なぜアイドルにはステージが必要なのか?
濱野智史×真山緑が語る
現代アイドル文化の最前線
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.5.2 vol.64
http://wakusei2nd.com

今朝の「ほぼ惑」に登場するのは、ミュヲタの真山緑さんとAKBヲタの濱野智史さん。男性アイドル文化と女性アイドル文化の両巨頭とも言えるジャンルの二人が語り合います。現代のステージビジネスの最前線が見えてくる対談です。

近年、男女問わずアイドルは空前の盛り上がりを見せています。ミュージカル『テニスの王子様』をはじめ幅広く男性アイドル文化に詳しい編集者の真山緑さん。年間300回もの女性ライブアイドルの現場に足を運び、この春にはアイドルプロデュースを始めることも発表した批評家の濱野智史さん。ともにアイドルにハマる二人が男女の垣根を超えてアイドル論を語り尽くしました。
 
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▼プロフィール
濱野智史(はまの・さとし)
1980年生。批評家、株式会社日本技芸リサーチャー。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。専門は情報社会論・メディア論。著書に『アーキテクチャの生態系』(NTT出版)『前田敦子はキリストを超えた−〈宗教〉としてのAKB48』(ちくま新書)等。現在、アイドルファンとして、300本以上のアイドル現場に日常的に参戦。そして2014年、自らアイドルグループを立ち上げることを発表した。
 
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真山緑(まやま・みどり)
雑誌編集者。TERMINALにてテニミュを中心に、2.5次元ミュージカルやそこから広がる舞台・若手俳優などについて語るZINE「PORCh」(ポーチ)の編集・発行に関わっている。TERMINALに関する詳細はブログにて、
http://terminalporch.blog.fc2.com/ 「PORCh」はZINE書店Lilmag(http://lilmag.org/)にて購入可。
 
◎構成:稲垣知郎+PLANETS編集部
 
 
■テニミュの何が面白いのか?
 
濱野 今回のテーマはミュージカル『テニスの王子様』(以下、テニミュ)に代表されるような舞台系ミュージカルアイドルです。自己紹介をすると僕は2011年ごろにAKBにハマって、去年からは主に“地下アイドル”と呼ばれる規模の小さいアイドル現場に通っています。規模で言うと、Twitterフォロワー数1000も行かない人はざら、現場に50人のヲタがいれば「お、今日は多いな」なんていうようなところです。僕はドルヲタのタイプ的には「レス厨」「接触厨」に分類される人で、ちょっとでもお客さんが増えるとレスが来なくなるのが嫌で、150人の箱でも後ろのほうだとモチベ下がって萎えるような奴です(笑)。

そもそも女性アイドルより男性アイドルの方が、アイドル文化として歴史が長いですよね。なぜかといえば、近代社会が前提にしていた性差分業、つまり男性が外で働いて、女性は家事子育てをする、という図式があって、後者の女性たちが家でテレビを見て疑似恋愛的にイケメンにハマるのがアイドルだった。それが最近だと性差分業も崩れて、男性も結婚しなくなってきて、会いにいける女性アイドルが増えてきた。アイドルの変化の背景には、必ず社会の変化があるのだと思います。

ということで、僕は「男性ヲタ・女性グループアイドル好き」なのですが、きょうはそのちょうど逆である「女性ヲタ・男性舞台系ミュージカルアイドル(ステージアイドル)」の現在と、なぜ・どんなところにハマるのかといったところを比較していけるといいなと思っています。たぶん、同時代に起こっていることだから、必ず並行している部分と、でも全く違う部分がそれぞれあると思うので。

真山 私は普段、編集の仕事をしながらテニミュを始めとした若手俳優とその周辺の舞台を追いかけています。構造的に面白いのかなぜか女性編集者にはテニミュのファンが多くて、同業の方に「テニミュ面白いよ」と連れていかれてハマったのがきっかけです。「テニプリ」の物語の2週目となる2ndseasonの最初から観られたというのも大きかったですが、元々お笑い芸人や野球選手、ジャニーズ系のアイドルのファンだったのもあり宿をとって遠征に行く段取りも慣れていたので、一気にハマりましたね(笑)。

濱野 ちなみにテニミュについては、僕はニコ動のあの空耳動画(あいつこそがテニスの王子様)で知っていた程度です。いや、実は僕はこの動画がまじでニコ動の歴代の作品の中でもトップクラスに入るほど大好きで、何度見返したか分からないほどです(笑)。たぶん、テニミュヲタの方はあの動画の存在を苦々しく思っていると思うのですが……、すみません(笑)。でもやっぱり、あの動画から入る人もいるんですか?

真山 そうですね。テニミュの観客が一気に増えた2006年ごろに空耳動画も流行ったので、そこから入った人もかなりいると思います。ただ滑舌や未完成さを嗤うものが多いので、ある意味タブーとされていてあまりいい印象は持たれていないようです。

濱野 そうなんですね。テニミュにかぎらず、アイドルがたくさん出るステージって、最近は女性アイドルの側でも増えてきたという印象があります。僕もアリスインアリスの作品とか、自分の推しメンが端役で出ているようなものに何回か足を運んだことがあります。そこで気づいたのは、とにかくアイドルの演劇って、ビジネスの要請上、「やたらと出演者数が多くて、才能も中途半端な人もガンガン出す」ということなんですよね。テニミュもそうだったと思うんですが、歌もうまくない人が多いし、滑舌も悪い。だから空耳の格好の「素材」になったわけですよね。でも、それが跡部様になるとめっちゃうまいから空耳できねえ!!!となってみんな「跡部様ぱねえええ」みたいな感じで逆に沸いてしまうという(笑)。
 それはさておき、僕もアイドルの演劇は見たのですが、最初の感想は「レスがなくてつまらない」でした。はるきゃんが出てた「千本桜」を最前で見ることができたんですが、レスが全くなくて非常に残念でした。超当たり前なんですけど(笑)。

真山 演劇って普通は目線の位置はあっても、観客は見ちゃいけないですからね。

濱野 そうなんですよね、基本、ステージと客席は截然と切り離された世界なので、当然レスなんかしちゃいけないわけですよ。だから最前なのにレスがこない、と最初はあまり興味がわかなかったんです。でも、アリスインアリスの演劇で、テレパシーというアイドルの推しメンが出てたんですが、そのとき、客席にいる自分にちらっと気づいたっぽかったんですよ。その子のファンは数人しか来ていなかったので、そうするとわずかにレスがある。これは楽しかった(笑)。

真山 それは来るところまで来てますね(笑)。テニミュだけでなくほかの舞台もそうで、誰が客席に来ているとか普通わかんないんですけど、かなりの回数通っている人たちはカーテンコールとかなら本人からも気づいてもらえることがあるみたいです。それこそ全通とか8割入ってるような人ですけど。

濱野 それはすごいですね。テニミュにレスや接触はないんですか?

真山 公演中だと、公演のアンコール曲で客席降りしてハイタッチすることはありますが、基本的に一対一のコミュニケーションはほとんどないと思います。ウチワやペンライトもないですし。ただ、2ndseasonに入ってDVDやCDの発売タイミングに握手やハイタッチのイベントは開催されるようになりました。

濱野 なるほどね、接触はかなり絞ってるんですね。内容的にはどのへんが見どころなんですか?

真山 原作よりか俳優寄りかでもだいぶ違うんですが、自分が感じているテニミュの面白いところは、舞台では同じ試合を毎日やるので、当然ですが試合に勝ち続ける人、負け続ける人がいます。そうすると最終日の挨拶で、キャストが「このままやったら勝てるんじゃないかと思ったけど、勝てなかった」と悔し泣きをしたり、「毎日チームメイトが負け続けるのを見るのが辛かった」と言ったりするんですよ(笑)。公演数を重ねる中で、演じている方も本当の試合をしているような感覚になるんですよね。つまり、役者自身がだんだんテニミュの役に入り込んでいってしまう、そのキャラクターと役者の関係性が面白いです。本人が書くブログも演じているキャラクターっぽくなっていったりほかの役者との関係性もキャラの関係性に寄っていったりするんですよ。
濱野 なるほど。「演劇は生で観るもの」という一回性もあるけど、脚本があって毎回同じ話を繰り返すから、「一回性のあるループもの」という見方も出来るわけですね。たまたま来た観客にとっては一回性があるだけですが、役者にとっては同じ脚本を何度も演じているわけで、どんどん演じているキャラクターに没入していく、と。

真山 同じシナリオを70回以上もやり続けていますからね。あと、ループというお話で思い出しました。テニミュは今物語の2周目に入っているわけなので、同じキャラクターを別の人がやることになるんです。ところが、跡部景吾役の先代キャストがあまりにも人気だったりすると、ファンが跡部役に要求する合格点がすごく高かったりする。ただでさえ跡部は人気キャラクターというのもあり、当然ですが初日には人によっては「この跡部は私の跡部じゃない!」となる。でも、そこから何十回も公演を重ねてキャストも「跡部」になってゆくことで「今日の跡部は最高だった!」とファンから認められてゆくようになったりするんです。
 
 
テニミュは2次創作ではなく、1.5次創作だから面白い
 
濱野 テニミュには握手会のような接触イベはほとんどないから、AKB以降の「会いに行けるアイドル」とは一見逆行しているように見えますが、「成長していく、変化していく、まっさらなものに色がついていく」という過程を楽しむという点は共通しているんですね。AKBはいわゆる普通のアイドルとは違い「一回性のあるループ」としての劇場公演がある。だから“古参”と呼ばれる古くからのオタクは、劇場公演を見て「昔はこんなんじゃなかった」と新しく入ったメンバーをよくdisってますから、同じ構図ですね(笑)。逆から言うとテニミュは、握手会はないけど「劇場公演だけがあるAKB」という感じなのかも。

真山 距離感としては近いものがあると思います。あと、テニミュのハイタッチ会はキャラクターとしてではなく、あくまで演じているキャストとしてやるんですよ。結局、キャラクターだと作者である許斐剛先生が作ったキャラ設定を忠実に守る必要があるので、ハイタッチ会のような一対一の場ではキャラクターとしてファンに応えられないんです。
でも、私がいちばん面白いと感じているのは、マンガの登場キャラクターとミュージカルを演じるキャストをファンが勝手に重ねあわせていくところなんですよ。許斐先生が続きを描かない限り、原作に「公式の」続きは生まれませんが、テニミュのキャストがチームメイトたちとの日常を自身のブログや公式ブログに載せたりすると、ファンにとってはマンガのコマの外の日常が描かれている錯覚が生まれるんです。つまり、もしマンガのキャラが実際にいたら、こういうことをしていたかもしれない、という日常が生まれる。「今日は◯◯◯とご飯を食べに行きました」とブログに書くだけで、キャラクター同士の日常と錯覚できるんです。

私もよくキャストのブログを読みますが、公演は毎日あるし、地方へ公演に行くとけっこうキャストはみんないっしょに過ごすことが多いんです。そこでキャラクター同志、キャスト同士の関係性を深めることで、面白いことに地方公演に行って帰ってくるとキャストの演技がすごく変わってたりする。もちろん舞台自体の楽曲や振付の完成度の高さや構成の面白さがあってこそ何回も観られるわけですが、そうやって、キャストを定点観測して成長を見守る面白さもありますね。

濱野 漫画やアニメの2次創作はそれぞれが自分の妄想を書くから楽しいんだけど、テニミュの場合はキャラになりきったキャストたちがブログを書くだけで、勝手に2次創作が生成されていくのだ、と。なるほどそれは効率がいいプラットフォームですね。素晴らしいな。

真山 原作となるマンガは許斐先生が書かないと続きは出ませんよね。そのマンガをもとにして誰かが2次創作したとしても、それは本物ではありません。ところが、テニミュは許斐先生の原作をベースにやっている「公式」なので、そこから派生しているものは半公式ともいえる状態になるんです。こういった漫画やアニメ原作の作品は、2次元を肉体のあるキャストが演じるので、声優さんと同じように2.5次元と言われます。2次元の漫画から飛び出した0.5の部分が、人を深みにはまらせる隙間を生み出しているんだと思います。

濱野 2次創作ではなく、キャストのブログを通じて「1.5次創作」をしているような感じなんですね。

真山 テニミュがすごいのは、キャラでだけでも推せるし、キャストだけでも推せるので、いろんなハマり方ができる。最近はやりの「沼」っですね…ハマったら底なし沼です(笑)。

濱野 沼ですか(笑)。僕もAKBの古参ヲタの人に、どこの現場いっても一人や二人は見知った古参ヲタがいて、「古参の人ってヲタ活辞めないんですか?」って聞いたことがあるんですが、「ヲタ辞めるのは死ぬか引っ越すときだけです」と即答されました。地下アイドルもまさに沼って感じで、僕も一向に抜け出せる感じがしないので、そこは同じですね(笑)。
 
 
徹底した虚構がジャニーズを超える日
 
濱野 なるほど、テニミュのアーキテクチャは素晴らしいということがよくわかりました。ただ、接触厨としては、なぜ握手会とかをやってくれないのか、という気持ちになります。テニミュを「接触あり」化したら、もっとドカーンと売れるんじゃないか。いま聞いていて、僕はそんなことを思いました。
 そもそも、いま女性のアイドルは地方を含めてたくさんグループが出ているのに、なぜ男性アイドルはそうならないのでしょうか。これまでアイドルとキャラクターの話をしてきましたが、ジャニーズはこの議論の外にいますよね。

真山 おそらくジャニーズだと元々のキャラがない…というかそもそものキャラを持たずに活動して徐々にキャラを作り上げていくタイプだからなのではないでしょうか。それはまた別だと思うんです。名古屋のおもてなし武将隊もそうですがそういったものに素直にハマれないひとたちにとっては、キャラをつけてお膳立てしているとファンになる敷居が下がるんですよね。テニミュと同じネルケプランニングが作っている作品で、徹底的にキャラ設定をお膳立てしている舞台があります。それが「プレゼント◆5」です。