「ネット時代のストリート」はありうるか?
――「VANQUISH」でお兄系ブームを
先導した男、石川涼が
語るファッション文化の未来
――「VANQUISH」でお兄系ブームを
先導した男、石川涼が
語るファッション文化の未来
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.11.4 vol.193
▼プロフィール
石川 涼/RYO ISHIKAWA(Ceno. Company.)
1975年、神奈川県生まれ、静岡県育ち。2004年、ファッション・ブランドVANQUISHをスタート。06年に、渋谷109MEN’S館にショップを出店、ほどなく“ギャル男”の象徴ブランドとして、絶大な支持を得る。株式会社せーのは、現在はVANQUISHを含め6つのメンズブランドと、レディースブランド3rd by VANQUISH、マスクブランドgonoturnの合計7ブランドを展開する。
▲スウェットプルオーバーパーカー 19,440円
■「モノからコト(体験)」の時代に何を売るのか
宇野 このインタビューのきっかけは石川さんのインタビュー(「ファッションは終わり、感動するものだけが残る」)なんですけど、「モノ」としてのファッションが機能しなくなり、感動という「体験」が残るという考えに至ったのはなぜだったんですか?
石川 僕はここ数年、1年の半分ぐらいは海外にいるんですけど、日本人と海外の人たちでは大事にしているものの順番がまったく違うと思ったんですね。海外の人たちってまず自分の宗教やアイデンティティが一番大事で、日本人と比べるとファッションとか格好は二の次なんですよ。
それに加えて、僕自身が長いあいだ家を空けることが多くなって、生活用品はAmazonで買っておくようになっていた。日本に帰国して荷物を受け取ったら、コーヒーの砂糖までネットで買っていることに気づいて「あれ!?」と思ったんですね。「このままだと買い物をしに行くという概念自体が無くなっちゃうんじゃないか?」と。今でさえネットは便利だけど、これからはスマホの画面上で自分にフィットしたものが、家にいながらにして安く手に入る仕組みにもっともっと変わっていくはずです。ただ洋服を並べて売っていくだけのビジネスは絶対にAmazonに勝てないから、存在価値が無くなっていっちゃうんじゃないかな。
今後どうしていくかはずっと考えていて、5、6年前から方針を変えていったんです。お店のディズニーランド化というか、お客さんに「お店に足を運んでみたい」と思わせる何かを作らなくてはならないわけです。
たとえばVANQUISHの渋谷店を9月に改装してスタジオを作ったんですが、そこでライブやニコ生の放送があったりとか。そういう、モノを買うだけではない、「VANQUISHが今面白いことやってるから、行ってみようよ」という価値を付けたいんです。
▲VANQUISH渋谷店のスタジオ
宇野 VANQUISHスタジオ、面白そうですね。小売店はもうモノを売っているだけでは勝てない、コト(=体験)を売らないと成立しないのだ、と。今でこそ、「モノからコトへ」はネットビジネスの常套句になっていますが、5、6年前の、しかもアパレルの小売でそれをやろうとしたのはかなり早いですよね。
たとえば音楽ソフトって、映像や音声情報はデジタルコピーが可能だから、もう握手券のようなイベント参加券としてしか売れなくなっているわけです。コピー不可能な体験にしか値段はつかない。この趨勢は明らかなんだけど、石川さんはそれがモノの領域にも当てはまると思っていたわけですよね。
石川 そうだね。「体験」ということで言うと、かつては渋谷が特殊な街だったというか、そこに行くこと自体にちょっとした「悪っぽさ」みたいなものがあったように思う。
宇野 その「体験」については、渋谷という空間=ストリートが保証してくれていて、店舗は個性的なアイテムを売っていればよかったわけですよね。でも今はその「ストリートの魔法」が切れかかっていて、ストリートではなく店舗の中をテーマパーク化しないとけなくなった。
石川 これは渋谷に限った話ではないと思うんだけど、世界が均一化されている気がするんですよ。昔は街ごとに個性を持っていたような気がしたんだけど、2010年くらいから、どの街に行っても、H&Mやユニクロが目に入って、買えるものも一緒で変わり映えがしなくなったと思います。それは別に日本だけの話ではなくて、ヨーロッパや、アメリカでもそうなんです。
モノがどこでも買えるようになったとき、価値を持つのはもうロケーションしかない。だから僕は東急というか「109」に何年か前から提案しているんだけど、「渋谷駅を出るとスクランブル交差点があって109が建っている」というロケーションはあそこにしかないわけだから、その体験性をきちんと演出してあげないといけないと思う。例えばあの交差点が、ニューヨークのタイムズスクエアのように世界中の人が来て写真を撮っていく場所になったとして、そこにある看板広告をデジタル化したら世界中のCMが取れるわけです。そんなふうに街を観光地化していくしか、生き残る道はないんじゃないかと思う。
でも、そういった提案をしても「じゃあそこの看板をデジタル化するのに投資する価値があるんですか?」という話になってしまう。新しいことにコミットしてくれないんですよね。でも、僕はやっぱりそういう場所を作るべきだと思う。
今は世界中の人たちが「ここに来たよ」といろんな場所の写真を撮ってFacebookとかでネットにアップしていますよね。最近、若い女の子と遊んでいても「ブランド物のバックが欲しい」なんて言う子はほとんどいないんですよ。でも彼女たちは「旅行に行きたい」とは言う。要するに自分の持っているコミュニティに対して「人気のお店に食べに来ました」「話題の場所に行きました」ということを言いたい。みんなモノを買うよりも「それ」をやりたいんだよね。
宇野 今、「モノ」と「コト」のパワーバランスが大きくコトの方に傾いていると思うんです。皮肉な話なんですけど、これはものづくりが進化したためだと思うんですよね。20世紀後半におけるモノの優位性って、大量生産されたモノがあって「みんなが着てるこの服を着たい」と人々に思わせるところに発生していた。要するに、人間がモノの方に合わせることに、不自由だけれどもある種の快楽があったわけです。
今は逆にものづくりのマーケットが進化しすぎて、人間の方にモノが合わせてくれるようになった結果、みんなモノを一生懸命に追いかけなくなってしまった。ネットでカスタムメイドのものが簡単に手に入るし、石川さんが今この場で持っているような大人向けのライダーベルトも、プレミアムバンダイで買えるじゃないですか。自分に合ったものがすごく手に入りやすくなった結果、コト(体験)の方が力が強くなっている。
■ライフスタイルに紐付いたものづくりへ
宇野 でも、そんな世の中になった時に、まだ残っている「モノの力」ってなんだろうと思うんです。石川さんご自身は、すごくモノが好きな人ですよね。
石川 僕はいま、自分のラインで「FR2(FXXKING RABBITS)」という新しいブランドを始めたんです。これは「旅行」がテーマ、つまり「旅行先で写真を撮りやすい服」を作っているんですね。パンツにはパスポートとマネークリップが入るポケットが必ず付いていて、シャツの片側もパスポートポケットになっているので、カメラ一つで世界中を旅できる服なんです。
ここで目指しているのは「特定の何かの行動に紐づいたブランド」なんです。例えば「キャンプにいくならここの服だよね」と思われるようなブランドにならない限りは、ただの服屋と変わらないと思っているんで。
宇野 なるほど。「モノの力でコトをプロデュースしていく」という方向に切り替えることによって、モノの価値を担保している、ということですよね。
石川 「ブーム」とは少し違うかもしれないけど、僕らが若い頃に「服が欲しい」と思っていたのと同じくらいに、今の若い子たちは「良い写真を撮りたい」という欲求を持っている。ファッションがそっちに寄っていくのは必然的なことだと思うんですよ。
宇野 10年前の石川さんって、90年代の渋谷のストリートから派生していった「ギャル男」というニッチな文化を拾い上げて「ファッション」というモノに込めていたと思うんです。彼らの頭のてっぺんから爪先まで全身をトータルプロデュースしていましたよね。
けれど、今の石川さんがやっていることは違う。「カメラでいい写真を撮りたい」という欲求は、ヤンキーからオタク、ブルーカラーからホワイトカラーまで、もしくは中国人からアメリカ人まで国や性別を問わず共通している。つまり、かつて石川さんは「モノ」の力で少数民族の美学を総合的に提案していたんだけれど、今は普遍的なライフスタイルの一部を提案しているように思うんです。
石川 もちろん自分が10年前よりは海外に出る機会があったから、そういう新しい指向になっている部分もあると思うんです。どうせ同じ時間をかけて作り出すんだったら、日本の中だけで売れるモノよりは、世界の人が欲しがるモノを作りたいという思いがあるわけです。
そもそも自分がずっと何をしたくて仕事をしてきたかというと、たぶん世の中の需要を満たしたいんですよ。2004年にギャル男くんたちをターゲットにした服を作ったのは、彼らが欲しいモノが市場になかったからなんです。ギャル男くんというニッチなセグメントに対しての提案だったわけです。それから10年経って、今はその洋服自体の需要がなくなってしまった。そうなった時にカメラや旅行というテーマで、セグメントされたマイノリティに対して服を売っている。
まあ、そうは言っても実はグローバルというか、マスに向けて提案しているわけで、絞ったのか広げたのか自分でもわからなくなってきたというのはありますよね(笑)。
宇野 つまり対象はグローバルになっていってるけど、用途はむしろ狭まっているわけですね。
石川 そうだね。ただ、ギャル男くんの時は日本の人たちしか理解できなかったけど、今は世界の人が理解できるものを作っているはずなんですよね。
宇野 僕の考えでは、10年前のお兄系ファッションのブームは国内における最後の男性ファッションムーブメントだった。要するに東京の都市部のローカルなストリートがあって、そこから出てきた変わったカルチャーが日本中にインパクトを与えたのは、あれが最後の波だったんじゃないかと。
石川 僕もそう思っていて、「ストリートから生まれたドメスティックブランドはVANQUISHが最後だよ」って言っているんです。でもそれ以降は細分化しすぎてしまっているし、今の若い子たちは物心ついたときからネット社会を生きているので、彼らが洋服(モノ)を買わないのはよく理解できるんですよね。だからファッション業界からはもう、日本中を巻き込めるようなパワーのあるムーブメントは生まれてこないんじゃないかな。もちろん20代ですっげえ元気のある奴にも出てきて欲しいし、ブームも生まれてきて欲しいんですけど、その気配もあんまり感じないなぁ。
■次のストリートはどこにあるのか?
宇野 90年代からゼロ年代前半ぐらいまでは、渋谷のようなストリートにある種の力が宿っていて、そこから文化が生まれてきたと思うんです。石川さんは、そういう「ストリート」にあたるものは今の時代にどこにあると考えていますか?
石川 まぁ、今の若い人の興味があるものはほとんどネットの中にあるよね。
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