック(編集部注:司令塔的ポジションで、アメフトの花形とされる)になってタッチダウンを成功させる」というのが、アメリカの子どもたちが抱く典型的な夢の一つです。『フライデー・ナイト・ライツ(邦題:プライド 栄光への絆)』という、アメリカの高校アメフト部を描いた小説・映画があります。タイトルは「金曜の夜にスタジアムの光が輝いている」という意味ですけど、要はアメリカの田舎町ってあんまり娯楽がない。だけどどんな田舎町でも高校はあるし、そこにスタジアムがある。アメリカのアメフトは秋に行われますが、金曜は高校生の試合、土曜は大学の試合、日曜はプロのNFLの試合……というふうに、秋の週末は大盛り上がり。地方都市には大学は無いかもしれないし、NFLもやってこない、しかし高校のアメフトの試合は見られる。金曜の夜は、光り輝くスタジアムに、みんな駆けつけるわけです。
――新国立競技場の問題が話題になっているなかで、アメリカのスタジアムの収容人数ランキングを調べた記事を書いていらした方がいたのですが、トップ10がすべて大学のフットボールスタジアムで、しかもすべて10万人規模なんですよね。日本人には想像もできないほど、アメリカ人にとってアメフトは大きな存在感を持っているわけですね。
しかし、高校でアメフト部に入って活躍するためには、入学後のトライアウトにまず合格しないといけないわけですよね。そのためには高校入学前までに何か準備をしたりするんでしょうか?
中澤 アメフトは危険も伴うスポーツなので、基本的には高校生から始めることになっています。しかし、その準備として、中学段階で、タッチフットボールのような簡易化した競技をやって鍛えておくことが一般的になっていたりする。さらに、その中学のクラブに入るのにもトライアウトがあったりするので、小学生のうちからクラブに入らなければいけなかったりもする。だから子どもが高校のアメフト部に入るまでには保護者の支援がかなり必要になります。
――「ステージママ」(子どもを芸能界に入れるために、膨大な時間と労力を投入しマネージャー的役割をも担う親のこと。子どもをサッカー選手や野球選手、フィギュアスケート選手等のスポーツエリートに育てようとする親たちのことを指す場合もある)という言葉もありますが、日本の少年スポーツと似た構造がアメリカのアメフトでもあるわけですね。
中澤 アメリカの高校アメフト部は、1軍、2軍、3軍と分けられていたりと、高度に組織化されています。たとえば、私が見学に行ったカリフォルニアの高校では、2軍がグラウンドで実践練習をしている間に、1軍の選手は専用のウェイトリフティングルームで、アメリカのロック音楽をガンガンかけながらノリノリでウェイトトレーニングをしている。それが終わったらグラウンドに出て、交代して実践練習に入る、というようにすごく組織化されている。高校生たちにとっては憧れでやりがいもあるし、保護者や学校、地域社会からの期待も大きい。
――日本の部活では最近特に「顧問教師が土日も駆り出されたりして負担が膨大で、手当もわずかしか出ない」ということが問題になっていますが、アメリカの高校ではアメフトの指導はどのように行われているんでしょうか?
中澤 アメリカは全然違うかたちになっています。教師がコーチに付く場合は、手当が出ます。また学校が公募を出して、専門のコーチが雇用されます。先ほどのカリフォルニアの高校の事例だと、もともとアメフト部の卒業生の方が、コーチとして雇われていました。その後、そのコーチは歴史科の教師としても採用され、いまは、あらためて教師かつヘッドコーチとして指導にあたっています。その場合、この人は教師としての給料だけでなく、ヘッドコーチとしてのプラスαの手当を貰っています。そして、さらにそのヘッドコーチのまわりに7人のアシスタントコーチと1人のトレーナーが付いていました。アシスタントコーチやトレーナーは、教師ではなく地域の人だったり、OBだったり、プロコーチだったりします。そうして高校のアメフト部が魅力的なスポーツチームとして組織され、その試合は学校全体にとって大切なイベントになっています。
このように海外の部活文化を知ることは、それ自体とても興味深いことですが、日本の部活文化を見直す上でも役に立ちます。日本の部活って「問題も課題も多いし大変だ」ということで国内では騒がれていますが、それを相対化するような視点をもつことが、問題の解決に必要です。だから、海外の事情や歴史を調べて今の日本の部活を相対化する試みはどんどんやっていきたい。そうして初めて、今のがんじがらめになっている状況を乗り越えるための方策を考えることができます。
一つ論点を出してみましょう。良くも悪くも、日本ではスポーツができることが当たり前になっています。しかし、アメリカの学校では、スポーツはやるべきことをやった後に与えられる特権と考えられています。たとえば学業成績が一定基準以上でないと部活に参加させなかったりします。日本では逆に、勉強ができない生徒ほど、部活に入れられて、しごかれたりする。
――日本のトップアスリート校の場合は本当に、運動のできる子に対して「お前は授業は寝ていてもいいから部活だけ頑張れ」という特別扱いをしてしまっていたりしますね。
中澤 アメリカでは、部活の参加にトライアウトや学業成績以外にも、医師による健康な状態のチェックや、親の同意書も必要だったりと色んな条件を設けています。したいことをするための条件チェックであり、特権を行使するための土台の確認です。ある意味で、スポーツの素晴らしさや楽しさを、とても尊重していると思います。だから、「お前に、スポーツをする資格があるのか?」と問うわけですね。日本とアメリカのどちらが良いとは一概に言えませんが、アメリカと対照することで日本の部活の特徴が見えてきます。
■ スポーツ系部活とスクールカースト
―― 疑問に思ったのは「部活をやっていないアメリカの高校生ってなにをやっているんだろう?」ということなのですが、そのあたりはどうなっているのでしょうか。
中澤 先ほどアメリカの部活は「少数エリートの競技活動」と言いましたが、要は下手な子どもは入れないし、加入率も30%くらいで低い。日本の加入率は50%〜70%で高く、多くの子どもが経験するものですから、ちょっと意味合いが違います。他方で部活といっても運動部活動ばかりではなく、もちろん、アメリカにも文化部があります。グリー・クラブ(合唱部)もブラスバンドもあるし、私が調査に行ったカリフォルニアの中学校には、ハリーポッタークラブがありました。ハリーポッターが好きな中学生が集まって、ハリーポッターを語ったり、衣装をつくって楽しんだりしているようです。
――日本でいう漫画研究部のようなものかもしれないですね。
中澤 そうかもしれないです。ちなみに、日本ではサッカー部員はサッカー部でしか活動しないですが、アメリカのスポーツはシーズン制なので、秋にアメフトをやって、冬にバスケットをやって、春に野球をやったりする。部活ごとにトライアウトがありますが、全部が上手ければ全部のスポーツをプレイすることもできます。アメフトのクォーターバックがバスケットボールのエースになって、野球では4番でピッチャー、みたいなことになる。学校中の大スターになって、チアリーディング部で一番可愛い子をゲットして、幅を利かせたりもする。
――アメリカではアメフト部員のような体育会系で学校内で幅を効かせる人たちを「ジョック」、チアリーダーなどのように学校内地位の高い女子生徒を「クイーン・ビー」と呼ぶんですよね。1999年に起きたコロンバイン高校銃乱射事件で、学校内の地位格差(スクールカースト)に恨みを持った犯人たちが「All the jocks stand up !」と叫んでジョックの生徒たちを撃ち殺したとされていて、それ以来スクールカーストが大きな社会問題としてクローズアップされるようになったと聞きます。
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