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21世紀に必要なのは「もっと遅い自動車」だ
――超小型モビリティが革新する
「人間と交通」の関係
根津孝太『カーデザインの20世紀』
第6回 日本の軽自動車 未来編
【毎月第2木曜配信】
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2016.1.14 vol.494
http://wakusei2nd.com

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今朝はデザイナー・根津孝太さんによる連載『カーデザインの20世紀』をお届けします。前後編にわたって軽自動車を取り上げましたが、後編では未来の小型車である「超小型モビリティ」構想について、掘り下げて考えます。
「1tの車を100km/hで運転しなければならない」という車業界のドグマを解きほぐし、いま真に追求すべき「車と社会の関係」について語ってもらいました。


▼プロフィール
根津孝太(ねづ・こうた)
1969年東京生まれ。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車入社、愛・地球博 『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務める。2005年(有)znug design設立、多く の工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、企業創造活動の活性化にも貢献。賛同 した仲間とともに「町工場から世界へ」を掲げ、電動バイク『zecOO (ゼクウ)』の開発 に取組む一方、トヨタ自動車とコンセプトカー『Camatte (カマッテ)』などの共同開発 も行う。2014年度よりグッドデザイン賞審査委員。
本メルマガで連載中の『カーデザインの20世紀』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。

前回:そして小さい車は立派になった 〜黎明期国産軽自動車のトライ&エラーとその帰結〜 (根津孝太『カーデザインの20世紀』第5回 日本の軽自動車 過去編


■「フライングフェザー」「フジキャビン」の精神をどう受け継ぐか

前回は過去編ということで、「フライングフェザー」と「フジキャビン」、そして「スバル360」という黎明期の国産軽自動車たちについてお話しました。今回は「未来編」ということで、これからの小型車が持つべき「別の可能性」についてお話ししていきたいと思います。

前回ご紹介した「フライングフェザー」や「フジキャビン」はとてもかわいらしいデザインでしたよね。しかし当時の技術者たちは決して「変わったものを作ってやろう」と奇を衒っていたのではなく、大真面目に「次に求められる新たな自動車はこれだ!」と、みんなのニーズのど真ん中に投げ込む思いで作っていたんじゃないかと思います。

そして黎明期の軽自動車は「車を小さくしよう」というよりも、「自転車やバイクから上がっていく乗り物」として作られていた、というお話をしました。こうした発想こそが、今の軽自動車に限らず、21世紀の車全体を再定義する上で必要なものではないかと思うんです。

そこで今回は、僕が考えている未来の車、「超小型モビリティ」についてお話ししていこうと思います。


■ より重く、頑丈になってしまった小型車

「超小型モビリティ」とは具体的にどういうものかをお話する前に、現代の小型車を取り巻く状況について、前回よりもさらに掘り下げて整理してみたいと思います。

「軽自動車大国」である日本だけでなく、実はヨーロッパでも小型車は長い歴史を持っていて人気もあるカテゴリーです。たとえばメルセデス・ベンツを販売するダイムラー社の傘下であるスマート社(本部:ドイツ・ベーブリンゲン)が90年代後半に開発した「smart」は、低燃費志向が高まった2000年代後半のヨーロッパでヒット商品となりました。

「smart」はまさに車のRe-Definition(再定義)を試みたプロダクトだと思っています。写真のように2人乗りの小さな車なのですが、「トリディオンセーフティーセル」と言う独自の構造を採用していて、車体の下側を非常に頑強に作ってあり、事故の際の乗員保護をできるようになっています。初代smartの分解展示を見たときには「ドイツ人ってやっぱりすごいな。ここまで工夫するんだな」と思いました。分解された部品ひとつひとつがとても美しかったことを覚えています。シートもモノコック構造(前回参照)のシェルになっていて、側面衝突時の衝撃緩和に役立つようにも作ってありました。こうした努力の積み重ねで、「小さいけれどもこれまでとは違う次元の安全な車」という印象を人々に与えることに成功したと思っています。

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▲2人乗りの「smart fortwo(スマート・フォーツー)」。小さなサイズでも頑強で安全だが、決して軽量とは言えない。こちらは昨年末発売になったばかりの第3世代で、初代に比べるとサイズも排気量もいつのまにかずいぶん大きくなっている。(出典)

しかし、こうしたより安全な車の希求は功罪両面を生み出してしまうのだと思います。メルセデス・ベンツなどのドイツ車が中心になって「より安全で頑丈に」という競争を仕掛けていったことによって、自動車業界全体が兵器の開発競争のような状況に陥ってしまいました。あえて否定的な言い方をすれば、「自社の車に乗っている人だけが助かる」という終わりなき競走に否応なく巻き込まれていったのです。

どういうことかというと、そもそもメルセデス・ベンツなどの自動車はドイツの高速道路であるアウトバーンを時速200kmで走ることを想定して作られているんですね。高速走行時に衝突しても大丈夫なように作らないといけないので、できるだけ軽く作る努力をしたとしても、必然的にどうしても重くなってしまいます。コンパクトな2人乗り自動車であるスマートも、最新の第3世代では見かけによらず1t近くあります。こうした傾向はなにもドイツ車に限ったことではなく、厳しい国際競争の中で他社の車が丈夫になれば自社のものはもっと丈夫にしようと、各社が競って戦車のように頑強な車を開発しなければならない状況に陥っていくのです。さらに、重大事故が増える中、各国政府が車に対して設ける安全基準も際限なく高まっていってしまうんです。

少しだけ物理学の話をしましょう。ある物体が別の物体にぶつかったときのエネルギーは、

e=1/2mv^2

という式に従うことが知られています。eはエネルギー(energy)、mは質量(mass)、vは速度(velocity)です。つまり衝突エネルギーは、質量に比例し、速度の二乗に比例する。わかりやすく言えば、重くなればなるほど、そして速くなればなるほど、ぶつかったときのダメージが大きいんですね。細かく言えばもっといろいろなことが関係しているのですが、車の事故の衝撃の大きさを考える上では、おおまかな原理として「重さと速さ」が大きな要因になることは確かです。特に二乗に比例してしまう速度のほうは影響が甚大ですし、高速走行時の衝突に対応しようとすれば必然的に重くなってしまうのは先ほどお話ししたとおりです。

歩いている人同士がぶつかっても、タンコブくらいはできるかもしれませんが、大怪我にまでは至らないですよね。それは重さも速さも車の衝突事故とは比べものにならないくらい小さいからです。最近自転車の事故が危険視されているのは、かなりのスピードで走る人が増えたからなんですが、それでも自転車同士や自転車と歩行者なら、人間の生命を脅かすところまでは至らずにすむことも多いでしょう。

しかし、重くて頑丈な車にぶつかられたときに身を守る方法は、基本的には自分も重くて頑丈な車に乗ることしかありません。重い車が猛スピードで行き交うことを前提にすると、どうしても重くしないと安全基準を満たせなくなっていきます。軽量化の技術も進んではいますが、ドイツだけでなく世界中で、車はどんどん大きく重くなっていく傾向にあります。

当然、日本の軽自動車も例外ではありません。市販されているほとんどの軽自動車は、時速100kmで高速道路を走ることができる性能を持っています。時速100kmで走れるということは、その速度での衝突も想定して作らなくてはならないということでもあります。
現行の国産軽自動車は700kgから900kgが主流となっていますが、黎明期の「フライングフェザー」や「フジキャビン」の重量が300kg台で、大人なら一端を持ち上げて向きを変えることも可能だったのとは、隔世の感があるんじゃないかと思います。

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▲最も売れている軽自動車のひとつであるダイハツ「タント」。最も軽いモデルでも920kgと1t近い。(出典)


■ 歩行者に突進、高速道路を逆走――「お年寄りが1tの物体を時速100kmで動かしている」ということ

もうひとつ別の観点から考えてみましょう。いま高齢者による自動車事故が問題になっていることをご存知の方も多いですよね。東京都内では交通事故の件数そのものは年々減少しているものの、高齢者が事故を起こす割合はむしろ高くなっています。高齢者の運転する車がペダルの踏み間違えで歩行者の列に突っ込んでしまったり、道路標識を見誤って高速道路の出口から進入し逆走してしまう、といった事故もしばしば報道されています。高齢者の方は、ご本人が感じている以上に身体機能・認知機能が低下していて、運転に必要な判断・注意を行うことが難しかったりするんですね。
自動車事故の被害に遭うことも大変悲しいことですが、高齢者の方々が、人生の最後の最後で悲惨な自動車事故の加害者になってしまうというのも、避けなければならない社会問題であると思います。

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▲警視庁による、東京都内における高齢者運転者の関与した交通事故発生状況。高齢者が事故に関与している割合は年々上昇している。(出典)

この問題については政府も対策を取っていて、運転に自信のない人に対して運転免許証の自主返納を勧めています。免許証は身分証代わりの役割もありますから、免許を返納しても身分証として使える「運転履歴証明書」を発行する制度の普及を進めていたりするんですね。

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▲運転経歴証明書の交付に伴って、タクシー代金や飲食店での割引など、さまざまな特典が得られる自治体もある。交付自体は大幅に増加している。(出典)

高齢者の家族から、「おじいちゃんが車に乗りたがって困る」という悩みもよく聞きます。車を手放したくないのには「生活に不可欠だから」という理由があります。特に地方部では徒歩圏にスーパーなどの生活インフラがあることは稀で、2km離れたスーパーに行って重い荷物を持って帰らなければなかったりします。バスも限られていますし、毎回タクシーを使うと費用もかさんでしまうため、必然的に車を使わざるを得ないわけですね。そこまで日常的に必要はなくても、何かあったときに不安だからということで持ち続ける高齢者の方もいます。

また、本当はまったく必要ないけどそれでも車に乗りたくて、「これが人生最後の車だから」と言いながら何回も車を買い替える「人生最後の車詐欺」のような話もあったりします。現在の高齢世代にとって車は「自由の象徴」でもあったものですから、失ったときの喪失感を考えると「車を手放したくない」という思いも理解できますよね。

そう考えたとき、運転免許の返納を促したりして「高齢者に車を運転させないようにする」というだけで果たしてよいものでしょうか。

逆に、こう考えてみてもいいんじゃないかと思います――自動車というモノ自体、「健康で元気な人が運転するもの」ということを暗黙の前提にして始まっていて、21世紀に先進国がこれだけの高齢社会になることを想定してはいなかった。そのまま進化していった結果、今では「身体能力や認知機能に関係なく、誰もが1tもの重量の物体を時速100kmで動かさなければいけない」という思い込みに凝り固まってしまった。であるならば、今こそそういった近代の車社会の前提そのものを問い直すべき良いチャンスであるとも思います。


■ いま必要なのは「もっと遅い」自動車

こういった硬直化した状況を一旦リセットするために、「オルタナティブな自動車」を構想しなければいけない。その有力なものとして、僕は「超小型モビリティ」の可能性を模索しています。

「超小型モビリティ」はご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、軽自動車よりもっと小さな、おおむね2人乗りの自動車です。スクーター(原動機付自転車、原付)などの二輪よりも走行安定性や雨天時の利便性が高く、普通の自動車よりコンパクトで小回りが利き、地域の手軽で便利な移動の手段として使われることを想定しています。

そういったサイズの仕様以上に、実はここまでお話ししてきた「どういう速度帯にするか」ということが、超小型モビリティを考える際の肝だと思います。
今は車業界全体が「時速100kmで走らなければいけない」ということを前提にしています。しかし、逆に言うと「もっと遅いスピードを前提にすれば、車を過度に重く頑丈に作る必要がなくなる」ということでもあるんです。


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