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京アニはキャラクターをどう動かしているか(後編)|石岡良治

2023/10/10 07:00 投稿

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  • 石岡良治
  • 新海誠


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本日のメルマガは、批評家・石岡良治さんの論考をお届けします。
近年の京アニ作品にみられる精緻な心理描写のスタイルはどのように確立されたのか。ターニングポイントとしての『けいおん!』以降の作品史について分析します。
前編はこちら。 (初出:石岡良治『現代アニメ「超」講義』(PLANETS、2019))

ターニングポイントとしての『けいおん!』

次は『けいおん!』から『氷菓』までの時期(2009~2012)をみていきます。
Key作品で得た学園フォーマットの可能性を拡大したことが、この時期の特徴として挙げられます。この時期「脱いたる絵」の傾向が進んでいったのですが、それが堀口悠紀子デザインの『けいおん!』で明確になりました。堀口悠紀子は今では「白身魚」名義でのイラストレーターとしての活躍が目立ちますが、『らき☆すた』から京アニ作品でキャラクターデザインを務めています。『らき☆すた』から『けいおん!』にかけて、絵柄が「セカイ系」から「日常系・空気系」へと適応しているところが注目されます。Key原作作品である『CLANNAD』と『けいおん!』のOPムービーを比べると、作風の変化は印象的です。いわゆるギャルゲーのオープニングムービーに、ヒロインたちの「立ち絵」と名前が同時に現れる場面がしばしばみられ、アニメ『CLANNAD』もこの形式を踏襲しています。他方の『けいおん!』でも、バンドメンバーの5人(初期は4人)の紹介のところで、立ち絵と名前表記が現れるのですが、こちらではプリクラフレームのような装飾が付加されており、些細な差のようでありながらも、ギャルゲームービーの印象が完全に払拭されています。『けいおん!』は男女問わず広く人気を集め、軽音楽部員とガールズバンドの増加に寄与しました。今振り返ると、2010年代アニメの主要ジャンルであるアイドルアニメやバンドアニメの原点とみることもできる『けいおん!』は、京アニ作品のターニングポイントでもあるわけです。
この時期、『涼宮ハルヒの消失』(2010)、『映画けいおん!』(2011)の2作の映画作品で京アニは、「映画らしさ」にとって必要な画面設計およびフレーミング表現を洗練させたのだと考えています。『涼宮ハルヒの消失』における長門有希の屋上シーン、『映画けいおん!』のロンドンでのライブシーンにおける放課後ティータイムとロンドンという街の両方が写っているシーンは特に印象的です。
現在私たちが考える京アニのイメージは、この時期に形成されたと言えるでしょう。この時期以降はテレビアニメでも画面設計が洗練されていくように思えるからです。それゆえ、『けいおん!』以降、さらに京アニ視聴者の層が拡大したというのが私の考えです。

京アニはキャラクターをどう動かしているか

他方、この二つの劇場版の間で犠牲になった作品が、『涼宮ハルヒの憂鬱』第2期で放映された「エンドレスエイト」(2009)でしょう。夏休み終盤の同じ1日がループし続けているという題材を、文字通り8週にわたり同一場面を繰り返したことで悪名の高いエピソードで、現在では研究書も出ており[1]、今なお深夜アニメ史に残る出来事とされています。
日本ギャグマンガ界の巨星、漫☆画太郎の技法に「コピーアンドペースト(コピペ)」というものがあります。漫☆画太郎のコピペは、トラック激突オチが有名ですが、機械的な反復が中心で、ときどきバリエーションが加わるものです[2]。
しかし「エンドレスエイト」ではコピペのたぐいは一切行わず、毎回きちんと作画をして、音声収録も行われていたことが興味深いかもしれません。ある観点からみると壮大な無駄ないし愚行と考えられがちな、この京アニ最大の問題作は、動作をひとつひとつ丁寧に描くことを得意とするスタジオの特徴と一致しており、漠然と考えられがちな乱暴さの印象の一切ない職人仕事でありながらも、ほとんどの人が1回目と8回目だけを視聴するという状態に置かれています。リアルタイムで視聴していた私が今でも印象に残っているのは、キョン妹による「キョンくん、でんわ~」というセリフの反復です。ここには漫☆画太郎のトラックオチに近い「かすかな狂気」を感じます。京アニのよく動く作画は、すべてがジャストフィットしているわけではなく、演出とマッチングしていないこともしばしばありますが、コスパを度外視した過剰さがときにみられるところが京アニの良さのように思います。その意味では「エンドレスエイト」は京アニならではの過剰さの典型と考えることもできるでしょう。
アニメ『日常』(2011)でも、校長と鹿のプロレス対決の作画を本気で描きこんでいます。ここに京アニの執拗な強迫観念があると言えるかもしれません。とはいえこうした「本気」は、原作『日常』のピタゴラスイッチ的な連鎖反応のテンポの良さとはときに相反するところがあるように思われます。『日常』マンガ原作の第1話は、意外なギミックもあり伏線も回収している点で完璧なピタゴラスイッチものだと思います。あくまでも印象論ですが、京アニは、ピタゴラ装置的な因果関係がつながる連鎖反応を描くことを、必ずしも得意とはしていないように思います。ひとりひとりのキャラの個性が大事にされている反面、その場合は、キャラを機能に還元したうえでピタゴラスイッチ的な「回路」をつくるような演出にはなりにくいため、『日常』の装置的なギャグにはそぐわないように思われるわけです。また、ギャグアニメは「静」と「動」の動きでメリハリをつけるものですが、『日常』においてはすべてのキャラクターが動きすぎであるようにも思われました。
しかし、26話だった『日常』を全12話に再構成したNHK版(2012、Eテレ)では、間延びした印象がだいぶ軽減されていました。私が京アニ作品を常にスゴいとは思わない理由として、「編集」のキレが必ずしもよいわけではないところを挙げたいと思います。『AIR』『けいおん!』(第1期)のように「シナリオ進行の速さ」がうまく機能している場合もありますが、このようなケースは尺の都合で外的に生まれた成功のような気がします。たとえば『日常』はDVDを売る商売という点では必ずしもうまくいかず、しばらくささやかれていた京アニ売上神話を崩した作品と言われる時があります。しかし『日常』にポテンシャルがなかったわけでは決してなく、シャッフルして編集し直したNHK版では、シーンとシーンのつなぎがメリハリのあるものになり、エピソードのピタゴラ装置性が生まれていたように思われます。その結果、『日常』NHK版は一定の評価を得ることになりました。もちろんそこでカットされた場面を惜しむ人も多いため、今私が言っているような、『AIR』『けいおん!』(1期)そして『日常』NHK版が好き、という感性を持つ人は、必ずしも京アニファンの趨勢と一致しているとは考えていません。

アニラジ系作品の元祖としての『らき☆すた』

『らき☆すた』についても少しだけ言及したいと思います。アニメラジオ的なミニコーナー「らっきーちゃんねる」が、このアニメの楽しさの象徴ともいえるものであり、興味深いと考えています。『らき☆すた』は有名でありながらも結果的に京アニ作品としては異色作となっており、『gdgd妖精s』(2011、2013)から『てさぐれ!部活もの』(2013~2015)に至るまでの石ダテコー太郎(石館光太郎)作品にも見られる「アニラジ」的な作品に影響を与えているのではないかとも考えています。30分枠作品から派生的に作られる5分枠のミニアニメは、元作品がそれほど好きでない場合もけっこう楽しめることが多いのですが、「らっきーちゃんねる」はそうしたアニメのひとつのモデルとなっているように思われます。「らっきーちゃんねる」のバラエティ番組感覚がリアルタイムで持っていたインパクトについては、あとから振り返るとどうしてもわかりにくくなりやすい(=ネタが面白く感じられないことが多い)のですが、改めて強調したいと思っています。
また『らき☆すた』の舞台である鷲宮神社は「聖地巡礼」として最も成功した場所です。ただし『らき☆すた』の聖地性は、OPムービーを見ればわかるようにかなりデフォルメが効いたものなので、絵面としてはフォトリアルなクオリティとはいえません。OPでも登場人物がダンスを踊りながら、春日部共栄高校など、モデルとなった場所が移り変わっていくのですが、交換可能な任意の場所にみえなくもない演出であり、ライトな扱いとなっています。このように、現在の様々なアニメの標準と比べると異質にすら映る『らき☆すた』こそが、「聖地巡礼」アニメ最大級のヒットとなったことは興味深いように思われます。コンテンツツーリズムが一般化した現在でも、鷲宮神社は特筆され続けるでしょう。隙間の空いたゆるいトークが魅力の「らっきーちゃんねる」も含めて、『らき☆すた』は京アニの中でも例外的な作品と言えると思います。シャフトの『ぱにぽにだっしゅ!』からの影響がしばしば指摘されますが、他に似た作品をなかなか見出せないアニメだと考えています。

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