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なぜDMMは秋葉原に
Makersの施設を作ったのか?
――DMM.com会長
亀山敬司インタビュー
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.3.26 vol.290
本日のメルマガに登場するのは、DMM.com会長の亀山敬司さん。「知る人ぞ知る」巨大IT企業、DMM.comはどうのようにして生まれたのか? さらには「艦これ」、太陽光発電、そして「DMM.make AKIBA」など次々に新しい事業を仕掛けるDMMの本当の狙いとは――?
「モーニング」連載中、三田紀房先生の投資マンガ『インベスターZ』に亀山会長が登場!
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▼プロフィール
亀山敬司(かめやま・けいし)
石川県のレンタルビデオ店からアダルト、IT業界の大物まで登り詰めるも、めったに人前に姿を現すことがなく、その正体は謎につつまれている。
◎聞き手:稲葉ほたて/構成:真辺昂
■ 世界から”レンタルビデオ店”が消えたなら
宇野 亀山さんは「『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を見たとき、レンタルビデオ店は世界から消えると思った」と、色々なインタビューで仰っていますよね。
亀山 元々は税理士を目指すのに飽きて、歌舞伎町のコマ劇前で露天商をやってたんだよ。そこでお金を貯めて、田舎でレンタルビデオ店を開業したんだよね。で、ある日、確か店番をしていたときだと思うのだけど、『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を見て衝撃を受けたんです。あの映画の中で、テレビに向かって話しかけたら、チャンネルが変わるシーンがあるでしょう。それを見て、ふと、今のオンデマンドみたいな感じで、ビデオがなくなる気がした。
そうなると、レンタルビデオという業態は厳しい。土地に縛られているからね。レンタルビデオは返却の必要があるから、みんな一番近い店で借りるでしょう。だから、シェアの範囲がそのまま「店の周り半径何キロ」になるの。僕がレンタルビデオ店をやっていられたのも、石川県加賀市のド田舎にいて、当時はそんな辺境の地まで大手が攻めてこなかったからですよ。
宇野 それが、将来的に技術が発達したら成り立たなくなる予感が生まれた。
亀山 そうそう。まあ、そもそも流通業というのは、今だったらAmazonなんかがそうだけど、広いシェアを取っているところが最終的には強いの。どのみち僕のような小さいところは、どこかで生き残れなくなったっただろうけどね。
宇野 実際、その後に、TSUTAYAが出店攻勢をかける時代がやってきましたよね。
亀山 いやもう、あの時点で地元の大手は来てましたよ(笑)。だから、もう早々に頭を下げに行ったね。「フランチャイズになって上がりを渡すから、頼むから来ないでくれ」と言ってさ。向こうも、「じゃあ、それなら」と言って、来なかったよね。
■「僕、衛星飛ばせないしなあ……」
宇野 亀山さんはその後、アダルトビデオの製作を始めますよね。インターネットを使った流通や配信よりも前に、まず製作を始められた理由は何だったのですか?
亀山 正直に言うと、当時はインターネットがまったく理解できていなかったの。衛星テレビのイメージくらいしかなくて、「衛星は飛ばせないしなあ……」とか的外れなことを考えていた(笑)。本当に、単に田舎の片隅で商売をしていただけだからね。ネットについて教わったのは、30代後半になって、確か上場準備をしていた頃の、オン・ザ・エッヂ時代のホリエモンに会ったときだよね。
――かなり早くから手がけているイメージがあったので、意外ですね。
亀山 ホリエモンに会ったときに、メールの話をされても「電話でいいじゃないか」と答えてたんです。当時、もう30代後半だったけど、時代についていくために勉強したよね。
そんな感じだから、最初にサイトを立ち上げた時も、"なんちゃってインターネット"ですよ。当時、課金の仕組みを作ると言ったら「半年かかります」と言われたので、見た目だけ作って、裏ではパートのおばちゃんを雇ったんです。カード情報をユーザーに入力させて、翌日裏でみんなに番号を打たせて、OKなら通すし、ダメならそのまま。回らなくなったら、おばちゃんを増やせ(笑)
宇野 サーバーを増やすのではなく、おばちゃんを増やす(笑)
亀山 ただ、話を戻すと、そもそもメーカーはシェアがなくても戦えるんです。例えば、当時は「ドラえもん」のビデオなんて、値段がめちゃくちゃ高くて1万円以上したの。でも、人気商品だから仕入れなければいけないんだよね。そういうのを知っていたから、一応メーカーなら人気商品さえ作れれば、高い値段で売れるという算段もあったわけです。
■ 亀山会長は、インターネットを先取りしていたーー!?
宇野 その後、亀山さんは作った作品をいわゆる「富山の薬売り商法」で売っていったわけですよね。
亀山 ある日、本屋に行ったらビデオが置いてあって、「どうしてんの?」と聞いたら、「なんか業者が置いていくんだよね」と言われたんです。だから、まあ出版業界からパクったんだよね(笑)。それで、当時は「映像メーカーから問屋を通じて小売店へ売る」というスタイルが主流だったところに、商品を直接店に送って返品から逆算して請求する方式にしたの。
ーー問屋を挟まなかったんですね。
亀山 それで、とにかく出荷担当が店に送りまくって、返品が来たらそのデータを集計してフィードバックを繰り返す、ということをしていった。まあ、ときどき返ってこなかったりもするんだけど、別に大した原価じゃないからスルーですよ。そんなことより、問屋を介さないことの方が美味しい。営業マンを雇う必要もないし、交通費もかからない。その分の人件費が丸ごと浮くわけ。
――元は出版業界の手法だったんですね。
亀山 ただ、出版業界は当時POS(販売時点情報管理システム)を高く売りつけようとしていて、そこは甘いなと思ったよね。書店に聞いたら、何十万円とかかると言うんだよ。でも、僕は元がとれると思ったから、POSを無料で配っていったの。その後も、あの業界は付箋みたいなのをつけてるけど……
宇野 いやあ、あれは本当に嫌になりますよね(笑)。
でも、亀山さんの今のお話は、リクルートがAirレジでやってる手法ですよね。流通インフラに注目してモノを作っていたら、結果的にインターネットが当たり前になった世界での商売のやり方を20年ほど先取りしていた、というわけですね。
亀山 当時は電話回線だから一日一回だったけど、契約したお店から「どの商品がどのくらい売れたか」という情報をリアルタイムで手に入れることができたんだよね。その分析を元に新作を作るから、どんどん売れるわけです。それを繰り返しながら、だんだん会社の規模を大きくしていきました。
――中抜きをなくして、ひたすらPOSデータで効率よく売る。まさに後のネット企業そのものですね。
宇野 言い換えれば、戦後の出版界の独特の流通システムの一部がハックされて、今のECに極めて近い発想を編み出していたってことですね。
亀山 まあ、問屋は元手なしで出来る商売だから怠慢な業者も多いし、よく飛ぶというのがあって、懲り懲りしたのもあるんだけどね(笑)。
【1】POS(販売時点情報管理システム)
物品販売の売上実績を単品単位で集計する経営の実務手法。POSシステム導入の最大の利点は、商品名・価格・数量・日時などの販売実績情報を収集して「いつ・どの商品が・どんな価格で・いくつ売れたか」という売れ行き動向が経営者にとって把握しやすくなる点にある。(wikipediaより)
■ プラットフォームはしぶとく生き残る
宇野 90年代は戦前から作り上げて来た出版や広告の仕組みがほぼ完成していた時期で、その完成した仕組みでいかに収穫するかという次期だったと思うんですよね。その結果として当時のコンテンツ業界はバブル期で、「この出来上がった仕組みの上に、いかにカネになるイメージを流していくのか」という発想でしか考えていなかった。
そんな中で、亀山さんのようにインフラの方に注目してモノを作っていた人は珍しいと思うんです。
亀山 僕は田舎から始めた人間で、本当にバブルとは無縁の人生でだからね。会社も世の中の景気とはあまり関係なく、常に一定の成長を続けているだけです。
宇野 例えば、TSUTAYAを運営しているカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下CCC)とDMMって対照的だと思うんです。CCCは代官山蔦屋書店にしろ新宿・渋谷のフラッグシップショップにしろ、「80年代から発展していった既存のインフラを生き残らせるために、その上に乗っかる新しいイメージをどう打ち出すか」というゲームをいまだにやっている。それに対して現在もDMMさんはそういうゲームにはまったく乗っていない。
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