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国際コンサルタントの佐藤翔さんによる連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場である非正規市場(インフォーマルマーケット)の実態を地域ごとにリポートしながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。
今回は、アフリカ大陸からユーラシアにかけて、インド洋に面した国々を巡ります。大西洋ではレバノン人たちのネットワークが存在感を発揮していたのに対して、インド洋沿岸はパキスタン人の国際的な活躍がめざましい地域。アフリカ屈指の大国・南アフリカから、ケニアなどの東アフリカ諸国、さらに湾岸アラブからインド周辺まで、低所得者層が多いがゆえに大きく発展を遂げた各地のインフォーマルマーケットの多彩な実像に迫ります。

佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち
第7回 パキスタン人が活躍するインド洋のインフォーマルマーケット

インド洋で活躍するパキスタン人ネットワーク

 大西洋ではレバノン人のネットワークが重要な役割を果たしていたように、インド洋でもインフォーマルマーケットにおける重要なプレイヤーがいます。それはパキスタン人です。パキスタンという国は、国際社会においては核開発やテロリストの潜伏など、残念ながら、あまりポジティブなイメージを持たれてはいません。その一方で、パキスタン人はインド洋の国際貿易においては大きな活躍を見せています。

 かつてインドやパキスタン、バングラデシュを含む地域がイギリスの植民地であった時代、インド人やパキスタン人のような南アジアの人々は労働者や兵士として、南アフリカやケニアといったイギリスの他の植民地や中東諸国のような場所に移住していきました。戦前はペルシア湾湾岸諸国の貿易決済はルピーで行われていましたし、第一次世界大戦では多くのインド兵がイラクで戦いました。ネパールのグルカ兵は世界の様々な地域で活躍しています。また、アフリカのウガンダ鉄道はインド人の労働者が多数建設に携わったことで知られています。

 インド料理やインドの労働者由来の歌といったものは、インド洋各地で今でもしばしば見かけることがあります。また、インド建国の父であるガンジーは南アフリカで弁護士として働いていたとき、列車で受けた差別が後の社会改革運動の原体験となったと言われています。インドがパキスタンと別個に独立し、多くの国々がイギリスから独立を果たした後も、パキスタン人を中心に南アジアの人々はインド洋における商業ネットワークを発達させてきました。インド三大財閥の一つであるリライアンス財閥の創業者、ディルバイ・アンバニ氏は、若いころはイエメンのアデンで働いていたことで知られていますし、中東諸国には、パキスタン人やインド人が多数出稼ぎに行っています。

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▲Relianceのスーパーマーケット、Reliance Smart。

 大西洋においてレバノン人が中国人と協力してビジネスを行っているように、インド洋のインフォーマルマーケットにおいても、パキスタン人と中国人が協力して事業を実施しているケースが目につきます。例えば、下図にあるのは南アフリカでも有名なIT系商品の卸市場です。

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▲南アフリカ、ヨハネスブルグ郊外のIT商城。奥に中国語で「東方商城」と書かれている。

 このマーケットはヨハネスブルグの近郊にあり、スマートフォンなどが中国から湾岸諸国などを通って運ばれてくる場所です。現地で聞き込みをすると分かるのが、このショッピングモールのオーナーは中国人ですが、店主になっているのはパキスタン人が多いのです。つまり中国人とパキスタン人が協力して南アフリカで中国製のIT商品販売を行っているわけですね。国単位でも、パキスタンと中国は長い友好関係にあることが知られていますが、人単位でも、彼らはビジネスパートナーとしてインド洋で活動しているのです。

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▲東方商城の中のDVDショップ。

 パキスタン人のビジネスとして有名なのが日本の中古車貿易です。日本の中古車貿易事業者のうち、オーナーの半分程度はパキスタン人であると言われているほどで、大きな売上高を出している企業もいくつかあります。自動車産業は自動車部品やゴム製品など、経済波及効果が大きいため、国の輸出入政策の影響を受けやすいビジネスです。パキスタン人はインド洋を中心に、世界中にコミュニティがあるため、そのコミュニティの持つ情報ネットワークを生かして、各国の自動車の流行だけではなく、中古車貿易に関する規制やクオータ(輸入制限)に関する情報を入手し、日本車の世界における販売で重要な役割を果たしてきたのです。

 インド洋の国々はどれも取り上げると面白い話が多くきりがないのですが、今回は南アフリカ、東アフリカ、アラブ諸国、南アジアの話と時計回りにインド洋周辺の地域を見ていき、それぞれの地域でインフォーマルマーケットにまつわる興味深いトピックについて取り上げていきます。

民族間の対立構造が治安の悪さのイメージを生む南アフリカ

 南アフリカは、西アフリカのナイジェリアと並ぶアフリカ有数の経済大国です。ダイヤモンドや金などの産出で知られるほか、ベンツのような自動車の生産をはじめとして製造業もかなり発達しており、G20に加盟する国の一つでもあります。しかし、日本人の南アフリカに対するイメージは、そうした経済的な繁栄や成長より、「危ない」というものではないでしょうか。実際、ヨハネスブルクの住宅街を歩くと、頑丈な壁や鉄格子とともに、“Armed Response”(許可なく立ち入る場合は、武器で応じる)という物騒な注意書きの書かれたサインボードが目につきます。また、現地に駐在する日本人の家族が強盗に入られた、というケースも報告されており、日本と同じ感覚では歩けないのは間違いのない事実ですし、危険な事件が発生した場所もいくつかあります。

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▲ヨハネスブルグの住宅街にある、警備会社による注意書き。

 私がヨハネスブルグのセントラル・ビジネス・ディストリクトの近くにある、DVD Highwayという、海賊版コンテンツが多数売られているインフォーマルマーケットへ訪問する予定だと現地人に話したときは、「絶対に行くな、お前のような中国人(私は日本人ですが)が行くと命の危険があるぞ」などと、強い警告を受けました。しかし、実際現地に行ってみると、目抜き通りにはパトカーが複数並んでいて、警察官がパトロールをしており(しかも賄賂を要求してこない!)、やや騒々しい場所ではあるものの、危害を加えられそうな場面や危険な状況に遭遇することは特にありませんでした。ここではハリウッド映画やボリウッド映画、以前取り上げたナイジェリアのノリウッド映画などのDVDがむき出しで売られていました。

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▲ヨハネスブルグのダウンタウン。

 現地調査に協力をしてもらったジンバブエ人によると、この地域のインフォーマルマーケットで働いているのはジンバブエ人やモザンビーク人といった海外の労働者が多いため、南アフリカの主要民族であるハウサ人やズールー人からは、こうした海外からの労働者が商売をしているマーケットが嫌われている、とのことでした。どうも、ヨハネスブルグの危険なイメージの出元は日本人というよりも、海外労働者、特に不法移民の脅威を誇張したがる現地のハウサ系やズールー系の人々の吹聴によるところが大きいようです。

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▲DVD Highwayの様子。ハリウッド映画やアフリカ映画など、様々な映画のDVDがむき出しで売られていた。

 こうしたアフリカ系民族間の分断の象徴になっているのがポンテタワーというタワーマンションです。このマンションはかつて、麻薬取引などが行われる治安の悪いビルとして知られ、今でも危険な場所という扱いを受けています。しかし、私が行った際には、普通に中まで入ることができて、特に危険を感じることはありませんでした。最近ではポンテタワーの住民に対する誤解を解くためのタワー内ツアーのようなものが組まれるようになっています。

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▲ポンテタワーを下から見た様子。

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▲ポンテタワー内部の共有スペース。アーケードゲーム機がいくつか置かれていた。

インフォーマルマーケットの中の秩序を目指すトイ・マーケット

 東アフリカには、ナイジェリア、南アフリカのような経済大国はありません。強いて言えば、ケニア、タンザニア、エチオピアという三つの国が人口面で地域大国と言えるかもしれませんが、経済規模ではいずれもナイジェリアや南アフリカに劣ります。こうした地域ではインフォーマルマーケットの役割がとても大きく、公的機関もインフォーマルマーケットの存在を認め、商人との長年の関係の中で独自のローカルルールを生み出していることがあります。私は東アフリカでは、エチオピアのメルカト、ケニアのトイ・マーケットなどに訪問しましたが、今回はケニアのトイ・マーケットとそこに隣接するキベラ・スラムの話をしたいと思います。


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