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第6回  二人だけの時間

ぼくは手持ちのカバンにスケッチブックとマジックを忍ばせては劇場公演に臨み、機を伺っていた。なかなか最前に座れる機会はなかったが、ついにその時はやってきた。抽選で4巡目に入場することができたのだ。狙ったとおり、下手側最前列・柱外4つめの席に座ることができた。

それはオープニング、「青春ガールズ」イントロで一気に劇場が明るくなる瞬間である。この時、本当に目と鼻の先とも言えるような距離で小林香菜と対峙するのだ。そこで前もって準備したスケッチブックを見せる。そこには「香菜ちゃん、また来ちゃった」と書いた。まあ今思えばどうしようもなく恥ずかしいが、いい加減ぼくのこと知ってるでしょ?という確認や、香菜のことが好きすぎてまたこの場所に来ちゃったよ(でもそんな自分が嫌いじゃない)というアピールとを含んだ渾身のメッセージだった。名前を書いたことも重要であった。ひと目で自分宛のメッセージだと分かるし、他の誰に見せるつもりもない、長く掲げるつもりもない。ほんの2~3秒掲げるだけの作戦だったからだ。

目の前の小林香菜はそのボードに気づき視線を下げ、その文字を一瞥すると、ぼくの顔を見ながら笑顔でこくっと頷いた。初めての確信の持てるレスだった!

幕が空いた瞬間からピンポイントのボードプレイである。その瞬間・その場所に小林香菜がいることを知っていての綿密な準備。彼女にとって、その目の前のファンが間違いなく自分のファンであることを、疑う道理があろうか!(いや、無い。)

これでぼくはこの公演の初っ端に、香菜ヲタがここに居るという認識を与えることに成功したのだった。そこからは、それはそれは最高に興奮する2時間だった。小林香菜が近くに来れば、何度も視線をもらえた。その余裕から、小林香菜が遠くに行っているときは目の前にいる他のメンバーにも手当たり次第ガッツク【※1】という有様だった。困るのは少しラインのずれた、斜め前に小林香菜がいる時だ。目の前にいる他のメンバーを見ていれば目が合うかもしれない、しかし万が一、小林香菜が斜めからこちらを見ていたら・・・浮気を疑われる、なんて野暮なことは考えない。単純に、視線が結合するチャンスを逃してしまう。それだけは避けなければならない。こんな葛藤は、AKB48劇場以外で味わったことはなかった。

この時ほど「なぜ二方向を同時に見られないんだ!」と思ったことはない【※2】。目が二つあればいいと思った。目は二つあるのだが。