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『タッチ』の明青学園を再び舞台とした『MIX』​​(後編・最終回)| 碇本学

2022/06/27 07:00 投稿

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ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。今回がいよいよ最終回です。
現在連載中のあだち充最新作『MIX』では、どのように「成熟」が描かれているのか、過去のあだち作品と比較しながら分析します。そして、愚直に「成熟」と向き合ってきたあだち作品を、いま私たちが見返す意味とはなんなのか、これまでの連載を総括します。
前編はこちら

碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
第23回 『タッチ』の明青学園を再び舞台とした『MIX』​​(後編・最終回)

立花投馬と立花音美はどんな大人になっていくのか?

 最初に決めたのは、主人公の立花投馬とヒロインで血の繋がらない妹・立花音美の家庭の人物関係だけです。投馬の父と音美の母が連れ子同士で結婚したことや、音美には投馬と同じ生年月日に生まれた兄・走一郎がいること。そしてピッチャー・投馬とキャッチャー・走一郎が明青学園野球部でバッテリーを組むということ。〔参考文献1〕
 血の繋がらない兄妹という「みゆき」の要素とか、もういろいろとぶち込んでおきました。「タッチ」と同じ空間の中で、果たしてどこまでいっていいのか。悩みながら、ブラブラしながら、今、13巻まで来ましたね。〔参考文献1〕

あだち充がブレイクすることとなった『みゆき』からは血の繋がらない兄と妹が同じ家に住んでいるという部分を、そして国民的な漫画となりアニメも含めて野球漫画の代名詞のひとつとなった『タッチ』からは双子の兄弟を彷彿させるまったく誕生日が同じ兄弟という部分を掛け合わしたのが『MIX』という作品である。
『MIX』は『タッチ』で主人公の上杉達也とヒロインの浅倉南が通っていた明青学園が舞台になっている。そのためどうしても『タッチ』の登場人物たちがまったく出ないのは違和感があるため、野球関係者として違和感のない西村勇が、そして、立花兄妹が大人になっていく通過儀礼を手助けできるかもしれない存在として原田正平が登場することになったのではないかと思われる。
以降は連載中の作品の最新のネタバレを少し含んでいる。知りたくない方はぜひ19巻を読んでからお読みいただきたい。

*      *      *      *
 週刊連載だったら、もうとっくに誰かを殺しているかもしれないね。月刊誌だとじっくり考える時間があるから……じっくり考えても良いことないんだよ。あだち充がデタラメな漫画家であるということを、もう一度自覚しないとね。もっと破綻させて、引っかき回しますよ。月刊連載をもう一度考え直します。〔参考文献1〕

2022年6月の時点ではコミックスは18巻まで刊行されており、物語は高校二年生の地区大会準決勝まで進んでいる。そして、7月に刊行される19巻からは地区大会決勝戦が始まると思いきや、物語は大きな転換期を迎える。
それは『タッチ』でいうところの双子の弟である上杉和也が交通事故で死んでしまうというあの衝撃的な場面を彷彿させ、『H2』では雨宮ひかりの母が突然亡くなってしまったことで国見比呂と雨宮ひかりの幼馴染の関係性が変化して、橘英雄と古賀春華を含んだ四角関係に一気に進んでいくということを読者に思い出させるような出来事だ。

野球はちゃんと描こうとしてますよ。その分まだラブストーリーが足りないから、これからかな。最近の連載では、「タッチ」の原田正平を登場させました。どっちに転がるかはわからないけど、どこかで動いてくれるんじゃないかな。〔参考文献1〕

『MIX』初登場時の原田正平は記憶喪失者となっており、18巻まででは西村勇とはニアミスをしていたが、19巻で彼らは面と向かって再会することになる。
原田正平について、この連載で『タッチ』を取り上げた際に「単一神話論」や「英雄神話」構造における「贈与者」と「賢者」であり、ナビゲーター的な役割を果たしたと書いた。

終始、原田は達也の側に立ち、同時に浅倉南のことを好きだったが自分は舞台に上がることではできないと早々に諦めていたため、二人が結びつくのを見守るという損な役割を演じることになった。そのため彼だけが物語において客観的な目線を持ちつつも、老成した賢者のように二人を導いていった。〔『タッチ』における「賢者」としての原田正平と「影(シャドウ)」としての柏葉英二郎(前編)

というふうに『タッチ』におけるラブストーリーの面がそれ以前よりも強くなったのも和也が死んでからであり、原田が達也を鼓舞するようになったからである。
上杉達也は弟の和也が浅倉南のために叶えようとしていた甲子園出場を代わりに叶えることで、自分の本当の気持ちを南に伝えることができた。その際にずっと達也と南の近くにいて、二人を見守っていたのがまさに原田正平だった。
そして、『MIX』に原田正平が登場したのはあだち充が、「どっちに転がるかはわからないけど、どこかで動いてくれるんじゃないかな。」と語るように『MIX』における今後のラブストーリー展開に重要な役割を果たす存在が必要だったという本能からのものだったのではないだろうか。

19巻に収録される第109話「あとひとつ」では、勢南高校に勝利した明青学園の関係者の試合終わりのあとのことが描かれる。誰もが試合の投馬は神がかっていたと言う凄さだった。しかし、まるで試合中に別人になったかのような投馬のピッチングを見ても次に対戦するはずの健丈高校の小宮山監督も赤井智仁も不思議と「まったく負ける気がしない」と口を揃えていた。
試合後の球場の外では間崎が英介の荷物を持ったまま立っていた。そこにやってきた原田に間崎は英介がトイレに行くといったまま荷物を自分に預けてから、試合が終わっても戻ってこないと告げる。また、家にスマホを忘れていたまま試合の観戦に出ていた英介のスマホを預かっていた音美のバッグの中でそのスマホが鳴る。大山監督が電話をかけてきていた。電話した大山は出たのが英介だと思っていたのに音美が出たことで双方が不思議がってこの回は終わる。英介は勢南高校戦が始まる前から一度も姿を見せていなかった。

続く第110話「この時間だったな」ではトイレットペーパーを買いに外出した投馬がばったり原田正平と出くわす。原田自身も自分の名前が「原田正平」だと認識できるようになっていたが、過去の記憶はまだ戻っていなかった。
立花家に世話になっていた原田は「おれの家族らしい連中にも興味あるだろ?」と声をかけて強引に投馬を連れていく。その場面を車にガソリンを入れていた西村親子が偶然目撃する。父・勇が原田正平を見て、彼にまつわるいろいろな噂を息子に話す。「昔の知り合い?」と拓味に聞かれると新体操をしている浅倉南、そしてそれを並んで見ている西村勇と原田正平と新田明男というかつての記憶が勇の脳裏に蘇り、「失恋仲間だよ」と少しせつなそうに答える。
原田正平の実家に行くと投馬は原田の母からお世話になったお礼を言われる。出されたジュースを飲んでいると原田が壁時計を見ており、時刻は12時50分ごろを指していた。「ちょうど、この時間だったな。勢南戦でおまえが西村にホームランを打たれたのは…、──そして、親父さんが亡くなったのも…」と言われる。最終ページでは場面が立花家に戻る。ある部屋には立花英介の遺影と遺骨が置かれていた。そこでこの回は終わり、英介が亡くなったことが読者に明かされる。

立花兄弟は決勝戦で健丈高校に敗れ、高校二年の夏が終わったこともその後描かれる。
インタビューであだちが「週刊連載だったら、もうとっくに誰かを殺しているかもしれないね」と第110話を描く数年前に語っていたが、ここで主人公の実父である立花英介が亡くなるという物語でも大きな転換点を迎えることになった。
3歳の時に実母を亡くしていた投馬は高校二年生の夏に実の両親をどちらも亡くしてしまうことになる。義母の真由美、義兄の走一郎、義妹の音美と一緒に住んでいる家族はいるが血のつながった者が立花家には誰もいなくなってしまう。
投馬は天涯孤独とは言えないものの、血のつながった家族が周りに誰もいないという状況であり、実は『みゆき』のヒロインの若松みゆきと同じ境遇になる。

ここから最終回(高校三年の夏から秋)に向かって主人公の立花投馬はあだち充作品で通底しているテーマである、責任を取ることのできる大人へと成長していくことになると考えられる。
そのため投馬を導く存在として原田正平があだち充によって投入されていたのだろう。つまりあだち充は物語における細部は決めていなかったものの、原田を作品に出すということは主人公にとって乗り越えないといけない障害を近いうちに出さないといけないと考えていたはずだ。
たった一人の肉親を失い、血は繋がっていない家族と一緒にいるということで、投馬は走一郎と音美と真弓と以前よりも強い絆のある家族になって、父英介の死を乗り越えていくだろう。そして、投馬と音美はそれまでの兄と妹という関係性から、自分たちは血の繋がらないということを前よりも強く自覚し、異性として相手のことを考えるようになるのではないだろうか。ここから投馬が立花家を出ていくというのはあまり考えられないので、今まで通り立花家で投馬と音美は一緒に生活しながらも自分の思いを相手に伝えていいのか、と悩んでいくという展開になっていくと考えられる。その時に自分の気持ちに正直になること、英介の死によって落ち込んでいた彼を鼓舞する存在が原田正平のはずだ。と今までずっとあだち充作品を読んでいた読者としてはそれを期待してしまう。

『MIX』は規格を立ち上げた担当編集者の市川が「明青学園を、もう一度甲子園に連れていってください」と言ってあだち充を口説いたことを考えると、やはり、投馬の最終目標は甲子園に出場することに改めて設定されるのではないだろうか。上杉達也が浅倉南に自分の気持ちを伝えるために、自分に課した目標が甲子園出場だったように。
この先は同じ家に住みながらも互いの気持ちに気付いた投馬と音美の二人が、一線を超えないためにも音美が「父さんたち(立花英介と澤井圭一という明青学園野球部OB)を甲子園に連れていってほしい」と伝え、それが叶えることができたら投馬が自分の気持ちを伝えるという展開が考えられる。そうなれば、1年後の高校三年の夏の東東京地区大会での甲子園予選大会は、投馬にとって自分の想いを音美に伝える最後のチャンスとなり、音美の実兄である走一郎も二人がうまくいってほしいと思うようになっていて、立花兄弟バッテリーが家族のためにも甲子園出場を目指すという大きなドラマが成立することになる。そして、やはり決勝戦では健丈高校の赤井智仁が明青学園の前に立ち塞がるものの、立花兄弟が二年次の決勝戦での借りを返すという展開になってほしい。
地区大会で優勝し甲子園出場が決まって、投馬が音美に気持ちを伝えることで物語が終わっていくというのが現状で考えられる展開のひとつである。
ただ、あだち充がもっと破綻させたいと言っていること、そしてこの連載でも何度も書いてきたように毎回連載は読み切りのような感じで描くというフリージャズスタイル手法を用いているため、ここから投馬たちの最後の夏が終わるまでの一年の間にどんな展開が起きるかはまったく予想がつかない。ただ、英介が亡くなったということは息子である投馬と走一郎と音美という子供たちの思春期が終わっていき、大人になるという段階に入ったと過去作品から見てもわかる部分ではある。

 

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