今朝のメルマガは、現在先行発売中の成馬零一さんの新著『テレビドラマクロニクル 1990→2020』の「はじめに」を特別公開します。当初はオリンピックイヤーとして、華々しいスタートを切るはずだった2020年1月。コロナウィルスが上陸し、テレビドラマをめぐる状況も少しずつ変化していくなかで、本書の論考は幕を開けます。
はじめに
本書はテレビドラマについて書かれたクロニクル(年代記)である。
野島伸司、堤幸彦、宮藤官九郎。
1990年代以降のテレビドラマに大きな影響を与えた彼ら3人の作品を批評することで、その表現が後世に与えた影響や同時代性について語っている。
まずは第1章では、野島伸司の作品を通して1980年代末から1990年代前半のテレビドラマと日本国内の状況を語り、第2章では、1995年以降、映像作家の堤幸彦が更新したテレビドラマの演出論と、その背景となる時代状況の変化。第3章では2000年に堤が手掛けたドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)の脚本に抜擢された宮藤官九郎が作家として円熟していく姿を追っていく。そして第4章では、宮藤を中心とした2010年代のテレビドラマの変化を検証し、宮藤が脚本を手掛けた2019年の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(NHK)で幕を閉じる。
──というのが当初の構想だった。
しかし、2020年に新型コロナウィルスのパンデミックが起こってしまった。本書を執筆している現在も解決の目処が立っていない未曾有のパンデミックは、世界各国の文化、経済、政治といった、あらゆる分野に深刻な影響を与えている。テレビドラマを含めた映像表現も例外ではなく、コロナ以前と以後ではまったく別の世界に変わってしまったと言っても過言ではない。
コロナ以前のドラマ史を綴った本書を、コロナ禍に書くためには、まずはその断絶を埋めなければならない。
だからまずはじめに、2020年1〜3月の状況を、当時のテレビドラマをめぐる状況とともに振り返ろうと思う。
東京五輪と2度目の敗戦
今となっては遠い昔のことのように感じるが、2020年1月1日は憂鬱な気持ちでいっぱいだった。
筆者はドラマ評論家を生業としているのだが、2020年のテレビドラマは「苦しい状況になるだろうな」と感じていた。
理由は7月に開催予定だった東京オリンピックだ。
2013年9月7日。2020年の夏季オリンピック、パラリンピックの開催地が東京に決定した。東京での開催は1964年以来56年ぶりとなる2度目の開催だった。
2011年7月16日、石原慎太郎東京都知事(当時)は、東京都が五輪開催地に立候補する目的は、2011年3月11日に起きた東日本大震災からの復興を示す「復興五輪」だと語っている。
2012年に東京都の副知事だった猪瀬直樹はTwitterで「世界一カネのかからない五輪」になると語っており、当初は予算のかからない都市型のコンパクト五輪というコンセプトで進んでいた。しかし、誘致時に想定されていた7000億円の支出額は大きく膨らみ、2020年時点で全体の支出額は3兆円に達するとも報じられていた。
7月末から8月にかけて開催されることも問題だった。
この時期は気候が温暖で晴れの日が多く、アスリートは最高の状態でパフォーマンスができると、招致決定時には語られていた。しかし、近年は気候変動の影響で酷暑が続いている。天候も不安定で、台風やゲリラ豪雨の被害も深刻化している。
交通機関、特に満員電車の問題も深刻で、交通網が混乱することは誰の目にも明らかだった。
他にも、酷暑の中でのボランティアを無償で募集していること、外国人観光客を受け入れる宿泊施設の不備、トライアスロン競技の水泳の場となるお台場の水質汚染が改善されていないことなど問題は山積みで、このまま開催されれば、様々な問題が起こり、最悪の場合、選手や観客に死者が出てもおかしくないことは、誰の目にも明らかだった。
インバウンド効果による経済特需は期待できるのだろうが、それも一瞬のこと。オリンピック後に待ち受ける日本の惨状を考えると気が重かった。
ドラマ評論家としては『いだてん』が盛り上がらなかったことも、軽い挫折感につながっていた。
作品のスケール、脚本、演出の面白さといった総合的な視点から見て『いだてん』はテレビドラマ史に残る金字塔的作品だった。
しかし視聴率の面では大苦戦し、歴代大河ドラマ最低を記録。同じスタッフが手掛けた連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あまちゃん』(NHK)と比べても国民に愛された作品だとは言えず、東京オリンピックに反対する立場からは、国のプロパガンダ作品だと罵られた。
対して、オリンピック賛成の立場から見ると本作が執拗に描いてきた国政に翻弄される「平和の祭典」の暗部を描くスタンスは鼻につくもので、どちらの立場からも好意的に受け止められることはなかった。
複雑な構成や先鋭的な映像表現も、これまで大河ドラマに親しんできた視聴者にとっては、ハードルが高いものとなってしまった。「どこにも媚びずにやりたいことを貫徹した」という意味では見事だったが、送り手と受け手の間に大きな断絶を残したように感じた。
おそらく『いだてん』の興行面での失敗は、テレビドラマに悪い意味で影響を及ぼすだろう。今後は、保守的な企画が増え、先鋭的な作品は減っていくのだろうと思った。実際、聞こえてくる2020年1月の新作ドラマはどれも安易な企画ばかりで、安定した視聴率を獲得できる医療ドラマが乱立していた。
4月クールに放送される予定のドラマも『ハケンの品格』(日本テレビ系)、『BG〜身辺警護人〜』(テレビ朝日系)、『SUITS/スーツ2』(フジテレビ系)、『半沢直樹』(TBS系)といった人気作の続編ばかり。
テレビ局としては、絶対に失敗しない話題作を投入することでうまく逃げ切り、ただでさえドラマの視聴率が下がるオリンピック期間は、おとなしくしていようという算段だったのだろう。
作家の小林信彦が、1960年代にテレビの放送作家として番組制作に関わった経験を記述した『テレビの黄金時代』(文春文庫)には、1964年の東京オリンピックが開催される前年に「朝から晩までオリンピックで、ドラマなんかなくなるんじゃないか」(1)と、俳優の渥美清が憂えていたことが書かれている。その予感は「ほぼ的中した」と小林は語っていたが、これと同じことが2020年に起こることは容易に想像できた。
オリンピックによる経済効果は多くの人に利益をもたらすだろうし、そのこと自体を否定するつもりはなかった。だが、ドラマ評論家としては絶望しかなく、今年は現実とは距離をとって、この時期を静かにやり過ごそう(可能なら、都内から離れた場所に旅行にでも行こう)とも考えていた。今考えると「もしもの事態に備えて、力を蓄えておこう」という危機意識を抱いていたのかもしれない。
例えば、2017年の朝ドラ『ひよっこ』(NHK)には、1964年の東京オリンピックが庶民に及ぼした間接的な影響が描かれている。主人公の谷田部みね子(有村架純)は、高校卒業後に茨城から集団就職で上京し、トランジスタラジオを中心とした家電を作っている向島電機の工場で働いていたのだが、東京オリンピックが終わると不況となり、過剰な在庫を抱えた会社は倒産し、やがて工場も閉鎖されてしまう。劇中のナレーションでは「オリンピック景気の反動で需要が落ち込み企業は過剰な在庫を抱えることになりました。昭和40年は高度成長期で唯一の不況の年だったのです」(第49話)と語られる。
その後、みね子と同僚の青天目澄子(松本穂香)の再就職先に、石けん工場の就職が決まりかけるが、会社の都合で一人しか雇えないと言われてしまう。その時に「ちなみに、昭和40年はオリンピック後の不況で6000を超える企業が倒産。全国の求人数は前年に比べて23万人も減っていました」(第55話)と語られるのだが、これと同じような酷い状況がオリンピックの後に待ち受けているのではないかと懸念していた。
さらに踏み込んだ言い方をするならば、2020年の東京オリンピックは「日本にとって第二の敗戦」になるだろうと思っていた。その意味で戦後復興の象徴となった64年の東京オリンピックではなく、日中戦争を起こした影響で中止となった1940年に開催予定だった幻の東京オリンピックの再現に近いものとなるのではないかと感じていた。
2019年の印象深かった映画に、山崎貴監督の『アルキメデスの大戦』という作品がある。本作は1933年を舞台にした戦艦大和建造にまつわる物語だ。
▲『アルキメデスの大戦』
海軍では新造艦をめぐる会議がおこなわれていた。これからの時代は戦闘機だと考え空母建造を提唱する山本五十六(舘ひろし)は、巨大戦艦の建造を阻止するために、東京帝国大学理学部数学科を放校となった青年・櫂直(菅田将暉)に正式な建造費を解き明かすように依頼する。物語はミステリー形式の歴史劇で、戦艦大和の設計図と建設材料を調べあげた櫂が海軍の会議の場で、正式な予算を解き明かす場面が爽快に描かれた。
しかし、物語冒頭で撃沈する姿が描かれていたことからも明らかなように、大和が建造されるのは歴史的事実で、そこは変えることはできない。では、本作はどのような形で辻褄を合わせたのか?
会議から1ヶ月後、櫂は会議で討論を交わした海軍技術所所長・平山忠道(田中泯)に呼び出される。巨大戦艦の1/20の模型を見せた平山は「(会議で披露した)数式を教えてほしい」と言った後、君はこの船を完成させたいのではないか? と、櫂に問いかける。
「この船を造ってはいけない。最強の戦艦を持っているという驕りは必ず日本を戦争へと向かわせます」「誰もが誇りに思う美しい戦艦はこの国にとって呪いでしかない」と反論する櫂。しかし平山は「この船を作ろうが作るまいがこの国は必ず戦争へ向かう」と言い放つ。
やがてアメリカとの戦争になれば日本は負ける。しかし負け方を知らない日本人は、どれだけ悲惨な状況となっても、最後の一人になるまで戦い、国ごと滅びてしまう。だが、日本を象徴するような巨大戦艦があり、それが沈められたとしたら日本人はどう思うだろうか? 「その絶望感は、この国を目覚めさせてはくれないだろうか?」と平山は櫂に問い詰める。
「期待させ、熱狂させ、そしてついには凄絶な最後を遂げることが、この船に与えられた使命なのだ」
唖然とする櫂に、平山は話を続ける。
平山「私はね。このニッポンという国の依代になる船を作りたいんだよ」
櫂「依代…」
平山「この国が滅びの道に進む前に身代わりとなって大海に沈む船だ。だから私はこの船に相応しい名前を考えてある。この船の名は大和」
原作の同名漫画は、作者の三田紀房が「戦争という国家事業は今の金額に換算したら、国はどれくらいの費用を使ったのか」という「経済的な観点から見た戦争漫画」として着想されたものだ。
他の連載と並行して書くことが難しかったため、一度凍結したアイデアだったが、次回作の構想を練っていた際に、新国立競技場改修のニュースで、建替設計案がボツになり「その後、予算がいくらかかるかわからない」というニュースを聞いた時に「戦艦大和を建設したときもこんな感じだったんだろうな」と、この漫画のアイデアを思い出したという。(2)
櫂と平山の論争は、そのまま2020年の東京オリンピックに向かう日本の状況に置き換えることが可能だろう。ちなみに監督の山崎貴は東京五輪の開閉式の演出を担当することが決まっていた。そんな山崎が『アルキメデスの大戦』であのような結末を描いたことを考えると、より背筋が寒くなるのだが、もしかしたら、オリンピック開催を仕切っている関係者の本音は平山に近いのかもしれない。(3)
復興五輪の名目でスタートしたオリンピック誘致は「高度経済成長の夢よ再び」とばかりに2010年代後半の日本経済と安倍政権の推進力となり、現実から目をそらすための夢として機能していた。しかし、その夢も2020年で終わる。
近年の猛暑を考えると真夏の開催による死者が出ることも懸念される。2019年の10月に行われた、8%から10%への消費増税の影響も尾を引いており、GDPも停滞している。
果たしてオリンピックが終わった後、この国はどうなってしまうのだろうか? 考えるだけで憂鬱だった。せめてこの嵐が過ぎ去るまで、どこかに一人で引きこもっていたかった。オリンピックイヤーに向けて盛り上がる世間を横目で見ながら、6月に公開される(4)アニメ映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』だけを楽しみに生きていこうと、ため息をついていた。
そんな気分にぴったりとハマったのが、当時放送されていた深夜ドラマだ。
リアルサウンドに1月末に掲載された「2020年冬クールドラマベスト5」(5)で筆者は以下の作品を挙げている。
1.コタキ兄弟と四苦八苦(テレビ東京系)
2.やめるときも、すこやかなるときも(日本テレビ系)
3.ホームルーム(MBS)
4.この男は人生最大の過ちです(朝日放送テレビ)
5.ゆるキャン△(テレビ東京系)
すべて深夜ドラマである。深夜ドラマは作品の規模こそ小さいが、監督、脚本家、出演俳優の座組は、すでにプライムタイムのドラマと比べても遜色ないものとなっている。
この小さな世界に引きこもってオリンピックへと向かう喧騒をやり過ごしたいと思っていた。それくらい現実にうんざりしていた。
特に、MBS(毎日放送)制作の変態教師の女子生徒へのいびつな愛情を描いた学園ドラマ『ホームルーム』やTVO(テレビ大阪)が制作した46歳の中年男性が過去にタイムスリップして高校生活をやり直す姿を描いた1980年代ノスタルジーに満ちた学園ドラマ『ハイポジ 1986年、二度目の青春。』といった、地方局制作の深夜ドラマの奮闘も目立った。
2019年の秋クール(10〜12月)にメ〜テレ(名古屋テレビ)制作で放送された深田晃司監督が全話演出したドラマ『本気のしるし』を観た時にも強く感じたことだが、現在は地方局が作った深夜ドラマであっても、力のある映画監督に自由に作らせることでハイクオリティの作品が生まれることが、当たり前になっている。ここに、Netflix等のストリーミングの有料動画配信サービスも加えると、どこから傑作ドラマが生まれるのかわからない状況となっている。
だが一方で、民放地上波で放送されているドラマは力を失いつつある。全体としては小粒だが、良質な深夜ドラマが増えていく状況は、かつてアニメが辿った道だ。だとすれば、アニメのように、民放のプライムタイムで放送されるドラマが消滅する日も近いのではないかと、この頃は頭を悩ませていた。
日本へのCOVID-19ショックの上陸
そんな中、世界ではもっと大きな異変が進行していた。2019年12月8日。中国(中華人民共和国)の湖北省武漢市で、原因不明の肺炎患者が報告される。
年を明けて2020年1月1日、中国は集団感染が起きた武漢の華南海鮮卸売市場を閉鎖。1月23日、中国政府は湖北省武漢市を封鎖(4月7日まで)。
30日、WHOは「国際的な緊急事態」だと宣言。
そして、2月11日。W H Oは、新型コロナウィルスを「SARS-CoV2」、ウィルスによる感染症を「COVID-19」と命名した。
ヨーロッパでは1月30日に国内で感染者が見つかったイタリアが翌日から緊急事態宣言を発令。しかし、2月24日にイタリア北部で感染者数が200人を超える感染爆発が起こる。
2月28日、WHOは、コロナ流行の危険度を「最高レベル」に引き上げた。
一方、日本では1月16日に厚生労働省が国内初の感染者を確認したと発表。
2月1日、日本政府は新型コロナウィルスを指定感染症とする政令を施行するが、その時はまだ、多くの日本人にとって対岸の火事だった。
情勢が大きく変わったのは、横浜港に停泊した大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号のニュースが報道されて以降だ。乗客乗員10人が感染し14日間の船内待機が決定された船内の様子が広く報道されたことで新型コロナウィルスに対する警戒意識が国内で一気に高まった。
このニュースが報道された翌日、筆者は都内でインタビュー取材があったため、念のためにマスクを購入しようと近所のコンビニやドラッグストアを回ったのだが、どこに行っても売り切れだったことを、とてもよく覚えている。マスクを買えない状況は4月まで続いた。マスクに続き、トイレットペーパーも品切れとなり、銀行、スーパー、飲食店の入り口には消毒液が設置され、コンビニのカウンターには飛沫防止のためにビニールカーテンが設置されるようになった。
2月に国内で起きた新型コロナウィルス関連の主な出来事は以下の通りだ。
13日、国内初の死者(神奈川県80代女性)が確認される。
16日、加藤勝信厚生労働大臣が「国民の不要不急の集まりの自粛」を呼びかける。
24日、新型コロナウィルス感染症対策専門家会議が現状と対策を発表。
26日、安倍晋三首相が大規模イベントの自粛を要請。
27日、安倍首相が、全国の小中高校に3月2日から春休みまで臨時休校を要請。
28日、北海道で、鈴木直道知事が外出自粛を求める緊急事態宣言を発令。東京ディズニーランドなどのレジャー施設が、次々と休業を発表する。
エンターテインメント関連で大きな出来事は26日の大規模イベントの自粛要請だろう。前日から2日連続で行われる予定だったテクノポップユニット・perfumeの東京ドームライブは、土壇場で中止となり、EXILE、浜崎あゆみ、米津玄師といった人気アーティストのコンサートも中止。『あまちゃん』で描かれたような、小さなライブハウスでおこなわれる地下アイドルのライブも続々中止となっていった。
劇団四季や劇団☆新感線といった大規模な劇団の公演や小劇場での公演も軒並み中止となった。
エンタメ業界に対する新型コロナウィルスの影響を最初に受けたのは、観客の前でパフォーマンスをおこなう音楽関係者や演劇関係者、そして小屋の経営者だった。
東京オリンピック、パラリンピックの延期
新型コロナウィルスの影響は健康面だけでなく経済面にも大きな影響を及ぼした。3月9日、ニューヨークの株価が2000ドル超安となり、取引停止措置発動となる。これは、2009年のリーマンショック級の衝撃だ。翌10日、死者数が急増したことでイタリア全土が封鎖。そして11日。WHOは「COVID-19」をパンデミック(世界規模の流行)と認定した。13日、アメリカのトランプ大統領は国家非常事態を宣言。新型コロナウィルス対策のため、最大500億ドルの支出を発表した。3月中旬、アメリカやイギリスといった約90カ国(世界の約半数の39億人)で外出制限がおこなわれる。
18日、ドイツのメルケル首相は「第二次世界大戦以来の厳しい試練」とテレビで演説。
20日、全世界での死者数が1万人を超える。
一方、国内の動きは以下の通り。
2日、小中高が一斉休校となり卒業式、入学式が縮小される。
5日、中韓全土からの入国制限を表明。日中両政府は国賓訪日を延期する。
9日、プロ野球「公式戦開幕延期」を発表。
11日、選抜高校野球「史上初の中止」発表。
13日、新型コロナ対応の「特別措置法」成立。緊急事態宣言の発令が可能となる。
20日、ギリシャから五輪の聖火が到着。
24日、安倍首相、IOCバッハ会長が東京オリンピック、パラリンピックの1年延期で合意。
25日、小池百合子東京都知事、週末の「不要不急」の外出の自粛、三密(「密閉」「密集」「密接」)を避けての行動を呼びかける。
憂鬱の種だった東京オリンピック、パラリンピックは、まさかの1年延期となり、不要不急の外出自粛が要請されるコロナ禍という正反対の状況に、世の中は変わってしまったのだ。
3月に入ると、冬クールのドラマが次々と最終回を迎えた。
新型コロナウィルスの危機が叫ばれるようになったのは、2月に入ってからだったため、放送されたドラマに大きな影響はなかった。
しかし、視聴者の意識は大きく変わってしまったように感じた。
このクールは医療ドラマが多かったが、あまり見たいとは思えなかった。
ドラマの中で病院が描かれると、どうしてもコロナで亡くなられた方々や医療従事者の方々のことを想像してしまう。特にこの時期は、このまま感染者数が増えると医療崩壊が起こるのでは? と懸念されていた。病床の確保や感染拡大の問題もあるため、病院での撮影も難しくなる。今後、もっとも大きな影響を受けるのは医療ドラマだろう。
だからこそ、現実の不安を忘れさせてくれる作品が支持された。その筆頭が『恋はつづくよどこまでも』(TBS系)だろう。
本作がヒット作となったのは、医療ドラマではなく〝病院を舞台にしたラブコメ〞だったからだ。魔王と呼ばれるドS医師の天堂浬(佐藤健)と、天堂への片思いから看護師になった勇者ちゃんこと佐倉七瀬(上白石萌音)の楽しいやりとりは、コロナ禍で神経をすり減らす人々にとって一服の清涼剤となった。筆者も『コタキ兄弟と四苦八苦』や『ゆるキャン△』の世界に癒やされた。現実を遮断するために引きこもっていた深夜ドラマは、いつしかコロナ禍の不安から心を守るシェルター(避難所)へと変わっていた。
リアルサウンド映画部で3月28日に執筆した「冬クールのドラマ総括」記事の最後を、筆者はこう締めくくっている。
新型コロナウイルスの影響は世界中に及んでおり、新作映画の公開延期はもちろんのこと、長編映画や海外ドラマの制作中断が多数発表されている。 国内ドラマは、次クールの作品は東京オリンピックの影響で、前倒しで撮影されたこともあって大きな影響はなさそうだが、オリンピック延期によって空いた放送枠を埋めないといけないことも含め、夏クールには大きな影響があるのではないかと思う。
感染拡大に備えて、東京を中心とした都道府県が外出の自粛要請が出ている状況が今後どうなるのかわからないが、こういう時こそ、じっくりとドラマを鑑賞したい。『ゆるキャン△』のような癒やしもありがたいが、アフターコロナの時代の生き方を示すような新しいドラマが続々と作られることを期待している。(6)
今となっては、見通しが甘かったと思う。
3月29日、朝ドラ『エール』に出演する70歳のタレント・志村けんが新型コロナウィルスによる肺炎で死去。そして、30日に「『いだてん』の脚本家・宮藤官九郎が新型コロナウィルスに感染した」と報じられる。その後、緊急事態宣言が全国で発令されると共に、多くのテレビドラマが放送休止となり、ドラマを筆頭とするフィクションが「新しい日常」に合わせるかたちで再編成されていくことになる。
本書が紡ごうとした『いだてん』を頂点とするテレビドラマの歴史は、コロナ禍という圧倒的な現実の到来によって、遠い過去の出来事に変わってしまった。しかし、完全に過去になってしまったからこそ、現実をやり過ごすシェルターと成り得るのではないかとも思っている。冬クールに心を救ってくれた数々の深夜ドラマのように。
コロナ禍の現実から心を守るために虚構の中に避難し、逆に虚構の世界を通して現実について考える。それが本書が再設定したスタンスだ。
だから『いだてん』のように、筆者も時間を巻き戻してみようと思う。
まずは、2020年と同じくらいに日本が揺れ動いていた1995年に。
(第1章に続く)
(1)小林信彦『テレビの黄金時代』(文春文庫)「第7章 東京オリンピックとダニー・ケイ」(2)コミックナタリー「アルキメデスの大戦〝役に立たないこと〞がマンガの価値を高める 三田紀房が描く「ドラゴン桜」と対極の新作」(取材・文:木村早苗)
https://natalie.mu/comic/pp/war_of_archimedes(3)山崎貴が参加していた野村萬斎を中心とする東京五輪の開会式・閉会式を担当する演出チームは、2020年12月23日に解散となり、佐々木宏を総合統括とする新体制に引き継がれた。
【※編集部追記】しかし、2021年3月、佐々木宏氏も女性タレント・渡辺直美の容姿を侮辱するような演出プランを提案していたことがネットで報道され、同月18日、辞任を発表した。現在、後任は未定のままである。(4)新型コロナウィルスの影響で公開は延期。その後、2021年1月22日の上映が決まったが、二度目の緊急事態宣言発令により公開は再度延期。最終的に3月8日の上映となった。
(5)リアルサウンド映画部「今期、もっとも観るべきドラマは? 評論家が選ぶ、2020年冬の注目作ベスト5」 (文:成馬零一)
https://realsound.jp/movie/2020/01/post-493243.html(6)リアルサウンド映画部「『恋つづ』と『テセウスの船』が示した今後のドラマ界トレンド 不安な世の中を忘れさせる清涼剤に」(文:成馬零一)
https://realsound.jp/movie/2020/03/post-529491.html
▼プロフィール
成馬零一(なりま・れいいち)
1976年生まれ、ライター、ドラマ評論家。テレビドラマ評論を中心に、漫画、アニメ、映画、アイドルなどについて、リアルサウンド等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。
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