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『花子とアン』はなぜ「モダンガール」を描き切ることができなかったのか?(中町綾子×宇野常寛) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.237 ☆

2015/01/09 07:00 投稿

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『花子とアン』はなぜ「モダンガール」を描き切ることができなかったのか?(中町綾子×宇野常寛)

☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.1.9 vol.237

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本日のほぼ惑は、好評のうちに終了した昨年の朝ドラ『花子とアン』をめぐる、中町綾子さんと宇野常寛の対談をお届けします。『やまとなでしこ』『ハケンの品格』で「強い女性」を描いてきた脚本家・中園ミホがぶつかった、「ハードボイルド」と「乙女ちっく」を両立させることの困難、そして「朝ドラ」というフォーマットの今後について考えます。


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▼作品紹介
『花子とアン』
演出/柳川強ほか 脚本/中園ミホ 原案/村岡恵理(『アンのゆりかご 村岡花子の生涯』) 出演/吉高由里子、鈴木亮平、伊原剛志、仲間由紀恵、窪田正孝ほか 放映/2014年3月31日〜9月27日(NHK/月〜土8:00〜8:15)
『赤毛のアン』の翻訳者である村岡花子(吉高)の生涯を、幼少期から女学校時代、戦前戦後の混乱期とたどる一代記。女学校で出会った親友で歌人の白蓮こと蓮子(仲間)との友情がドラマを通じたひとつの軸となっており、白蓮が準主人公といえる。

▼対談者プロフィール
中町綾子(なかまち・あやこ)
1971年生まれ。新聞各紙にドラマ評を連載。放送関係各賞の審査委員を務める。著書に『なぜ取り調べにはカツ丼が出るのか?』(メディアファクトリー)ほか。

◎構成/金手健市

脚本家・中園ミホが追求してきた「ハードボイルド」なヒロイン像

宇野 世間では視聴率的にも内容的にも絶賛が多くて戸惑っているんですが、僕ははっきり言って『花子とアン』がそこまでよかったとは思っていません。確かに、2000年代半ばの本当に朝ドラが低迷していた時期の作品に比べれば数段上です。でも、『カーネーション』(11年後期)、『あまちゃん』(13年前期)、『ごちそうさん』(同年後期)があり、”朝ドラ第二の黄金期”といわれるような最近のアベレージからすれば、二段近く落ちる作品だったことは間違いない。これが名作扱いされるような状況には物申さないといけないだろう、という気持ちがある。
 いろいろ言いたいことはあるんですが、まず前提として触れないといけないのは視聴率問題です。いまの”朝ドラ黄金期”って、視聴率があまり意味をなしていないんですよね。ドラマファン以外も巻き込む力の強かった『あまちゃん』が、『梅ちゃん先生』というあまり見るべきところのなかった作品と大して変わらない視聴率しか取れていなかった。結局のところ、マイルド化された『おしん』とでもいうような「昭和の女の一代記」をやると、昭和の日本人がなんとなくいい気分になって視聴率が上がるという、それ以上のものではない。だから視聴率が20%を超えたからといって、それはなんの指標にもならないと思うんですよね、前提として。その上で、中身を吟味するところから始めたい。

中町 正直、私もなかなか熱くはなれないドラマでした。先入観として、中園ミホ【1】さんの脚本のテイストと朝ドラ枠の世界観とは合わないだろうと思っていて、実際そうだったんです。中園さんは、最近の作品でいうと『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』(テレビ朝日/12年〜)や『ハケンの品格』(日本テレビ/07年〜)が有名ですが、どちらも決めゼリフがあってキャラ立ちしている人物が主人公。等身大の人物に共感させるのではなく、ヒーロー的な、観ている人をスカっとさせる爽快感のあるキャラ作りが持ち味です。達観しているというか、世を捨てているキャラクターであることも多い。
 一方で、朝ドラのキャラクターは、基本的に前向きですし、身近な存在というイメージが強い。感情移入できることも重要ですよね。その点で相容れないと思ったし、やっぱりうまくいっているようには見えなかった。それでも半年間の放送を通して、最後は多少強引にでもひとつのメッセージを伝えるという朝ドラのスタイルはやっぱりすごいな、と思わされました。

【1】中園ミホ
1959年生まれ。88年に脚本家デビュー。手がけた作品は、『やまとなでしこ』(フジ)、『anego』『ハケンの品格』(日テレ)、『はつ恋』(NHK)、ほか多数。女性を主人公にした作品が多い。

宇野 中園さんは、世捨て人的なヒロインの造形を通じて、”女性のハードボイルド”の語り口を探求してきた人だと思うんですよね。そのことによって、地味な題材をリアルに描いてもドラマ全体は地味にならずに済んでいた。これによってある意味、80年代フェミニズムの批判力を通過した後の「強い女性」のイメージをいかに出すのかということを結果的に引き受けたとも言えるはずです。だから、中園さんが『花子とアン』をやるとなったら、絶対にジェンダー的なテーマが前面化してくると思った。村岡花子【2】と白蓮【3】は、当時としてはモダンガール中のモダンガールだったはずですからね。でもそんなテーマは微塵も現れることがなく、「理解ある夫やイケメンにかこまれて、幸せに過ごしました」みたいな話が延々と続いていて。ちょっと意外だったんですよね。

【2】村岡花子
1893年生まれ、1968年没。『花子とアン』の主人公のモデル。山梨県甲府市のさほど裕福でない家に生まれるが、利発だったため父が期待をかけて東洋英和女学校に入学させる。そこで英語を身につけ、同時に文学を学び、英語教師を務めた後に女性・子ども向け雑誌の編集者となる。1932年から41年までラジオ番組『子供の時間』に出演し、「ラジオのおばさん」として広く世に知られた。戦中は大政翼賛会後援団体に参加するなど戦争協力者としての立場を取る。終戦後の52年、『赤毛のアン』の訳書を刊行。

【3】白蓮
1885年生まれ、1967年没。フルネームは柳原白蓮(本名・宮崎燁子)。伯爵の妾の子として生まれ、育つ家庭を転々としたのち、望まぬ結婚をさせられる。離婚して実家に戻った後、東洋英和女学校に編入、そこで花子と出会い、互いを「腹心の友」と呼ぶようになる。卒業後、再び家の意向で年齢・身分共にかけ離れた筑紫の炭鉱王と結婚させられるが、不幸な生活から短歌を詠み始める。その活動の中で知り合った年下の社会活動家と出奔し、「白蓮事件」と称された。

中町 中園さんの描くヒロインは、基本的に”乙女ちっく”なんです。ハードボイルドと乙女ちっくが、違う意味じゃない、というのがすごいところなんですが。『やまとなでしこ』(フジテレビ/00年)でいえば、「私は美貌も持っているしCAだし、ちょっとテクニック使えば合コンでも男性は私のものです。男性なんてそんなもんだとわかっている。だけどね、」っていう、この「だけどね」から始まるところが大事なんです。「私は男性なんてそんなもんだとわかっている」というのはハードボイルドなんですが、クールなだけではダメで、一抹の弱さや優しさ、人間味を持っているのが、乙女ちっくでもあり、真のハードボイルドなんじゃないかと……。

宇野 なるほど(笑)。宇田川先生【4】なんかはまさに、ハードボイルド的な自己完結と乙女ちっくのハイブリッドを体現したキャラクターですよね。

【4】宇田川先生
『花子とアン』劇中に登場する女性作家。花子と白蓮のことを好ましく思っておらず、高慢な態度を取る。戦中は従軍記者として戦地に赴いた。モデルは諸説あるが、宇野千代や吉屋信子ら、原案に登場する当時の人気女性作家たちのイメージが複合されているものと思われる。

中町 『花子とアン』にハードボイルドがあったとすれば、今回は仕事でも恋でもなくて、最後に語られていた「友情」がそうだったんだと思います。わかりやすい助け合いではなく、それぞれが個々の人生を女も男も生きているし、つながっているようなつながっていないような世の中を私たちは生きているけど、一緒の時代を生きるってこういうことなんじゃない?という。

宇野 だとするとなおさら、戦時中にもっと花子と白蓮はやりあっていないといけないでしょう。時節柄、刺激したくないのもわかるけど、村岡花子を主人公にする以上、戦争との距離感についてはもっとシビアに描くべきだったんじゃないのかな。というか、中園さんが本当にやりたかったのは、花子じゃなくて白蓮のほうだったんじゃないか。 

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