今朝のメルマガは、書評家の三宅香帆さんによる連載「母と娘の物語」をお届けします。1990年代の少女漫画に登場するようになった「自由な母親」は母娘関係にどんな変化を与えたのか。1994年に連載が始まった『イマジン』などの作品から考察します。
三宅香帆 母と娘の物語
第八章 小花美穂・槇村さとる──憧れる娘(後編)
3.家父長制を境界にした母娘シスターフッドー『フルーツバスケット』
『こどものおもちゃ』において、紗南にとって実紗子は母というよりも、良きメンターのような役割を担う。つまり、母娘として自己投影や同化の欲求を抱くというよりも、母はあくまでアドバイザーであり監督者であるという距離を保つのである。そのため実紗子と紗南の関係は、母と娘というよりも、叔母と姪のシスターフッド的関係性に近しいような距離感となっている。実紗子と紗南はたしかに母娘関係ではあるのだが、どちらかというと、家父長制の内部に留まる娘と外部に飛び出した母のシスターフッドに見えてくるのだ。
前編で論じた藤本論は「自由な母親像はシングルマザー家庭の物語に多い」と述べていたが、たしかに『こどものおもちゃ』以外にも、同じく1990年代に始まった『フルーツバスケット』(高屋奈月、白泉社)もまたシングルマザー家庭の自由な母親像が登場する。主人公透の母は、ヤンキー的キャラクターでありつつ、やはり透とは仲が良く、よきメンターのような存在であった。そして『フルーツバスケット』もまた、血縁ではない家庭的連帯を重視しながらも、最終的には結婚し子供を産むラストになっていることも『こどものおもちゃ』と共通している。透の母である今日子は、親と縁を切っていたり夫の実家から悪口を言われたりと、家を否定するキャラクターなのだが、娘である透はむしろ家庭に肯定的である……という点も同じである。
この「自由な母親」系譜について、前編で論じた藤本論は『明るい家庭のつくり方』等を挙げ、しっかり者の娘が破天荒な母の世話をする「逆転親子像」として整理していた。しかし1990年代の「自由な母親」系譜の物語を見てみると、どうやら自由な母は家父長制の外部に逃げ、しかし娘は家父長制の内部に留まって幸福を得るという、その双方の生き方を提示しなおかつ肯定するシスターフッド物語に見える。『こどものおもちゃ』も『フルーツバスケット』も、母と娘は決して呪いを掛け合ったり自己投影したりする存在として描かれていない。それは母と娘の問題を超えた、女性同士のユートピアのような家庭像なのではないか。つまり読者にとって、「子供を産めという呪いをかけてこない母親」こそが、幸せな恋愛をするとか居心地の良い繋がりをつくるとかいったことと同じくらい夢物語なのだろう。
時代はかなり下るが、2013年のディズニー制作『アナと雪の女王』もまた、この物語の系譜ではないかと考えられる。家父長制を境界線として、外部に逃げる母(姉)と、内部に留まる娘(妹)のシスターフッド。それはおそらく日本では1990年代に少女漫画で描かれていたテーマではなかっただろうか。
日本の少女漫画は、血縁のない家庭像や自由なひとり親像について身近に取り扱ってきた。たとえば『こどものおもちゃ』と同じ雑誌である「りぼん」においては、1992年から始まった『ママレード・ボーイ』(吉住渉、集英社)が「父母を入れ替えてW再婚する」という破天荒ともいえる父母像を描いていた。あるいは『Papa told me』(榛野なな恵、集英社)や『カードキャプターさくら』(CLAMP、講談社)において、シングルファザー家庭を理想的に描くこともあった。1990年代になって、本連載でも扱った『イグアナの娘』(萩尾望都、小学館)や『鬼子母神』(山岸凉子、小学館)といった母娘間にある苦悩が漫画の主題となる一方で、伝統的な価値観から外れた家庭をユートピアとして登場させる漫画も生まれていたのである。
日本の漫画で「自由な母親像」がシングルマザーとして描かれやすいのは、それが一度家父長制の外部に逃走している合図だったからなのだろう。夫の不在によって、従来的な「母」をまずは脱ぎ捨てることができる。それが少女漫画においてまず必要な記号だったのだろう。
4.理想のメンターとして登場する「母」―『イマジン』
『こどものおもちゃ』と同じ1994年に、槇村さとるは自由なシングルマザーを主人公格に置いた『イマジン』を連載開始した。『イマジン』は、OLとして働きつつ炊事洗濯を引き受ける娘の有羽と、建築家として破天荒に生きて家事はまったくしない母親の美津子の物語である。美津子は自分の欲望がはっきりしているキャラクターで、仕事も恋愛もアグレッシブに楽しんでいる。一方で有羽はまだ彼氏もいたことがなく、大人しく仕事と家事をまわす毎日。そして美津子はテレビディレクターの本能寺と、有羽は最近転勤してきた同僚の田中と、恋が始まってゆく。
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