「同人ゲーム」と「アーケードTCG」
が告げた〈拡張現実の時代〉の足音
〜『東方Project』『月姫』
『ムシキング』『ラブandベリー』〜
(中川大地の現代ゲーム全史)
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.6.17 vol.346
本日は『中川大地の現代ゲーム全史』最新回をお届けします。今回論じるのは2000年代前半。『東方Project』『ひぐらしのなく頃に』『月姫』といった同人ゲーム、そして『ムシキング』『ラブandベリー』といったアーケード・トレーディングカードゲームの隆盛を振り返ります。
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第9章 和ゲー成長期の終わり/二極化してゆくゲーム産業
2000年代前半:〈仮想現実の時代〉終期(7)
■「同人ゲーム」ムーブメントが担った役割
ただし、パソコンとインターネットの普及によってゲームエンジンなどの開発環境がオープン化し、一定の規格化がなされたゲームジャンルでのコンテンツ制作が活性化されたのは、海外FPSに限った話ではない。国内でも同様の構造によってアマチュアの個人やインディーズ集団によるゲーム制作がエンパワーメントされていく流れは、グローバルな動向とは切り離された回路において、独自のかたちで進行していたのである。
脈絡を遡れば、プログラミングを要さずに個人がゲーム作品を制作できるオーサリングツールとしては、すでにアスキー(現:エンターブレイン)が1986年の時点で、『アドベンチャーツクール』を「LOGin」誌面で発表していた。これを嚆矢として、1990年代初頭にはMSX用の『Dante』に始まる『RPGツクール』シリーズを発売。以来、国産パソコンや家庭用ゲーム機の高機能化に合わせて、同社からはシューティング(STG)やサウンドノベル、対戦格闘など、様々な人気ゲームジャンルの「ツクール」が継続的にリリースされていた。
▲RPGツクール2(アスキー 1996年)
さらに同社が刊行するパソコン誌などの主催により、ちょうど1980年代マイコンブーム期から行われていたゲームプログラミングコンテストの延長線上に、「コンテストパーク」(1994〜1997年)や「アスキーエンタテインメントソフトウェアコンテスト」(1995〜2001年)といったコンテストを開催。各種「ツクール」で制作したユーザーの自作ゲームを表彰し、入賞作がFDDやCD−ROMといった雑誌の付録メディアや、パソコン通信のダウンロードで配布されて遊ばれるというフリーゲームのエコシステムが、インターネット普及以前から根強く築かれていたのである。
ここでのコンテストと、縦スクロールSTGの『ALLTYNEX』(SITAR SKAIN 1996年)シリーズやホラーAVGの『コープスパーティー』(チームグリグリ 1996年)、現代日本風RPG『Moon Whistle』(神無月サスケ 1999年)など、各年度の受賞作が、「ツクラー」と呼ばれる自作ゲームコミュニティ内で注目を集めた。しかしながら、家庭用ゲーム機を主戦場に、商用ゲームが爆発的な進化を遂げていた1990年代の時点にあっては、あくまでニッチなホビーの領域に留まり、かつての中村光一や田尻智の登場のように、ゲームシーン全体へのインパクトを残すほどのケースは、まだ輩出されていなかったと言ってよいだろう。
これに加えて、同じく90年代にはコミックマーケットなどの即売会や「とらのあな」「メッセサンオー」といったショップなど、オタク二次創作系のマンガ同人誌が確立した販路とカルチャーに密着するかたちで、同人ゲームを頒布するチャンネルも大きく発展している。
こちらの土壌では、東京電機大学生の同人サークルに所属していたZUNによる固定画面アクション『東方霊異伝』(Amusement Makers 1995年)を嚆矢とする「東方Project」がスタートしたり、前章に述べたLeafやKeyのアダルトビジュアルノベル作品の登場人物を流用した対戦格闘『THE QUEEN OF HEART』(渡辺製作所 1998年)シリーズに代表される「葉鍵系」の二次創作ジャンルが勃興したりと、特に美少女キャラクターの図像を全面に押し出すタイプの自作ゲームが、とりわけ大きく注目され始めていた。
そしてインターネット以降は、2D対戦格闘の作成エンジンである「M.U.G.E.N」や、シミュレーションRPG用の「SRC」、テキストシナリオと一枚絵を組み合わせるノベル式のAVGのスクリプターである「吉里吉里」「NScripter」など、フリーウェアでの開発環境が相次いで登場。これにより、コミケ文化の中核をなすアニメ的なキャラクターの同人絵師たちや、DTMによる同人音楽の作り手や歌い手たち、さらには文字だけの表現ではなかなか人気を獲得できない同人小説の書き手たちといった、あらゆる同人ジャンルの人材がコラボ可能なメディアとして、同人ゲームのプレゼンスは大きく高まっていったのである。
このように、ツクール系とコンテストが培ってきたフリーゲームの脈絡と、コミケ的な同人創作カルチャーの複合メディア化としての同人ゲームの脈絡が、インターネットというインフラを得て相交わるようにして、00年代以降はかつてない規模と形態で、日本国内でも自作ゲーム発のムーブメントが影響力を獲得していくことになる。これはちょうど同時期の欧米圏では、インターネット以前からのハッカーコミュニティやMOD文化が、インディーゲームシーンの母体になっていったこととも対応する動向と言える。
その最初の開花となったタイトルが、2000年のコミックマーケットで初めて頒布された『月姫』だ。本作は、元々はゲーム開発会社でグラフィッカーとして働いていたグラフィック担当の武内崇と、その中学時代からの友人でWeb小説『空の境界』を発表していたシナリオ担当の奈須きのこを中心に結成された同人サークルTYPE-MOONの手で、NScripterを使って制作されたビジュアルノベルである。基本的な題材傾向はLeafの『雫』『痕』に近い路線ながら、奈須が温めてきた緻密な世界観体系に基づく斬新な伝綺ロマンを、商業作品に匹敵するボリュームとクオリティで展開したことで話題を呼び、口コミやネット上での評価を通じて、従来の同人ゲームとは桁違いのヒットを飛ばす。
そして人気がブレイクした結果、ファンによる二次創作アンソロジーやアニメ化、グッズといったメディアミックスや派生商品の発売が商業ベースで行われるという異例の展開に発展し、コンテンツビジネスの世界に同人ゲーム発の新たなサクセスパターンを確立するに至ったのである。
▲月姫(TYPE-MOON 2000年)
これに続くかたちで、02年には竜騎士07によるサウンドノベル『ひぐらしのなく頃に』(07th Expansion)の頒布が開始される。本作は、もはやAVGとしての展開分岐を排し、恐怖を中心とした情動に訴えかけるための純粋なテキスト演出のメディアとしてNScripterによるノベルゲーム形式を採用した、マルチメディア型のホラーミステリーとも言うべき作品だ。しかし、ユーザーに挑みかかるように出題編と回答編が数年間かけて交互にリリースされたことで、物語のアクロバティックな真相をめぐる議論なども発生。結果的にミステリーという文芸形式が持つ元々のゲーム的な性格を利用する、メタミステリーとしての性格をも帯びていったのが、「ゲーム」としての本作のひとつの特徴だろう。
加えて18禁ゲームではなかったことで、ライトノベルの読者に近い男女中高生を中心とした広範な層に訴求し、コミカライズやアニメ化などを通じて、『ひぐらし』は『月姫』以上のポピュラリティを獲得してゆく。
▲ひぐらしのなく頃に 鬼隠し~暇潰し編(07th Expansion 2002〜2004年)
さらに同年、ゲーム会社に就職したZUNがサークル名を上海アリス幻樂団と改め、Windowsプラットフォームでは初めての作品となる『東方紅魔郷』で、4年ぶりに「東方Project」を再開する。『東方封魔録』から『東方怪綺談』にかけての初期作がPC-98向けにリリースされていた時代から、アーケードゲームの『怒首領蜂』(ケイブ 1997年)などと並び、「東方」は同人ゲームでありながら、敵キャラの発射する膨大な弾がまるで花火のように画面を埋め尽くす中をかいくぐっていく「弾幕STG」なるサブジャンルを代表する作品へと発展を遂げていた。
STGとしての「東方」の特色は、無機的な戦闘機を自機にしたSF的な世界観やバックストーリーが主流だったジャンルの王道に反し、日本神話に材を採った東洋風のファンタジー世界を舞台に、巫女や魔女などの美少女キャラクターを自機に据えつつ、ちょうど対戦格闘ゲームのように複数から選択できるようにしたことにある。各ステージのボスとして登場する敵キャラとの戦闘時には、互いのバストアップ図像や台詞テキストによって会話劇が展開するという、やはり対戦格闘に近い演出方法を導入。これにより、あくまで反射神経を競うストーリー性の薄弱なジャンルとしてのイメージを覆し、濃密なキャラクタードラマの器にもなりうるフォーマットとして、縦スクロール型STGのポテンシャルを再発掘したのである。
▲東方紅魔郷(上海アリス幻樂団 2002年)
加えて、敵キャラごとに差別化された弾幕攻撃の視覚効果と、ZUN自身の作曲による高BPMのトランサブルなBGMやSEによる聴覚演出が組み合わさることで、そのプレイ体験はほとんど音ゲーやDJセッション、あるいは舞踏に近いものになってゆく。こうした音楽性の充実もまた、「東方」のもうひとつの特徴であった。
元よりスクロール型のSTGというジャンルは、黎明期の『ゼビウス』の時点から、細野晴臣がアルバム『Video Gme Music』をするなど、アンビエントな音楽体験の生成ツールとして、多くの作り手やゲームミュージックファンによって意識され続けてきた系譜がある。ゆえに同時期には、そんなSTGの即興音楽的なポテンシャルを最大限に突き詰めたタイトルとして、水口哲也の『Rez』(セガ 2001年)のような作品も登場していた。ただしこちらの場合は、自機のシンボルを斜め後方から見下ろす立体的な視点のサードパーソンシューター(TPS)としての骨格を採りつつ、具象的なキャラクター性や物語性を排するミニマルなメディアアート型の演出を特徴としていた。
これとは対照的に、「東方」の場合は同じく音楽体験を強めるインタラクティブな視覚表現の追求でありながら、浮世絵のような独特の平面性を徹底した画面構成の中での弾幕の様式美や過剰な意匠性を強める方向への進化を遂げていったわけである。
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