健康志向ではなく、「美味しさ」や「楽しさ」を増やすという観点から、ノンアルコール飲料を考えてみたい。そんな一心で、元祖クラフトコーラ「ともコーラ」やノンアルコール専門ブランド「のん」、日本全国に眠る”美味しい植生たち”について蒐集、記録、発表をする研究ブランド「日本草木研究所」などを手がける、フードプロデューサーの古谷知華さんに話をうかがいました。飲食文化をもっと面白くするためにはどうすればいいのか、飲食に新しい価値をもたらし続けている古谷さんと、徹底的に議論します。(聞き手:小池真幸・宇野常寛、構成:小池真幸)
(※現在PLANETSでは「飲まない東京」プロジェクトと称してノンアルコール業界を特集する企画を進めていますが、これは酒類の提供を行う飲食店への営業自粛を強いる政策を支持するものではありません。また、本誌編集長・宇野常寛は一連の政策に対して極めて批判的です)
「飲むこと」はもっと拡張できる──木食、クラフトコーラ、ノンアルスピリッツから考える|古谷知華
栄養観点では「非効率の極み」の木を、嗜好品として食べる
──古谷さんは、クラフトコーラブームの火付け役となった元祖クラフトコーラ「ともコーラ」や、ノンアルコール専門ブランド「のん」を立ち上げるなど、既存の飲食文化に対するオルタナティブを提示し続けています。今日は「これからの飲食文化はどうすればもっと面白くなるか?」を一緒に考えていきたいのですが、ちょうど最近(2021年6月)、またユニークな取り組みを発表されましたよね。日本全国に眠る”美味しい植生たち”について蒐集、記録、発表をする研究ブランド「日本草木研究所」です。「木を食べる」という発想が予想外で、良い意味でとてもぶっ飛んでいるなと思ったのですが、これはどういったプロジェクトなんですか?
古谷 実は、今日はまさにその木で作ったドリンクを持ってきたんですよ。日本草木研究所として初めて手がける、軽井沢・離山が舞台の木食(もくしょく)ブランド「木(食)人」の第一弾商品「FOREST SYRUP」です。ノンアルコールのシロップをソーダで割ったので、ぜひ飲んでみてください!
軽井沢・離山が舞台の木食ブランド「木(食)人」の第一弾商品「FOREST SYRUP」。モミ、アカマツ、カラマツ、アブラチャン、コブシ、ヒノキなど軽井沢で採れる六種の香木を蒸留した新感覚飲料で、「森に入った瞬間の抜けるような爽やかさを凝縮した味わい」。炭酸水等で割るほか、お菓子やお料理に使うことも可能だという。
──本当ですか! それでは、いただきます……なんだか、これまでに味わったことのない不思議な味ですね。でも、たしかに木の香りが感じられて、爽やかな飲み口です。夏に合う気がします。
宇野 思ったより爽やかな感じですね。普通に美味しい。
古谷 ありがとうございます。まずはシロップそのものと、ソーダで割ったものの2種類を販売予定なのですが、持っている香りの成分が異なる焼酎で割るのも美味しいんですよ。トニックウォーターの風味もそれなりに強いとは思うのですが、飲んだとき鼻に抜けるような感覚があって、特に香りから木を感じられるのではないでしょうか。この香りの成分は、ジンに含まれるジュニパーベリーというスパイスに近いんです。
──これはどんな木から作られているんですか?
古谷 モミ、アカマツ、カラマツ、アブラチャン、コブシ、ヒノキなど、軽井沢で採れる6種類の香木から作っています。木の皮や幹、葉っぱなどを蒸留した液、そして砂糖の中に漬け込んで抽出した液の2つを混ぜると、このシロップになります。
木って基本的に、どれもわりと似たような香りがするんです。含まれている科学的な芳香成分が、似通っているからです。でも、完全に構成が一緒というわけではないので、使う木を変えると、味や香りも少しずつ違ってくる。芳香成分が強くて香りが立ち、なおかつ人間が嗅いだときに「もっと嗅ぎたい」と思える木を選んでいます。日本はどこにでも森林があるので、基本的には全国各地で原材料を獲れるのですが、特に青森県と鹿児島県には、植生学上の条件の関係で面白いものや珍しい木が多いですね。
──食用に向いている木と、そうでない木があるのですね。
古谷 そもそも木って、栄養摂取という観点では、非効率の極みのような食べ物なんですよ。木の皮や枝は、半分はセルロース、もう半分は糖分でできているのですが、細胞壁がとても固いリグニンという成分で覆われているので、人間にはその糖分を分解できません。将来的にはバイオエネルギーを活用して、リグニンを一度分解してセルロースをむき出しにして、消化しやすくする方法も実現するかもしれないと言われていますが、現時点ではエネルギー効率が良くない。たとえば木の枝の部分をそのままむしゃむしゃ食べても、分解ができずそのまま排泄されてしまいます。
ですから、栄養摂取のための食糧としてではなく、基本的にはフレーバーやスパイスを楽しむ嗜好品として食べるものだと考えています。フィトンチッドという、人間に癒しや精神安定をもたらすと言われている成分も入っていますしね。
──面白いですね。昨今の社会風潮に鑑みると、「木を大切にして地球を守ろう」というサステナビリティの文脈で木食を捉えることもできそうですが、そうではなく嗜好品として、楽しみのために食べるのだと。
古谷 もちろん、副次的にサステナビリティ的な効果もあるとは思います。木に食用品としての価値が認められて、少量生産でも高く売れるようになれば、山の持ち主が原材料を提供するようになって、将来的には里山の管理が進むかもしれません。でも、私のモチベーションとしては、純粋に新しい嗜好品や食文化を見てみたいというところが一番大きいですね。
──木食ならではの面白さや美味しさは、どんな点にあると感じていますか?
古谷 ジビエとも近いかもしれませんが、農作物として育てていなかったり、そこら辺の山にただ生えていたりするものが価値化されるのが面白いなと思っています。多くの人は、木を見たときに「これ美味しそう」とは思わないじゃないですか。でも、木食を広めることで、木を見て「料理に使える」と思ったり、人間が木に腹を空かしたりする現象が起きてくるのかなと思っていまして。そうした価値転倒が起こったら面白いですよね。
3年経てば、木食も当たり前になる?
──そもそも、なぜ「木を食べてみよう」と思ったんですか?
古谷 私はもともと、「ともコーラ」をはじめスパイスやハーブを使った商品を作ってきたのですが、最近はスパイスもハーブもかなり普及して、手軽にインターネットで買えるようになりました。そんな中で、もっと面白いものを探索したいなと思っていたとき、この木(アオモリトドマツ)に出会ったんです。2020年の春頃のことでしたね。こんなに香りの良いものが雑木林として扱われているのはもったいない、日本にはたくさん木が生えているし、木を食べることができたら面白いのではないか。そう考えるようになりました。
そこで海外の事例を調べてみると、フィンランドなどの北欧地域では、食べるものが限られていることもあり、マツの新芽をピクルスにしたり、若い松ぼっくりをジャムにしたりして食べる文化があると知ったんです。日本は植生が豊かなので想像しづらいですが、肥沃ではない土地では、工夫して木が食べられている。ということは、日本でも木食を開拓できるのではないか。そう思って、自分でさまざまな香木を集めて、煮たり焼いたりするようになりました。安全性をクリアできれば、他にはない唯一無二のフレーバーや価値が生み出せるのではないかと。
──そこから約1年あまりで、商品化まで漕ぎ着けたのですね。今後もFOREST SYRUPのような商品を開発されていく?
古谷 そうですね。でも、商品を作ること自体を目的にしているわけではありません。私がやりたいのは、日本の里山にある木や野草や花などに食品としての価値を見出し、広めていくこと。とはいえ、いきなり木そのものを渡されてもよくわからないと思うので、その魅力を伝えるためのメディアとして、まずはFOREST SYRUPのような商品を開発しているんです。たとえるなら、スパイスやハーブを次々と商品化しているエスビー食品の、里山版を作りたい。
いずれは、エスビー食品が出しているようなホールスパイスの形で販売することも考えています。スパイスやハーブって海外産の印象が強いと思うんですが、実は日本の里山にもいろいろあるんです。たとえば、この琉球ニッケイ。日本にもシナモンがあるんですよ。シナモンやローリエは既にたくさん食用として使われていると思うのですが、ああいうものが日本の里山の中からも生まれてくるようにしたいんです。
自分たちで商品を作って売っているだけでは、「日本の草木を食用化していく」ことはなかなか達成できない。ですから、興味を持ってくれたメーカーや飲食店さんに原材料を提供するなど、さまざまな場所と積極的にコラボレーションしていけるといいなと思っていますね。実際、すでにいくつかお問い合わせもいただいています。
日本草木研究所で食用化を研究中の草木の一例。カラキ、アオモリトドマツ、アブラチャン。それぞれ異なる、比較的強めの香りを感じた。
──お問い合わせしてくれる人たちは、どんな反応をするのでしょう?
古谷 「どんな味ですか?」「 食べられるんですか?」「どんな木なんですか?」…… やっぱり、みなさん「?」が最初にありますね。でも実際に飲んでみると「普通に飲める」「美味しい」といったリアクションで、意外と違和感なく、すんなりと受け入れていただけています。クラフトコーラは3年ほどで世間に浸透しましたが、木も3年くらい経てば「ふーん、これも木で味付けしたんだ」「流行っているよね」といった反応をしてもらえるようになるかもしれません。すでに日本草木研究所だけでなく、これまで難しかった木自体の発酵を技術革新で可能にして、木のお酒を作ろうとしている人たちもいますしね。
お酒に求めていたのは、アルコールそのものではなかった?
──クラフトコーラの話が出ましたが、ここ数年で一気に普及しましたよね。日本にクラフトコーラ文化を根付かせたパイオニアでもある古谷さんは、この状況をどう見ていますか?
古谷 最近はカレーを作るように、一般消費者が百均のスパイスを使って自宅でコーラを作る動きも広まっていて、とても良いことだなと思っています。クラフトコーラって、蒸留も必要ないですし、煮込むだけで簡単に作れるんです。「ともコーラ」を始めたときも、夏に誰かの家に行ったときに麦茶を出してもらうように、「田中家のコーラ」くらいの感覚でみんなが作るようになるのがゴールだと考えていました。
ただ、大企業のクラフトコーラの扱い方に関しては、「どうなのかな?」と思うこともあります。「クラフトコーラ」の定義は難しいですが、私は「100%天然素材由来で作られていて、作り手の意志やストーリーが反映されているコーラ」と捉えています。でも、大企業が作ったものの中には、香料なども使っており普通のコーラと大差を感じられないにもかかわらず「クラフトコーラ」と名付けているだけのものもあるように思えます。ちょっと前にレモンサワーが流行ったときもそうでしたが、「とりあえずクラフトコーラと名付ければ売れるのではないか」と、ワードとして消費されてしまっている印象がある。そうしたワードを消費しただけのものが「クラフトコーラ」だと思われるようになると、「ともコーラ」のような小さいブランドも、ジャンル全体としても、死んでいってしまうと思うんです。もちろん大企業の中にも、たとえば成城石井のクラフトコーラのように、スパイス成分が見られて、ちゃんと作られているような印象を受けるものもあります。
──なるほど、普及してきたからこそ生じている問題ですね。3年前に「ともコーラ」を始めたときとは、やっぱり世間の反応は全然違いますか?
古谷 違いますね。当初はよく「コーラって作れるんですか?」「普通のコーラとどう違うんですか? 」「何を使ってるんですか?」といったことを聞かれました。「コーラは化学的なもので、ブラックボックスで包まれていて、作れるわけがない。Coke以外のコーラってこの世に存在するんですか?」くらいの受け止められ方だった気がします。
ちなみに、コーラはもともとクラフトで作られていて、実はクラフトコーラは原点回帰なんですけどね。コカ・コーラは最初、南北戦争で負傷した兵士を癒すために、感覚を麻痺させるためにコカインなどを混ぜて作っていた薬膳飲料だったんです。
炭酸で割るだけで、クラフトコーラを楽しめるコーラの素「ともコーラ -THE ORIGINAL- 200ml」。ウィスキー、ミルク、豆乳、赤ワイン、バニラアイスとも組み合わせられるという。
──そうだったんですね。でも、なぜ受け入れられるようになったのでしょうか。言い換えれば、人びとはクラフトコーラのどういった点に惹かれているのですか?
古谷 もちろん、美味しさや面白さを魅力に感じてくれている人も多いのですが、「クラフトコーラがあれば、お酒は飲まなくていい」という声があったのは興味深かったです。普段、パーティーなどでノンアルコール飲料かお酒かを選べるシーンでは、お酒を選ぶ人が多いですよね。どうも、その理由は、ノンアルコールを選ぶと損している感覚になるからみたいなんです。たしかに、お酒はいろいろ種類があるのに、ノンアルコールは原価が安そうなオレンジジュースや烏龍茶しかありませんよね。しかも、いわゆるノンアルコール飲料には、味や香りについて語れるものも少ない。
でも、知人の結婚式の二次会で「ともコーラ」を振舞ったとき、意外な場面に遭遇しまして。ラムやウィスキーも用意して「お酒で割ることもできますよ」という形にしたのですが、多くの人が「お酒はいらないです」と言っていたんです。普段お酒を飲む人であっても、「クラフトコーラなら損した気分にならない」「クラフトコーラなら面白いからお酒みたいに楽しい気持ちになる」と言っていた。そのとき、みんなアルコール成分そのものというより、原材料が少し高そうだとか、楽しくなれるとか、付随する別の価値を求めてお酒を選んでいたんだと気づきました。
日本でノンアル市場が開拓されてこなかった理由
古谷 美味しさや楽しさがあればノンアルコールも選ばれると気づいてから、ノンアルコール専門ブランド「のん」を立ち上げて、ノンアルコールスピリッツも作るようになりました。海外のスパイスなどを蒸留して作っていて、ノンアルコールなのに、ジンのような匂いがする飲み物。日本の珍しいスパイスや野草で作ったものもあって、日本草木研究所を立ち上げるきっかけにもなりました。
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