「円の価値を大暴落させれば東京オリンピックは自壊」
――経済学者・田中秀臣が2020年の"経済テロ"を考えてみた
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.8.26 vol.144
http://wakusei2nd.com

今年の秋〜冬頃に発売予定のPLANETSの新刊「PLANETS vol.9」(以下、P9)。特集を「東京2020」とし、2020年の東京とオリンピックの未来図を描きます。


この「P9」は、以下の4パートで構想されています。
「A」=オルタナティブ(僕らが考えるもう一つのオリンピック/パラリンピック)
「B」=ブループリント(2020年の東京、その未来都市の青写真)
「C」=カルチュラル・フェスティバル(日本ポップカルチャーの祭典)
「D」=ディストラクション(セキュリティ意識喚起のためのオリンピック破壊計画)
 
▼参考記事
 
今回のほぼ惑では、「D」=オリンピック破壊計画パートのプレ企画として、経済学者の田中秀臣さんにインタビューを行いました。もっとも効率よくオリンピックを破壊できるのは、物理的攻撃ではなく、「経済的な内破」だった――!? 田中さんが温めていた「経済大国ニッポンの象徴」を破壊するためのプランに迫ります。

※本記事で語られる内容はすべてフィクションであり、実在の人物・地名・団体とは一切関係ありません。
 
◎聞き手:中川大地・稲田豊史/構成:葦原骸吉
 
9cf7065fc6dfae9d1aab44679e7013f9a1daecae
▼プロフィール
田中秀臣〈たなか・ひでとみ〉
1961年生。上武大学ビジネス情報学部教授。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。著書に『日本経済は復活するか』(編著)『日本建替論』(麻木久仁子・田村秀男との共著、以上藤原書店)『昭和恐慌の研究』(共著、東洋経済新報社)『経済論戦の読み方』『不謹慎な経済学』(以上講談社)『経済政策を歴史で学ぶ』(ソフトバンク)『雇用大崩壊――失業率10%時代の到来』(NHK出版)『デフレ不況』(朝日新聞出版)『「復興増税」亡国論』(上念司との共著、宝島新書)など多数。
 
 
■「五輪を破壊するテロリスト」はどんな奴なのか?
 
――今回のインタビューでは、「もし2020年の東京オリンピックを潰そうとするテロがあるならどういう風にやるか」あるいは「どういう思想的な動機があるのか」といったシミュレーションを、経済学者としての田中秀臣先生の視点から伺えればと思います。

田中 ぼくが思うのは、やっぱり「どこかの国から来たテロ組織がオリンピックの施設を爆破する」なんていうのは、話として簡単すぎるってことなんだ。「テロの経済学」というものがあるんだけど、意外と貧困層のテロリストって少数派で、むしろ高学歴・高所得者層から生まれやすいんだよね。

テロの動機は経済的な貧困よりも、オウム真理教みたいに「新しい世界を創る」というようなカルト的な目的がある方が多いわけ。日本だと1970年代に三菱重工の本社を爆破した「東アジア反日武装戦線」のメンバーもそうだし、アルカイダをつくったオサマ・ビンラディンやキューバ革命に参加したチェ・ゲバラもそうだよね。「貧困から生まれるテロ」というのは陳腐なシナリオなんだよ。

――本当にその国にとって脅威になるテロを起こすためには、教養がないといけないですよね。動機は、たとえば再開発への反対とかエコ的なものなどでしょうか?

田中 ぼくは1964年の前の東京オリンピックのとき、四谷の新宿通りに家があったんだけど、「オリンピックで道路の拡張するから」ということで立ち退かされたんですよ。当時2歳ぐらいで、最後に家を出るとき、白黒アニメの『鉄人28号』をやってたの。で、「これを見てから出る〜」って言い張ったんだけど、最後まで見ることができなくてすごく口惜しかった。

――なるほど。その「50年前の恨みをぶつける」というのがテロの動機でもいいかもしれないですね。ちょっといいドラマになりそうですし。

田中 じゃあ、犯人はぼくがモデルってことで(笑)。そいつが成長して経済学者になって、安倍首相サイドの経済ブレーンを務めながら、表面上はオリンピックに協力する政策を推進しつつ、じつは日本経済を混乱させるテロを仕組む、と。レーニンも「国家転覆させるにはインフレだ」って言っているし、ジンバブエみたいに日々の買い物に札束が山ほど必要なハイパーインフレになれば、日本はおしまいだよ。

――これ、ほんとうにドラマのシナリオになりますよね。犯人は幼少期に心の傷を負った経済学者であった、と。

田中 そうそう。で、最後にそいつは、夢も実現しようとするわけだよ。オリンピック関連のモニュメントとして、鉄人28号の銅像を湾岸あたりに造らせちゃう(笑)。

――経済や金融を狙ったテロって、過去に存在するんですか?

田中 ないです。でも、テロが起こってなんらかの経済体制が変わるということはありうる。昭和初期の2.26事件では、決起した青年将校に蔵相の高橋是清が暗殺されて、それで財政に歯止めがかからなくなった。

暗殺される前の高橋是清は、財政と金融を適度に組み合わせて、リフレでによる昭和恐慌からの脱却を進めていた。でも必要以上にリフレをやると、ただの無駄なインフレになっちゃうから、今度はそれを引き締めるために財政を緊縮しようとしてたんだ。そうやって不況対策を頑張って、農村対策もやろうとしてたんだけど、農村出身の軍人からは理解されずに国賊扱いされてたわけ。それで暗殺されちゃったから、経済の歯止めがきかなくなって、それが戦後のハイパーインフレにまで繋がっているんだ。
 
 
記念硬貨による経済混乱
 
――やっぱり、暗殺でも爆破でも単発的なテロでは、ちょっとした象徴破壊ぐらいにしかなりませんね。

田中 今なら東京スカイツリーを爆破して倒してしまうとかなのかな。それはある意味、怪獣たちがかつて東京タワーを何度も破壊したように、ヴィジュアルとしてはわかりやすいかもしれないけどね。もちろんそんなこと現実に起こったら大変なことだけど。

――でもスカイツリーだと、昔の東京タワーとかに比べたら象徴としての力が弱いですよね。もっとわかりやすい象徴破壊の対象ってありますか?

田中 あります。オリンピック記念硬貨を発行する。

――記念硬貨ですか。

田中 1964年の東京オリンピックでは、記念の100円銀貨と1000円銀貨が発行されて大好評だった。1999年に発行された天皇陛下御在位10年記念1万円金貨も大人気だったよね。そこで、今度は天皇の刻印がついた100万円硬貨と10万円硬貨を政府が発行するんだよ。ところが、それが日本の経済規模をはるかに上回るくらい発行されてしまう。国債の裏付けなしに、まさに子ども銀行のおもちゃのコインと同じ原理でね。こういういことが起きると経済は大混乱になるよ。

『鉄人28号』が観られなくて傷ついた過去を負っていた経済学者。……っていうか、ぼくが、それを仕掛けて、共犯者には財務省の財務官がいて、記念硬貨を発行する。この財務官は、そう、榊原ゆきおって名前にしようか。

――その榊原という名前にはモデルがいるんですか?

田中 昔、偽造されやすい記念硬貨を発行したといわれる元大蔵官僚/経済学者に、榊原英資っていう人がいるんだ。その人のパロディにしたいなと思ってね(笑)。

――実際、記念硬貨で使われている地金(じがね)自体の価値は、額面に対して意外に低いわけですよね。

田中 いいところに気づいたね。硬貨の製造費自体はそんなにかからない。その榊原氏が手がけたといわれてる天皇陛下御在位60年記念硬貨も、額面が10万円でも製造費は4万円ですんだ。なので当時、数千億円の差額収入が国庫に入ったんだ。でもそんなに儲かる硬貨で、偽造しやすいとなると、やはり偽造硬貨が出回ってしまい、一般的には大失敗といわれている。いかにもテロっぽいイメージとしては、財務省の造幣局とはまったく別のところに秘密の造幣所があって、そこで猛烈な勢いで10万円硬貨と100万円硬貨が造られてくわけだ。しかもこれは偽物ではなく秘密につくられた本物だってところがポイント。本物の通貨を作り出して大量に市場に流していくわけ。

――それ、『ルパン三世 カリオストロの城』の地下のニセ札工場みたいですね!

田中 そうそう! その記念硬貨には天皇の菊花紋章が入っている。スカイツリーどころではない日本最大の権威と伝統の象徴だよ。おかげで、政府も「10万円硬貨、100万円硬貨は高額すぎるのではないか?」と難色を示すんだけど、おいそれと発行を止めることもできない。ネトウヨが文句を付けてきたりしてね。

――実際のネトウヨは、中国・韓国へのヘイトはすごく強いのに、天皇家に対する崇敬がまったく足りていない気がしますが……。

田中 たしかにそうだね(笑)。まぁ、そこのリアリティは置いておくとして、記念通貨が一国の経済規模を超えるくらい発行されてたせいで、それまであった通貨への信用がいきなりなくなったら、衝撃はやっぱり大きいよ。円の価値が大暴落してしまう。

――なるほど、まさに日本の象徴=「円」が失墜して、経済も破壊されてしまいますね。
 
 
振り込め詐欺ならぬ“現金振り込みテロ”

田中 円の価値を破壊するテロなら、国民に大量の現金をばらまく手もあるよね。

――公明党主導で実施された「地域振興券」のようなものですね。

田中 「国民の消費を刺激する」という名目で、オリンピック記念手当というバラマキを行うわけだよね。これなら、実際に記念硬貨とか紙幣を発行せずに実行できる。国民みんなの口座に現金を振り込めば、日銀を通さずに巨額のお金を発行したことになる。

――それはどうやるんですか?

田中 今、納税者番号制度とか国民総背番号制度が進められてるじゃない。ネットから納税できる国税電子申告・納税システムのe-Taxならすでにあるわけだし、あれを利用するんだよ。「登録すれば必ず国民一人あたり1万円のオリンピック手当が貰えます」とか言ったりして、みんな登録しないといけないというふうに誘導する。

――国民としては反対する理由がないですね。

田中 それで、一人あたり1万円ぐらいの金額のはずだったのに、テロリストの経済学者と共犯の財務官が、e-Taxのシステムをハッキングして、国民みんなの口座にいきなり一人あたり1億円を振り込む。そうすると間違いなくハイパーインフレが起きる、というわけ。

――国民はみんな「おかしいな」と思いつつも、とにかくバカみたいにお金があるからって使っちゃうわけですね。

田中 まあ、使う使わないは抜きにしても、国民全員の口座ににそれだけの金額が振り込まれちゃうと、紙幣の単価が大きく切り下がるのと同じことになる。まさにハイパーインフレーションが始まる。そんなことになれば国際社会から円が信用されなくなる。国民が引き出すのを防ぐために預金封鎖とか、銀行を休業して対応しようとすると、大規模な銀行取付けが起きる可能性があるので、おいそれとできない。政府の対応が遅れれば遅れるほどインフレはどんどん高まっていき混乱は広がる。

――振り込め詐欺じゃなくて、振り込まれテロですね。これって、国家から通貨発行権を簒奪するみたいなことでしょう。円に対するテロって、要は国家の一番の生命線に対するテロですよね。

田中 で、この日本経済破壊テロの準備が、経済学者と共犯の財務官の手によってオリンピックを6年後に控えた現在からすでに仕組まれてるわけだ。
 
 
犯人と共犯者のヒミツの関係
 
――テロを仕組んだ経済学者は、どうやって財務官を共犯に抱き込んだんですか。

田中 実は、二人は昔からボーイズラブの関係だった、ってことでどうかな。

――(爆笑)

田中 オリンピックによる立ち退きで『鉄人28号』を観られなかった経済学者……っていうか俺は、その後小学校に入ってから、将来財務官になる榊原くんと一緒に『ひみつのアッコちゃん』だけは一緒に観ていたわけ。

最初のきっかけは何かというと、小学校1、2年ぐらいのとき、財務官になる榊原くんがおもちゃ屋でアッコちゃんの変身コンパクトを万引きしてポケットに入れたのを目撃してしまう、という。そこで共犯関係が芽生えるんだ。お店を出たら、その榊原くんが「見てたな。よし、ちょっと来いよ」と言って自分の部屋へ誘う。すると、榊原くんの部屋には、もうアッコちゃんの着せ替え人形とか、本物そっくりな衣裳とかがあるわけだよ。

――禁断の趣味ですね。

田中 今でいう「男の娘(こ)」ね。しかも当時としては絶対理解されない。でも『鉄人28号』が観られなかった彼は、将来財務官になる榊原くんがアッコちゃんのコスプレをする姿に萌えるんだよ。そこで思わず抱きついてしまって、生まれて初めて勃起する。

――(大爆笑)

田中 その時、歴史がつくられたんだ。

――ホモセクシュアル版『20世紀少年』みたいですね……。

田中 そもそも、ショタって言葉の由来は、『鉄人28号』に出てくる、いつも半ズボンをはいてる少年の金田正太郎じゃない。『鉄人28号』という作品には、そういうBL的な要素が隠れてたわけだ。

経済学者になった彼は当時は自覚はなかったけど、本当は鉄人じゃなくて、正太郎が好きで『鉄人28号』を観ていたことが後に明かされる。「ロボットじゃなくてそっちが好きだった」と。

――いやあ、でもショタコンって、ここ10〜20年のオタク系を含むジャパンコンテンツの中でも重要な概念の一つですからね。それがテロの元凶になるわけですか。性的な動機、それも同性愛がテロの根幹にあるとは……深いですね。

田中 だから共犯関係ができるわけよ。特にその、アッコちゃんに扮してた男の娘の方は、ずっと従わざるを得ないわけよ。なにしろ主と従で、従になっちゃってるから。

――東京オリンピックに漫画やアニメのネタを絡めるにあたって、2020年の東京オリンピック開催を予言した大友克洋の『AKIRA』ではなく、そのオマージュ元ネタになった横山光輝の『鉄人28号』を持ってくるとは素敵ですよね。

田中 そういえば、『AKIRA』の金田は金田正太郎、アキラは通称「28号」、アーミーの大佐は敷島博士がそれぞれモデルだったっけね(笑)。
 
 
崩れ去る鉄人28号とテロリストの最期

――それで、この経済学者のテロリストは最後どうなるんですか?

田中 彼はオリンピックにかこつけて、本物の鉄人28号を造らせちゃうんだ。実際、俺らの世代だと、じつは『鉄腕アトム』ってそんなに人気がなくて、1964年の東京オリンピック当時は『鉄人28号』がブームだったんだ。なぜ鉄人28号の像を造るのかというと、そうだな、惑星開発委員会という団体がオリンピックに関連した文化的なイベント企画とかを引き受けて「2020年夏休み計画」というプロジェクトを行う。そこに政府が多額のお金を出資するわけだ。

――惑星開発委員会って(笑)。彫像じゃなくてほんとに動く物を作るのはどうですか? 今の実写版『機動警察パトレイバー』みたいに。

田中 それもいいかもね。しかも、鉄人28号以外にも、ジャイアントロボとかマジンガーZとか、ガンダムだとか、歴代の巨大ロボットを実物大で造っちゃうんだ。

――前の東京オリンピックのときに大人気だった鉄人28号を筆頭に、60年代からゼロ年代まで50年間の歴代の日本の巨大ロボットを造るという企画にして、ジャパンコンテンツのものづくりの見本にするわけですね。これだったら必然性があると思います。

田中 そうそう。実際ロボットブームが起こってるからね。それを惑星開発委員会が政府のオリンピック委員会に提案するわけだ。

――なるほど、前のオリンピックから今のオリンピックまでという区切りで、巨大ロボットミュージアムのようにする。『超時空要塞マクロス』のVF-1バルキリーとか、エヴァンゲリオン初号機とか、たとえば『トップをねらえ!』のガンバスターとか全高200メートルもありますけど、そういうのもアリですか?

田中 もちろん造っちゃう。だって、政府のオリンピック関連方針ではお金をいっぱい使わなきゃダメってことになってるから。ただ、そのキーになるのは俺の実体験だからね。ぼくの世代にとっては『鉄人28号』がリアリティのあるものだったけど、それがまさにオリンピックのお陰で観られなくなった。同じような奴がいっぱいいたと思う。で、ぼくをモデルにした経済学者のテロリストが、開会式で鉄人を動かそうとするわけ。

――なるほど、鉄人といえば「♪いいも悪いもリモコンしだい」ですから、悪者の手にコントローラーが渡って、鉄人が暴れるわけですね。

田中 そう、開会式で金田正太郎に扮した少年が実物の鉄人を動かすことになってたんだけど、その経済学者が眠り薬か何かで正太郎くん役の男の子を動けなくして、自分が半ズボンをはいて金田正太郎のコスプレで鉄人のリモコンを持って出てくるんだよ。

――それで観客も「あれ? 少年じゃなくておっさんだ」と驚くわけですね。

田中 ところが、ここで鉄人は大音響を立てて崩れ、半ズボンをはいた経済学者のおっさんの上に倒れてきて、彼はその下敷きになってしまう。

――!? いったい何が起こったんですか?

田中 東京オリンピックのためあちこちで強引な再開発が行わて、そのせいで労働者の人手も不足して手抜き工事が横行していた。それで鉄人ばかりでなくほかの歴代ロボットたちもガラガラと音を立てて崩れてしまう。

――象徴破壊という意味では強烈なヴィジュアルですよね。高度経済成長期以来、日本の正義を守ってきた巨大ロボットを全部なぎ倒す――これは、日本のこの50年間を破壊するのにも近い。

田中 まさに日本のものづくりの権威も失墜、だね。

――これは押井守に撮ってもらいたいですね。このあいだの実写版『機動警察パトレイバー』の映画も、「二足歩行ロボットにこだわりすぎて日本はガラパゴス化してしまった」という皮肉を唱えつつ、劇中でそう言ってる千葉繁が一番二足歩行ロボットにこだわっていました。

田中 こんなシーンが映像化されたら、日本の公共事業の乱脈ぶりの負の側面を象徴的に描くことになるよ。でもね、これはただのフィクションじゃない。実際、今の公共事業は供給制約が深刻になって、予算執行ができないんです。公共事業をやりすぎて人手が足りなくなって、だから外国人労働者を入れよう、という話になっている。

――そう考えると、これは怖いシミュレーションドラマですね……。完成度の高い妄想フィクションを、ありがとうございました。
 
(了)