スポーツ用義足製作の最前線
――パラリンピック2020に向けた課題
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.9.8 vol.153
本日のほぼ惑は、『PLANETS vol.9』先取り企画をお届けします。義肢装具の進化は人間の身体をサイボーグ化し、「スポーツ」の概念を拡張しつつあります。2020年の東京パラリンピックを展望する手がかりとして、アスリートたちを支える義肢装具製作の実態を取材しました。
▼これまでに配信した「PLANETS vol.9(東京2020)」先取り記事はこちらから。
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日本人の義足アスリートとして初めてパラリンピックに出場したのは、2000年シドニー大会の鈴木徹さん(走り高飛び)だった。その鈴木さんの義足を製作したのが臼井二美男さん。およそ30年前から義足作りに携わり、1989年からは競技用の製作も開始。1991年に義足アスリートの陸上クラブを結成し、自ら指導も行っている。日本における競技用義足のパイオニアである。
臼井二美男さんが普段働いている鉄道弘済会は、かつては国鉄の関連企業だった。従業員が業務中に切断を伴うけがをすることが多く、そのために義足の製作・開発が始まり、現在は公益財団法人として活動している。28人の義肢装具士が在籍しており、義肢(義手・義足)を年間2500件、装具(コルセットなど)を4500件製作している、日本最大級の製作所。
南千住にある鉄道弘済会の「義肢装具サポートセンター」を訪れ、臼井さんに製作の過程を見せていただきながら、義足や義足アスリートの現状について話を聞くことができた。
◎文・田島太陽
▲臼井二美男さん
■義足の費用と製作過程
義足製作に伴う費用は、膝下の場合は30万〜80万円、膝上からの場合は50万〜120万円程度。義足には多くのパーツや素材が使われており、足首部分だけでも3万〜40万円ほどの差があるため、製作費用もピンキリで大きく上下するが、障害者総合支援法により9割が国からの補助金でまかなわれる。さらに本人負担額は上限が3万7千円と決まっているため、基本的にはそれ以上を払うことはない。逆に言えば、この金額さえ払えば義足を製作してもらえることになる(しかし、高額納税者には全額個人負担の場合もある)。
義足のおおよその製作過程は、以下の通り。
(1)切断部のサイズや身長、体重、生活スタイルなどを考慮し、どのような義足を作るか患者とのヒアリングで決める
(2)ギブスを使い、義足を付ける患部の型を取る(=陰性モデルの製作)
(3)陰性モデルに石膏を流し込み、患部の模型を作る
(4)模型を削って微調整し、より実物の患部に近づける(=陽性モデルの製作)
(5)陽性モデルの外側に樹脂を流し込み、ソケット(患部との接合部)を作る
(6)ソケットの下にパイプ、股継手(間接のパーツ)、足部などを付ける
▲患部を象った陰性モデルの作成
▲陽性モデルの外側に樹脂を流し込みソケットを作成
この過程から分かるように、義肢装具士のもっとも大きな仕事は上記の(2)〜(5)、患部に合ったソケットをひとつずつ作ることとなる。
「ソケットが合わなければ不自由のない歩行は得られず、接合部にケガをしてしまうこともある。ソケットができれば、あとは既製品のパーツを本人の意向に沿って組み合わせて義足は完成します」(臼井)。
鉄道弘済会ではひとりの義肢装具士がひとりの患者を受け持ち、最初から最後まで製作を担当する。そうすることで、より患者のニーズに合った義肢装具が作れるのだ。
例えば、ひざのパーツには可動式と固定式がある。年配の方などは、可動式の場合は体重を支えられず転倒に繋がるため、固定式を使うことが多い。しかし完全に固定されていてひざが曲がらないと、イスに座る場合などにとても不便になる。そこで、義足に取り付けられたヒモを引っ張ることでひざが曲がるようになるパーツが使われることが多い。また、ソケットに好みの絵柄のプリントをすることで、患者のニーズに応えることもある。
▲膝に可動式パーツを使った生活用義足
▲「スパイダーマン」の柄を装飾した義足ソケット
■「義足の性能アップだけを目指しても意味がない」
しかし高価なパーツを使った完璧な義足を作っても、リハビリをしないと歩けるようにはならない、と臼井さんは言う。義足の完成からリハビリを始め、普通に歩けるまで通常2ヶ月〜4ヶ月程度は要する。切断部位や年齢などによってこの期間は大きく異なるし、リハビリをしてもなかなか使いこなせないこともある。鉄道弘済会はリハビリ施設も備えており、製作から使用訓練までを同じ場所で行えるのが、患者にとっての大きなメリットとなっている。
「地方にも義肢装具の専門施設はありますが、技術員は多くても3名程度しかいない。ここなら製作所だけでなく、リハビリ専門スタッフとケースワーカーも揃っていて総合的にサポートできるし、長年の経験もある。来られる方も多いので、患者さん同士でいろいろな交流を図れるのもメリットになっているようですね。海外のメーカーの方が営業に来ることがあるんですが、『このような施設は世界的にも珍しい』といつも驚いています」
自分に合った義足を作るだけでなく、それを使いこなすためのリハビリも重要であることは、アスリートでも変わらない。
「性能の高い義足が作れればすぐに記録が上がると考えている人もいるようですが、それは大きな間違いです。どのアスリートも、義足を使いこなすまでに長い時間をかけて、本当に患部に血が滲むほど練習をしている。そのことを知らずに、義足の性能アップだけを目指しても意味がないと思うんです」
▲義肢装具センター内にあるリハビリ施設。製作工房と同じ施設にあるのは珍しい
■アスリートと技師の綿密なコミュニケーション
取材中、偶然施設を訪れていた櫻井円さんという女性に、話を聞くことができた。
彼女は陸上の短距離ランナーで、脳性麻痺(T35)クラスの200mで42″38、400mで1′55″45という2つの日本記録を持っている。4年前からこの鉄道弘済会に通い、義肢装具士の沖野敦郎さんに靴の中に敷くインソールを製作してもらっているという。
「脳性麻痺がある関係で、体に力を入れると緊張で足の指先が曲がってしまうんです。それがブレーキになって走りずらくて、足首やかかとを痛めることも多かったし、爪がはがれてしまうこともありました。ここでインソールを作ってもらうようになってからはかなりスムーズに走れるようになりましたね」(櫻井さん)
「櫻井さんの足の型を取り、土踏まずまで足裏にしっかりフィットするように作っています。そうすることで力を入れやすくなり、負荷が分散するんです」(沖野さん)
櫻井さんはこの日も午前中の練習を終え、沖野さんに相談に来ていたところだった。沖野さんは2008年北京パラリンピックで義足メカニックとして日本代表チームに帯同したこともある、鉄道弘済会を代表する義肢装具士のひとりだ。競技用義足の現場ではこのようにアスリートと技師が綿密にコミュニケーションを取りながら、その選手に合わせたものをひとつずつ手作りし、さらに細かくチューンナップする作業を日々繰り返している。
臼井さんも、鈴木徹さんと初めて出場した北京パラリンピックのことをこう振り返る。
「記録が伸びずに落ち込むことはどんな選手でもあるけど、大会前のナーバスな時期になるとそれを義足のせいにしちゃったりもする。特に徹君は体調によって足の使いこなしがまったく違ってくるので、彼の気持ちに合わせて義足を調整するようにしていました」
障害を持った人がスポーツをするということは、自分の体が背負ったハンディと真正面から向き合い、それを受容する必要がある。その過程ではさまざまな想いが錯綜し、精神的に不安定な状況になることも珍しくない。だからこそ、彼らを支える周囲の役割も非常に重要になる。
「障害者のアスリートは、健常者のスポーツ選手よりも体の健康と精神的な維持が大切になるんです。僕らのような技師だけでなく、コーチやトレーナーも一致団結して、アスリートとその体のことを全体的に理解してあげる態勢が整っていないと、継続して選手活動をすることはできません」
▲短距離走選手の櫻井円さん(左)と義肢装具士の沖野敦郎さん(右)
■純国産義足が作れないわけ
臼井さんが義肢装具に関わっておよそ30年、おおまかな製作方法や過程は変わっていないが、素材だけは年々変化を遂げているという。ソケットはかつてガラス繊維だったものが今はポリカーボネートやカーボンファイバーになり、軽くて丈夫になった。足を支えるバーははステンレスからアルミ合金になり、現在ではチタンが主流。しかしそれらのパーツに国産はほとんどなく、多くはアイスランド製やドイツ製など。欧州は市場が大きい分予算も潤沢で、開発費を多く捻出できていることが理由だ。
競技において重要な役割を果たす板バネ状足部も同様に、ほぼすべてが欧州製。板バネはまず金型を作り、そこに50枚ほどのカーボン繊維を入れて高圧で固めて作られており、その金型を作るためにおよそ250万円ほどの費用がかかる。もちろん試作を重ねて精度を高めるためには、金型も複数回製作する必要がある。日本はカーボン技術は世界屈指の高水準にあるが、この金型の製作費を捻出できるメーカーがないという。完成した板バネは1本およそ40万円程度で、金型の費用をペイできるだけのニーズがないという判断だ。
5年前、厚労書の支援基金で、臼井さんはデザイナーの山中俊治さんと共同で、今仙技術研究所という日本のメーカーとスポーツ用義足の開発を行った。日本で唯一、国産の板バネを生産している企業である。
▲今仙技研製の純国産板バネを使用した競技用義足
海外製の競技用義足を使うしか選択肢がないことは、日本人アスリートにどんな影響があるのか。臼井さんはこう語る。
「通常、日本人選手は海外メーカーのカタログからパーツを選んで義足を製作します。でもパラリンピックなどの大きな大会では、先進国の選手は自国メーカーが開発した最新の、まだ一般には販売されていないパーツを使用することもある。それを日本人選手が購入できるのは、大会が終ってからなんです。その新しいパーツの性能がすばらしければ、既存品だけしか使えない日本人はやはり不利になるケースもあるでしょう」
※PLANETS vol.9ではさらに、アジア各国と日本の比較、2020年東京パラリンピックの展望など、臼井二美男さんが語る競技用義足を取り巻く現状を掲載予定です。そちらもお楽しみに。
(了)
▼これまでに配信した「PLANETS vol.9(東京2020)」先取り記事はこちらから。
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