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編集者・ライターの小池真幸さんが、「界隈」や「業界」にとらわれず、領域を横断して活動する人びとを紹介する連載「横断者たち」。今回は、プランツディレクターの鎌田美希子さんに話を伺いました。後編では、ビジネスと研究、アートと領域横断で「人と植物の距離をもっと近づける」活動に取り組んできた鎌田さんの歩みに迫ります(前編はこちら)。

「横断者たち」の第1回~第4回はPLANETSのWebマガジン「遅いインターネット」にて公開されています。今月よりメールマガジンでの先行配信がスタートしました。

小池真幸 横断者たち
第5回 暮らしにもっと植物を、都市に土の手触りを|鎌田美希子(後編)

多肉植物は誤解されている──空間緑化ツールを開発した理由

 自らが生まれ育った環境と、都市部の「土から離れた」環境との違いに驚き、「人と植物の距離を近づけたい」という問題意識を抱くようになった鎌田さん。その活動の端緒は、オフィス向けの緑化を手がけるところからはじまった。先述のように自然に囲まれて育った鎌田さんは、「大好きな植物の研究をしてみたい」という想いから、大学では農学部に進学。生命科学を専攻し、農学研究科を修了したのち、野菜の種を開発するメーカーに就職した。その会社を辞めて東京に出てきたのが、20代半ばのときだ。

「東京にはいろんな人がいて、いろんな刺激的な世界があって、とても楽しかったです。でも、やっぱり自然が少ない。コンクリートだらけだし、毎日朝から晩まで、とても無機質なオフィスで過ごしている。何かが足りない、これは何かおかしいのではないか。そう感じるようになって、もう一度原点に返り、植物を広める仕事をしたいと考えるようになりました。植物が感じさせてくれる、ワクワクや楽しさ、癒やしをもっとみんなに気づいてもらい、生活の中に取り入れてほしいなと」

 まずは働きながら、室内に植物を飾るための「インドアグリーン」の知識を学ぶための学校に一年間通った。その後、はじめは知り合いベースで、オフィスや家の緑化を手がけるように。仕事の傍らフリーで行っていたこの活動の延長で、現在のロッカクケイ合同会社での緑化事業を本業とするようになった。
 ロッカクケイが手がけたプロジェクトの一つが、多肉植物たちのユニークな形や魅力を再現した室内緑化ツール「TANICUSHION®︎(たにくっしょん)」だ。たにくっしょんを立ち上げた2015年当時、園芸業界は空前の多肉植物ブームに湧いていた。多くの人々が多肉植物の面白さやかっこよさに惹かれ、高価なサボテンも流通するようになったが、「水をあげなくても育つ」「室内だけで育てられる」といった謳い文句に、違和感を覚えていたという。

「当時、私も『オフィスにサボテンを置きたいんだよね』という相談を受けることが増えました。ただ、多肉植物にまつわる知識が、正しく伝わっていないもどかしさを感じまして。サボテンは本来、雨が少なくて、直射日光がガンガン当たる場所で生き抜くために、あのような水を貯めやすい形で進化しているんですね。だから、日本のような高温多湿な気候にはあまり向いていません。それから、室内に置くと太陽の光量が少なくて、丸かったものが途端にひょろひょろとして(徒長して)いき、やがて枯れてしまいます。『サボテンは外で生きる植物。室内に置きたいなら、代わりに多肉植物をリアルに再現したクッションを置きましょう』という想いから、室内緑化ツールのたにくっしょんを作ることにしたんです」

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「たにくっしょん」には、アガベやエケベリア、ダシリリオンなどの種類がある。抱きしめたときに心地よい素材感や、一つひとつの植物にそっくりなフォルムにも徹底的にこだわり、日本の職人が心を込めて手作業で作りあげているという。

 その他、クッションで祝い花を表現した『Iwai-bana』なども手がけ、植物の施工などにも手を広げたが、「好き」という気持ちだけでビジネスを成立させることに限界も感じるように。オフィス向けの緑化サービスとしては、レンタルの貸鉢やリースの植物を置き、週に一度だけ業者がメンテナンスし、弱ったら知らないうちに取り替えられているというものが主流だという。しかし、鎌田さんは「そういうことはしたくなかった」。「植物を愛でて、一緒に生活する仲間として迎え入れてほしい」という想いが根底にあったからだ。
 とはいえ、植物に触れてこなかった人々にとって、継続的に適切な世話をすることは簡単ではない。そもそも、経営判断としては、「植物にコストをかけよう」というジャッジを下すこと自体が難しい。感覚的に良さは感じるものの、メンテナンスの手間をかけてまで導入する根拠を示しづらいのは、想像に難くないだろう。

研究でエビデンスを示し、アートで直感に訴えかける

 クッションを作ったのは一つの“代替案”であり、本来やりたかったのは、本物の植物を扱うことだ。その上、緑化ビジネスは費用対効果が示しづらい──そんな閉塞感を覚えていたとき、目の前に現れた新たな選択肢が「研究」だった。
 知人がベンチャー企業を経営しながら博士号を取得したということを聞き、「え? そんな選択肢があるの?」と驚いた鎌田さん。調べてみると、植物が人に及ぼす効果を研究する「人間・植物関係学会」の存在を知る。もともとバイオ系の研究室出身の鎌田さんにとって、園芸セラピーやオフィス緑化、病院緑化の効果についての研究は、とても新鮮に映った。

「研究というアプローチを使えば、緑化ビジネスの効果を証明するエビデンスが見つけられるかもしれない。そう思って、強く興味を持ちました。たまたま近い時期に、人間・植物関係学会が秋田で開催されると知って、一人で飛び入り参加。小さな学会なので、みなさん良くしてくださって、その中にいま私が所属している千葉大学大学院園芸学研究科の研究者がいたんです。それでゼミにお邪魔するようになって、受験して入ることになりました」

 千葉大学大学院の園芸学研究科は、国立大学法人としては日本で唯一の園芸学の研究科だという。千葉大学のキャンパスの多くが置かれている西千葉ではなく松戸に単体のキャンパスを構え、遺伝子組み換えからランドスケープまで、学際的な観点から植物の研究がなされている。
 鎌田さんが選んだ研究テーマは、オフィスにおける植物の効果。オフィスに植物が置かれていることで、働く人のストレスや仕事に対する印象がどう変わるのか、心理テストやアンケート調査、印象評価、ストレスホルモンなどの生理的な指標をもとに研究している。執務スペースのみならず、休憩室に着目して、そこに植物を置くことによる効果も研究しているという。
 研究対象をオフィスにしたのは、「緑化ビジネスに活かしたい」という直接の動機によるところもあるが、何よりかねてより鎌田さんが抱いていた「都市における人と植物の距離を近づけたい」という問題意識に直結するものだ。国連の予想によると、今後もますます都市人口は増えていき、2050年までには世界人口の数十%が都市に住むようになる見込みだという。だからこそ「いかに自然に戻すか」ではなく、「どうすれば都市の中に自然を取り入れていけるか」という研究に意義を感じ、都市の中でも多くの人が一日のうちの大半を過ごすオフィスを選んだのだ。
 そしてビジネスと研究に加えて、鎌田さんの3つ目の軸となっている活動が、アートである。


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