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東アジアのネット受容を探る――社会学者・張彧暋に「香港的インターネット」事情を聞いてみた ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.149 ☆

2014/09/02 07:00 投稿

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東アジアのネット受容を探る
――社会学者・張彧暋に「香港的インターネット」事情を聞いてみた
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.9.2 vol.149

今日のほぼ惑では、コミケのために8月いっぱいまで日本を訪れていた香港中文大学講師・社会学者の張彧暋(チョー・イクマン)さんに、「香港のインターネット」についての事情を伺いました。香港独特のインターネットの使い方と、そこから見えてくる中国本土や日本との文化・政治的風土の共通点、そして相違点とは――?

▼プロフィール
張彧暋(チョー・イクマン)
1977年香港生まれ。香港中文大学社会学研究科卒、博士(社会学)。同大学社会学科講師。「日本・社会・想像」「日本社会とアニメ・漫画」などを担当。専門は歴史社会学と文化社会学。鉄道史・鉄道オタクを研究し、最近は日本サブカル産業と流通、二次創作と著作権問題を研究。香港最初の日本サブカル同人評論誌『Platform』の編集長を務める。
 
▼関連記事
 
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◎聞き手:稲葉ほたて/構成:中野慧
 
 
■やっぱりICQは出会いに使われていた
 
――先日、PLANETSのBBQパーティでお伺いした、香港のインターネット事情が面白かったんです。今日は、張さんの目から見た香港ネット事情をざっくばらんにお聞かせください。そもそもインターネットに触れ始めたのは、いつぐらいからなんですか?

 97年に、当時私が通っていた大学のコンピュータ室にネットが導入されて、そのときにインターネットとメールができるように勉強し始めたのが最初です。大学ではやることがなくて、ネットで日本のアニメや電車といったオタク系のサイトばかりを見ていましたね(笑)。

ネット接続は最初はモデムだったんですが、99年か00年ぐらいにはもう光ファイバーが導入され始めましたね。これは日本と違ってかなり早いんじゃないでしょうか。

――日本の99年はADSLが開始した年なので、まだまだテレホーダイの時代じゃないですかね。香港はかなり早いですね。
 
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▲90年代後半以降、日本ではNTTが提供した23-8時までの時間帯で定額でインターネットを利用できるサービス「テレホーダイ」が人気となり、「テレホマン」と言われるAAも生まれた。
日本のFTTH(光通信)は、2001年に有線ブロドネットワークス(現在のUSEN)が開始。
 
 通信環境で言うと、97年はまだペイジャー(日本でいうポケベル)だったんですが、98-99年ぐらいにはもう携帯電話になっていました。日本と違って携帯電話にインターネット接続機能がなかったから、パソコンのほうのインターネット接続がすぐ光回線になっていったんですね。

01-02年はBBSやフォーラム形式の掲示板を使い始めました。その頃はICQも流行っていて、宇野さんとも親しい、我が香港悪友の小四(リトル・フォー)さんはICQを使った女の子のハンティングの名人でしたね。コピペでいきなり何百個の人に一斉送信して、しかも結構返事が来たり、デートできたりしていた。出会ってからいきなりブスとか……という英雄談は、00年代前半まで続いていました。
 
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▲ネットから拾ってきたICQの画面。ICQは、インスタントメッセンジャーの草分け的なサービス。
 
――ああいうメッセンジャーツールの系譜は、やはり「出会い」に使われるんですね(笑)。

 そうですよ。そのあと、MSNメッセンジャーに移って、最近はWhats AppとLINEですね。ちなみに、このところWhats Appは政府側の人々がよく動員に使っていますから、後で説明するGreat Firewallでブロックされていません。

ゼロ年代前半になると、ブログと同じ時季に、Xangaという日記サイトが流行りました。例えば、中学生ぐらいの子たちのあいだで交換日記のように使われていたんです。

そのあと、私自身はは05年から07年まで日本に留学していたので、ミクシィを始めています。実は、香港ではスマホが出現するまでSNSはあまり流行らなくて、Facebookがいきなり入ってきたイメージです。ただ、私はいまでもミクシィの方が使いやすいですけどね……。
 
 
改革派の独身男性が集まる「ホンコン・ゴールデン」
 
 ただ、むしろ香港でその時期から流行りだしたのは、「香港高登」(ホンコン・ゴールデン)というサイトです。これは一言でいうと、理性に溢れた明るい2ちゃんねるのようなものです(笑)。せっかくなので一緒に見ながら話しましょう。
 
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▲「香港高登」(ホンコン・ゴールデン)。サイトの右側は話題別のフォーラムになっている。一般用は「吹水区」(「喋りすぎて水を吹く」という意味)
 
ゴールデンはもともと香港で一番有名なコンピュータショッピングサイトだったんですが、今はもはや香港サブカルチャーの代表的な場所です。サイト内の「フォーラム」という場所でいろいろなおしゃべりをする文化が生まれ、その後は香港のネット文化を牽引する存在になりました。
 
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ゴールデンは会員登録をして利用するんですが、これはハンドルネームで登録することができます。男性ユーザーのことを「Brothers」、女性ユーザーのことを「Sisters」と言って、青い文字で表示されるのが男性、赤い文字が女性なんです。

――ハンドルネームの色で性別を分けるんですか。それにしても、なにやら日本人に馴染みのある文字のハンドルネームが多いのですが……。

 日本のポップカルチャーを使ったハンドルネームが多いんです。そこで話されているネタも、日本のコンテンツの話が多いですよ。

あと、アダルトビデオの女優さんの名前をつける男性なんかも多いですよ。私は、日本で一番グローバルな文化はAVだと思います。香港の男性には大変な影響力ですよ。波多野結衣さんにRioさん、つぼみさんも人気ですね。アダルトビデオに出演したらその後の人生が大変なので、日本以外の国ではなかなか女性は出演しないのです。

――いや、でも名前につけるのは想像を超えてます(笑)。でも、共産党下でここまでエロネタが公然とアリになってるのは面白いですね。

 むしろ共産党にとって、エロや娯楽は大事なガス抜きなんです。ですから、中国の本土なんて言論の自由もないし海外への接続もできない代わりに、いまやGreat Firewall(金盾:ジンドゥン=中国国内での検閲システム。グーグルやフェイスブック、ツイッターなどへの接続を遮断している。万里の長城の英語名「Great Wall」になぞらえている)に囲まれたエンターテイメントの楽園みたいになっているでしょう。日本のアニメ動画が大量に違法アップロードされているYoukuやTudouなどの動画サイトは、中国政府は積極的に放置していたりします。

大陸のインターネットは、完全に消費主義的というか、動物的なものですね。香港の人は、中国のインターネットというのは娯楽の場としてはいいけど、言論の場としてはありえないと思っています。

――香港のゴールデンは、昔の2ちゃんねるのような、独身男性の溜まり場みたいな感じですか?

 若い独身男性がメインユーザーですが、女性もいます。例えば、「女神」と言って、ゴールデン上で有名になった女性に、男性ファン(「観音兵」)がつくという現象があります。ゴールデンの女神たちは行動派で、デモなどの社会運動をやっていたり、選挙にも影響力を持っていたりしますね。彼女たちは大変に「意識が高い」のです。

――どこかの国の「女神」みたいにエロい写真でサービスする存在じゃないんですね……。

 でも、宇野常寛さんの「小人論」に繋がるような話題はあります。初めて宇野さんから話を聞いたときには、まさに女神と観音兵の間で起きている話だと思いましたよ(笑)。
 
 
香港のネットでも実況がブーム!?
 
――サービスを使っていくなかで生まれた、プラットフォーム運営者も想定していなかったような独自の「使い方」の文化ってあります?

 日本の2ちゃんねるでも行なわれている「実況」は流行っていますね。いま見たら、たとえばアメリカのNBAを実況しているスレッドがありますね。主に流行っているのはテレビドラマやアニメの実況です。

香港では、映画が70-80年台に世界中で人気を博し、勢いがありました。そこから80-90年代には文化の中心がテレビドラマに移って盛り上がったんですが、00年代に入ってめちゃくちゃつまらなくなってしまった。そうなってくると、画像をキャプチャして、みんなで「つまんないね」とか言って実況して笑ったほうが面白いですよね(笑)。

――「最近のテレビドラマは糞だな」とか言いながら実況するアレですか(笑)。

 現在の香港のテレビドラマって、本当に物語の構造がほとんど一緒になっていて、弁護士や医者などの職業の男性たちと、何人かの女性が痴話喧嘩をして、彼氏彼女を交換してを繰り返していくだけなんですよ。しかも、これをやっていると番組が終わらないので、終わらせようとするときは必ず一緒にバーベキューをするという法則があります。そうなると、実況は盛り上がりますよね。

――定番展開のテンプレが共有されているわけですね。

 全部ゴールデンでネタ化されています。こういうネタは日本と同じように、ネット上で成立過程などがまとめられていて、よく使われるキャプチャ画像なども整理されています。
 
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▲香港ネット民がよく使うというキャプチャ画像。淫夢的な何かを感じさせられます。
 
ちなみにWikipediaだと中国大陸の側からの編集攻勢が激しくなるので、この「香港網絡大典」にまとめられているというわけです。

――日本の中川淳一郎さんがよく「ネットユーザーは実はマスコミが大好き」みたいな話をしますが、香港でも、やはりテレビのようなマスコンテンツはネタ消費に最適なんですね。

そういえば、香港のネット関連で有名な事件といえば、「エディソン・チャン事件」(2008年1月、香港俳優のエディソン・チャンが、女性たちとのベッドシーンを撮影した写真がインターネット上に流出した事件)がありましたが……。

 そう、エディソン・チャンの写真流出騒動のときは、ゴールデンのBrothersがzipファイルで配って広めていましたね……。そもそも日本のアダルトビデオや美少女ゲームをBrothesがアップして、それをダウンロードするという文化があったんですよ。だからエディソン・チャン事件のファイルも、リンク先に行けば誰でもダウンロードできるようになっていたんです。

面白いのは、当時の警察やマスコミはこういう事件に慣れていなかったから、Brothersたちが共謀して「ファイルをダウンロードするには会員登録してください」というウソの情報を流して、警察がそれに釣られてしまい、警察側の情報がぜんぶ暴露されたりしていました。

――ううむ……理性のある2ちゃんねる……要は昔の「fusianasan」みたいなノリですね。

 そうですね。当然、警察も「こんなわいせつな写真を第三者に配布するのは法律違反です」と怒ったんですが、ゴールデンのBrothersたちは「第三者じゃなくて友達だったらOKですね」という解釈を行い、Brothersはみんなが友達だということでさらに拡大してしまいました。新しいPublic(公共)の誕生の瞬間ですよね。

――でも、共産圏の警察と聞くと、ついソルジェニーツィンの小説みたいなのを思い浮かべちゃいますけど、我々が想像しているよりはぬるくて安心しました(笑)。
 ちなみに、大体年2-3回、党大会や天安門事件の日とか、香港返還記念日に大型デモ発生する日とか、あるいは靖国参拝に抗議とか、敏感な時に中国大陸では日本の漫画やアニメのサイトが一斉閉鎖されるので、中国のネット住民は大変なことになります。あと、「エロ撲滅絶賛キャンペーン中」は一番やばいですね。みんなうつになる。

でもやはり中国共産党からすると、エンターテインメントとショッピングはガス抜き装置として重要だから、規制とかはせずむしろ基本的には放置です。

また、大陸発のショッピングサイトである「タオパオ」なんて、香港の人もよく利用しています。
 
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これは、ある意味では香港のネットにおける最大のエンターテイメントかもしれないですね。
このサイトで中国の山奥にある工場と直接対話すると、何でも作って配送してくれるんです。例えば、新作アニメのコスプレが欲しかったら、このサイトから直接交渉すれば大変に安い価格で数日後には届きます。日本のECサイトのような面倒な会員登録作業も要りません。

――もはや著作権も特許もあったものじゃないですが(笑)、凄いなあ。四次元ポケットみたいですね。

 だから、3Dプリンタなんて要らないんです。安い分、品質はそれなりですが。
 
 
プラットフォームと政治思想の結合
 
 もちろん、ゴールデンのBrothersたちはエロ一辺倒ではなく、同時に政治の話もしたりしていますよ。
 
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▲ゴールデンのフォーラム。若月佑美、梅田彩佳を名乗る人がスレ立てをしているようです……。
 
中国大陸では05年ぐらいからインターネットが流行り始めて、香港-中国間での衝突もこのあたりを境に始まります。それから以後は、香港や中国の政治社会状況は、ある意味、ネットにつられていくようになっていきます。
 
そもそも、香港ではみんなオフィスで平気でネットをやるんです。お陰で、宇野さんの言うような「昼の世界」と「夜の世界」の区別なんて、香港ではあったもんじゃなかったです。
ただ、それでも、やはりスマートフォンの普及で携帯とネットが接続してからは、ネット文化の一般化が本格的に進んだなと思います。iPhoneが登場するまでは、日本と違ってケータイでネットが出来ませんでしたから。実際、香港では天安門事件の記念集会が毎年あるのですが、08-09年に人が急に増えだしたんですね。これは明確にiPhoneの影響だと思います。

その中で、Brothersたちは一定の発言力を持っています。例えば、議会にBrothersの政党から既に1名や2名ぐらい入っています。彼らは国会の討論でネット用語を使ったりしますね。

――日本で言えば、ネットユーザーが政党を作って国会で「草不可避ww」とかやる感じですかね(笑)。

 まあ、僕も大学の講義でネット用語を使って若者ウケを狙ったりしますから、ああいうノリですね。

他にも、ブロガーの方でも、面白い人が何人かいてオピニオンリーダーになっていますね。彼らのようなネットの言論人は、いまの香港の政治評論のなかでは最も力強いです。彼らは、普段は中学や高校の先生をしていたりします。

――市民ブロガーが、本当に一国の言論に影響を与えているんですね。

 香港の今のネット文化はフェイスブックがメインなので、ブログとフェイスブックがリンクされて、有力ブロガーの言論活動が拡散されたりします。

また、それとは別に香港討論區(ホンコン・ディスカッション)という、親北京派というか、生活保守的な討論サイトがあるんですよ。要はアグネス・チャンの集まり(笑)
 
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ここは結婚で階級上昇を考える若い女性や、子どもの教育を第一に考える中年男女が多いですね。ゴールデンは民主・人権が大好きで政治的にはリベラルなのに対して、ホンコン・ディスカッションは政治的には生活保守です。
日本の2ちゃんねるは男性文化だけど、そこまでリベラルという感じではないし、女性たちの意識も日本のほうがリベラルだと思います。ゴールデンとしては、ホンコン・ディスカッションは敵ですね(笑)。
 
 
ネット文学、ネット言語が続々と誕生

――中国本土のネット小説人気は有名ですが、香港ではどうですか?

 ネット文学で出てきた小説家がネット言論を担ったりもしていますね。最近では、「向西村上春樹」という人の『一路向西』という作品が大ヒットして、映画化もされています。「西に向く村上春樹」というペンネームですね(笑)。

もともとゴールデンのスレが発祥で、(香港島近くの)深圳・広州に行って、綺麗な中国大陸の女性を買いたいんだけど、なんとなく乗り気じゃないみたいな話です。そこから発展して小説や映画にもなりました。

他にも、有名なコピペもたくさんあって、コピペから映画化されたのもあります(笑)。
 
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――日本でいうと『電車男』ですかね。むしろ、2ちゃんねるまとめで話題になるような「明らかに釣りだろ!」みたいな感じの"実話スレ"に近い印象ですが。
 

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